桜桃の君に

ルルーシュとスザクが知りあってから、季節は幾度も移り変わった。
冬の間木は眠る。
宿る精霊もよほどのことがない限り眠りにつく。
ルルーシュは寒さに弱かったため、眠るのが早く起きるのは遅かった。だからスザクはルルーシュが眠るまで通い続け、春の日差しを感じてルルーシュが目を覚ます頃には、すでにスザクはそこで待っていた。だから、ルルーシュはこの山にひとりきりでいるのだが、寂しさを覚える暇さえ無かった。
春にはスザク達ほどではないが、それでも鮮やかな桜の花を咲かせ、やがて赤く大きな果実をみのらせた。何時の頃からか甘くおいしい桜桃が実るようになり、スザクは毎年この果実を口にするのが楽しみだった。熟した実の大半はスザクの胃袋に消え、その場に捨てられた種を前にいつも二人は喧嘩をする。ルルーシュは散らかっているのを嫌う。それを知りながらもスザクが種を飛ばしてそのあたりにまき散らしているのが原因だった。
そうやって撒かれた種からは芽が出、小さな木が近くで成長を始めていた。

「ルルーシュと会ってもう10年ぐらいになるけど、あんまり芽が出ないんだな」

１０年の歳月を経てスザクは成長し、人間の歳で言うなら15歳ぐらいになっていた。身長も伸び、大きくなったスザクはルルーシュと同種の木を眺め、呟いた。
あれだけ撒いたのだから、もっとたくさん芽が出てもいいのにとおもうが、これはルルーシュが掃除をして種を処分してしまうせいだろう。
だが稀に、こうして気付かれることなく芽を出し成長することがあるから、叱られても撒くのをやめる訳にはいかない。
ルルーシュの桜桃は成長が非常に遅く、最初に芽吹いたものでさえ、まだスザクの膝ぐらいの高さだった。
だが、若く細く頼りないとはいえ、こうして小さな木が増えるのは嬉しい。
万が一、今のルルーシュの木が枯れてしまっても、こちらの木に移る可能性が僅かながらあるからだ。
元気に成長しろよと声をかけた時、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

「１年で10個ほど芽が出る種があればいい方なんだよ」

元々芽が出にくい種だから、１０年で６本成長したのは多い方だ。

「そんなに確率低いのか。ひょろっこいのに芽も出にくいなんてほんとヨワッチいよな」
「・・・だから、こんな異国の地で芽を出し、これだけ成長しただけでも凄いことなんだよ」

そう言いながら、ルルーシュは自分が宿る木を見た。
渡り鳥が異国からこの国へ持ち込んだ種が芽を出し、成長しやがて実をつけ、その実を食べた渡り鳥が再び種を運ぶ。長居年月を掛け、それを繰り返した結果、この桜桃は日本国内に僅かだが定着した。そのうちの一つがルルーシュの宿る木なのだ。
彼らの同族は、この育ちにくい木を自分たちの手で育てるのが当たり前で、そうすることで生育を促し、同族を増やしていったのだという。精霊の数は宿となれる木の数で増減すると言われているから、成程とスザクは納得した。

「そうなのか。でも、どうせならもう少しいい場所で育てばよかったのにな、お前の木」

小さなルルーシュの頭を乱暴に撫でながらスザクはため息をついた。あの頃は同じくらいの背丈だったのに、生育の悪いルルーシュは今だ小さい。生育の遅い種だとしても、恐らくこの土地も原因なのだとスザクは気にしていた。
そもそもルルーシュの木は日当たりが悪い場所に生えている。スザクが周りの木を剪定し、最初の頃よりも日が当たる様になったとはいえ、それでもやはり日当たりは悪く、なにより土地が固くやせていた。
ルルーシュが来てからは、落ち葉で腐葉土を作り木に栄養を与えたりもしているが、桜桃もルルーシュと同じで10年前とあまり変わっていないように見えた。10年かけて甘い実は確かに実ったが、その本体は碌に成長していないのだ。この様子だとルルーシュが宿った木は樹齢１００年を軽く超えているのかもしれない。
馬鹿にされていると思ったルルーシュは、頭を撫でるスザクの手を払いのけ、乱れた髪を直した。

「僕の生育が遅いんじゃない。君が早すぎるんだ」
「そんなこと無い。お前が遅いんだ」
「違う。大体僕と君では種が違うんだから、成長の速度が違ってもおかしくないだろう」

すくすくと成長しているスザク。
出会った頃と変わらない自分。
密かに気にしていたことを指摘され、腹を立てたルルーシュはスザクを置いてその場を後にすると、自分の木の中へと帰って行った。

「あ！ルルーシュ待てよ！出て来いって！」

木に精霊が宿っている場合、宿主の許可が無ければ中には入れない。完全にへそを曲げたルルーシュは返事をしなかったため、スザクはしまったなと思いながら息を吐いた。こうなったらもう今日は出てこないだろう。まだ日は高いが帰るしかない。
その前にと、スザクはするすると木に上った。
そしてまだ若い枝を見つけると、それをぼきりと折った。

「痛っ！」

木の中から悲鳴が聞こえた。
当然だ、手折られた痛みは精霊に伝わるのだから。
桜の木は傷口から腐敗しやすい。
下手をすればその傷が木を殺す。
それを当然知っているが、スザクの行動に躊躇いはなかった。

「ごめんな、ルルーシュ」
「なんで君は僕の枝を折るんだ！！」

ルルーシュの怒鳴り声を聞きながら、スザクは「また明日な！」と叫んで山を降りた。

「・・・何なんだ一体」

スザクはたまにルルーシュの枝を折って行く。
剪定のために折った枝も持ち帰る。
10年、それを続けていた。
・・・意味が解らない。
腐敗を防ぐため、傷口に特殊な物質を発生させながら、痛む体を擦った。