桜桃の君に 第8話


山を下り始めた頃から空が暗くなり始め、麓に着く頃には雷雲が空を覆っていた。ゴロゴロと嫌な音が頭上から聞こえ始めたため、空を見上げて思わず眉を寄せた。

「まずいな、早く帰らないと」

喧嘩をしていなければ、ルルーシュの木に泊るのだが今日は無理だ。あれだけ怒らせてしまえば、ルルーシュが絶対に拒絶するだろう。雨が降る前に早く返れと追い返され、結局はこうして走ることになる。
何より今この手にはルルーシュの枝がある。
今年新たに生えた枝で、その枝先には若い葉がついている。
あれから何度も何度も、それこそ一族総出で接ぎ木を試みたのだが、いまだに成功しない。癒着することなく枯れてしまうため、スザクは選定した枝だけでは足りないと、ルルーシュの枝を定期的に折っては持ち帰っていた。
スザク達よりも強い痛みを感じるルルーシュを傷つけるのは本意ではないが、どうしても成功させたい。今度こそ成功させてみせる。あの場所では若い木々が育ってきているが、あの一体が山火事になったらそれで終わってしまう。
手に持っていた枝を懐に入れ、山を下っていると山道に誰かが倒れていた。
見るとそれは人間の子供で、辺りの様子から直ぐ側の少し高い場所から転げ落ちた事が解った。気を失っているが、生きている。雨雲が空を覆っているこんな場所に放置すれば死んでしまうだろう。早く帰りたいが仕方がないと、スザクはその子供を背負い、人里へと降りて行った。
山のふもとにある農村にたどり着くと、人間たちが誰かの名を呼びながら歩き回っていて、彼らはすぐにこちらに気づき集まってきた。どうやらこの子供が行方知れずになって、総出で探していたらしい。
よそ者であるスザクを警戒していた村人たちも、子供が意識を取り戻し、山で遊んでいて足を滑らせたと説明すると、態度を柔らかくした。その頃には既に雨が降り始めており、村に泊って行けと言われたが、スザクは家族が待っていて帰らなければいけないと、制止を振り切り村を飛び出すと雨の中を走り続けた。
人間との接触はめったにあるものではないため、いささか興奮して疲れたスザクは、帰るとすぐに眠りについた。
ルルーシュの枝を無くしていることに気が付いたのは翌朝のことだった。



「スザク!いい加減にしろ!」

翌朝、ルルーシュが寝ている隙にと木に登り枝に手を伸ばした時、ルルーシュに見つかり怒られた。どのみち手折った時点で痛みで起きたルルーシュに怒られるのだから、こそこそ隠れて折ることに意味は無いが、見られながら折るのは気が引けるため手を引いた。

「いいだろ、別に」
「僕の生育が悪いと言いながら、その邪魔をしているのは何処の誰だ?」

君が原因じゃないのか?という意味の込もった言葉に、スザクは反論できなかった。剪定した枝とは別の枝を折るという事は、ルルーシュの成長の邪魔をしていることにつながる。何より傷口が腐りやすいのが桜だ。腐らないよう傷を癒すだけでも体力を奪われるため、それもまたルルーシュの生育を阻害している可能性はあった。だからそれを言われると何も言えないスザクは、渋々木から下りた。
流石に昨日の今日で折るのは拙いか。また折を見て手に入れるよう。その代わりにと、赤く熟した実を手に取る。
昨日の雨のせいで痛んだものが多く、それらを重点的につみ、木から飛び降りた。最初の頃は驚いたが、既にそれは見慣れた光景となっており、ルルーシュはもう驚くことも文句を言う事も無くなっていた。

「そう言えばスザク、君の木はもう花は咲いたのか?」
「え?もうとっくに散ってるに決まってるだろ」

何をいまさら?と、もぐもぐと口を動かしながらスザクは言った。

「・・・君は、一度でも僕に自分の花を見せようとは思わないのか?」

不貞腐れたように言われた内容に、思わず笑みが溢れる。

「なんだ、ルルーシュは俺を見たいのか?」

にこにこと笑顔で尋ねると、ルルーシュは頬を赤く染めた。

「君と会って10年、僕は未だに君を知らない。これは不公平じゃないか?」
「そうか?」
「大体君は、自分達は僕よりも綺麗な花を咲かせると、その中でも君は誰よりも美しく咲き誇るのだと散々自慢している。それなのに、僕にその姿を一度でも見せようとは思わないのか?」
「あー、考えたことなかったな」

伸び伸びと枝を伸ばし、美しく雄大に咲き誇る姿は誰が見ても見事だとほめてくれるから自慢はしてたが、ルルーシュに見せようという考えは無かった。だが、こうして言われてみると、自分の桜を見せたいという欲がむくむくとわきあがってくる。
ここで一人のルルーシュとは違い、自分たちの場所は多くの同胞が集まっているため、春になると満開の桜があたり一面に広がっている。それがどれだけ素晴らしい光景かをルルーシュに見せておくのは、悪くない。将来ルルーシュがあちらに移る際に、あらかじめどんな場所かを知っていれば、ルルーシュも不安を覚える事は無いだろう。
・・・問題は煩い女二人だが、ルルーシュを離さなければ問題ないか。

「・・・君がそう言う奴だとは解ってはいた」

呆れたようにつぶやいたルルーシュに、スザクは手を伸ばした。

「じゃあ今から行くぞ」
「は!?」
「だから、俺の木を見に行くぞ」

そういうと、ルルーシュをひょいと抱きあげた。
ルルーシュは軽い。
スザクの方が大きい。
だからあっさりとその腕の中にルルーシュは拘束された。

「いや待てスザク!君はもう花が散った後だと、」
「花は来年でいいだろ」

返事など聞かずにスザクはルルーシュを抱えて駆け出した。

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