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スザクはするすると木に登ると、折れかけていたり傷ついた枝を遠慮なく蹴り落としていった。普通なら道具が必要な作業でも、スザクは自分の体一つでこなしてしまう。信じられないような光景に、ルルーシュは思わず呻いた。 桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿という諺があるように、本来であれば桜の枝は折ったりしてはいけないものだ。理由は簡単で、桜は傷ついた場所から腐りやすい性質があり、下手をすれば傷ついた場所から一気に腐り、枯れてしまう事もある。スザク達精霊が宿る木は普通の木よりも強いが、それでもやはり痛みやすい。とはいえ、このまま嵐で傷ついた枝を残すよりも、剪定してしまった方が木の回復は早いため、自分の意思で折ることには何も迷いは無かった。 精霊の宿った木は、精霊の意志で抗菌作用のある物質を傷ついた場所に発生させることが出来るため、普通の桜のように簡単に腐敗することは無い。 だが、木を傷つけるという事はイコールその木に宿る精霊を傷つけるという事に繋がるため、枝の折れる痛みからルルーシュは桜桃の根のあたりで蹲りながらスザクに指示を出していた。 嵐の時は恐怖と興奮から痛みをさほど感じなかったが、平常時であれば、頭をガツンと殴られるような痛みに襲われるのだ。折れたその場所はジンジンとした痛みを伝えてくる。スザクもそれを知っているからこそ、一瞬で枝を落としていく。一気に落とした方が痛みも少なくて済むからだ。 ルルーシュが指示した枝を全て落とし終わり、ツタで一纏めにすると、それはかなりの量になった。どうせだからと、前々から邪魔だと思っていた枝も剪定したのだ。 美味しい実をつけるためには、枝の剪定も重要なのだという。 「よし、これで終わりだな」 「だいぶ楽になったよ、ありがとうスザク」 ルルーシュがお礼を言うと、スザクは嬉しそうに笑った。 木に登るのが苦手なルルーシュは、スザクが来てくれてよかったと心の底から思っていた、自分には曲芸まがいの枝渡など無理だし、この量を処理するのに何日かかるか解らなかった。時間がかかればかかるほど木は弱り、それに合わせて精霊も弱っていく。この程度で木を枯らす事は無いが、早く処理するに越したことはない。 「じゃあ、俺は帰るな」 日はまだ高いが、スザクは帰ると言った。 自分の木をそのまま放置してきたというので、そちらの始末もしなければならないのだろう。枝も折れたままだというから、スザクはずっとその痛みに耐えていたことになる。だが、そんなに痛さを感じているようには見えないため、種が違うということは感じる痛みも違うのかもしれない。 「剪定後は体調が崩れるから、体調が戻るまでは大人しく休むんだよ」 ここに来なくていいからと念を押した。 実際ルルーシュは顔色も悪く足取りも覚束ない。腐敗防止の物質を作るにはかなりの体力を使うため、今すぐ眠りたいと顔に書いてある。 「俺は平気だ、ルルーシュと一緒にするなよな」 この程度で寝こむほど弱っちくない。 そう言うと、一纏めにしていた枝をひょいっと肩に担ぎあげた。 枝が折れてもルルーシュのように蹲るほどの痛みは感じないし、スザク達は丈夫な種類なので多少の傷では腐ることも無い。 寧ろこんな状態のルルーシュを一人残していく方が心配だった。 「スザク、枝をどうする気だ?」 「これ、いるのか?」 「いや、いらない」 折れてしまった枝は、土に埋めて肥料にするしか用途は無い。 木の精霊である自分たちは、人間のように火を使うことも無い。 だから、先帝を終えた枝には何の価値もなかった。 「なら俺が貰って行く」 「何に使うんだ?」 「ルルーシュの木は枝からもいい香りがするから、埋めるの勿体ないだろ?」 「いい香り?」 ルルーシュはクンクンと匂いを嗅いでみるのだが、特段変わった匂いは感じられない。 「甘い香りがする」 スザクも担いだ枝の匂いをかぐと、そう感想を口にした。 あの木の中と同じく、優しい甘さでとても美味しそうな匂いだった。 そう、桜桃の果実から感じられる香りに近い。 「・・・自分では解らないのかもしれない」 「だから、俺が貰うんだ」 埋める手間も省けると了承した。 難しい。 これは、すごく難しい。 きっとルルーシュならすぐにできるんだろうなと思いながら、スザクは枝を手に、木の上で呆けていた。 目の前には先が折れた枝。 手にも折れた枝。 目の前の折れた枝は自分の桜から伸びたもの。 先日の嵐でぽっきりと折れて、そこから伸びていた枝はもうない。 そして手に持っているのは、先日の嵐で折れたルルーシュの枝。 「何をしているんですの?」 突然後ろから掛かった声に、スザクは心臓が飛び出るのではないかと思うほど驚いた。なぜならここはスザクの桜の上。しかもかなり高い場所。そんな場所なのに、スザクが苦手とする相手の声が、真後ろから聞こえたのだ。 振り返ると、声の主はにこにこと楽しげに笑いながら幹にしがみついていた。 漆黒の長い髪。御転婆姫とも呼ばれているスザクの従妹。 「げ、カグヤ」 ・・・一番知られたくない相手に見つかりました。 「・・・これ、どなたの枝ですの?」 「って、勝手に触るな!」 ここまで運んで、幹に縛り付けていたルルーシュの枝を一本カグヤは手に取ると、クンクンとその香りをかぎ、パアッと明るい笑顔を浮かべた。 「あら?とてもいい香りですわね!」 「だから!俺のなんだから返せって!!」 取り返そうと手を伸ばすのだが、相手はカグヤ。 ひょいっと手を避け、別の枝へと飛び移った。 「いいではありませんか1本ぐらい。それだけありながらケチくさい事を言うなんて男として恥ずかしい事ですわ」 狭量な男は嫌われますわよ? 「煩いな。ケチでも何でもいいんだよ。それは俺のなんだ」 「しつこいですわね。それよりもスザク、貴方何をしていたんですの?」 折れた自分の枝と、手の枝と見比べて何を考えていたのです? 枝を返すつもりはないと、懐にしまったカグヤに腹を立ててももう遅い。 カグヤは自分以上に頑固だと知っているスザクは、残念だが枝を1本諦めた。 だが、他はやらない。 俺のだ。 しっかりとまとめ直して背負った。 「いいだろ別に。俺の体なんだから」 「そうですわね。ですがスザク、もし接ぎ木をと考えているのなら、ちゃんと知っている方に手ほどきを受けたほうがいいのでは?」 にっこり笑顔で言われた言葉に、スザクはぎくりと身を強張らせた。 「・・・気付かないと思いましたの?折れた貴方の体と、この枝を繋げようとしていることぐらい、一目で解りましたわよ?」 よほどこの香りが気に入ったのですね。と、カグヤは楽しげに笑った。 「大丈夫だ。俺一人でも接ぎ木ぐらいできる」 「確かに繋げる事は出来るかもしれませんが、癒着出来ずに枯れてしまいますわよ?」 「枯れる?」 「この木はスザクが宿った木ですわ。普通の木と違って、私たち精霊の宿る木は接ぎ木は難しい事を知りませんの?」 「・・・そうなのか?」 「ええ。常識ですわ」 スザクはお馬鹿さんですから、知らないと思いますが。 ころころと笑いながら言われたことに、一瞬切れそうになったが、カグヤは悪戯をしたりからかう事はあっても、こんなことで嘘をつくとは思えない。となれば、スザクがいくらルルーシュの枝を接ぎ木して、いずれルルーシュをここへ、スザクの木へと移そうと思っていても、知識のないスザクでは不可能なのだ。 「と、いうわけで」 びくりと、思わず体が反応した。 恐る恐る振り返ると、そこにはにっこり笑顔のカレンがいた。 「洗いざらい白状しなさいよね、スザク」 前門の虎、後門の狼。 スザクが苦手とする女性二人が、それはそれは楽しげな笑みを浮かべじりじりと近づいてきた。 |