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木の中にいるはずのルルーシュがいない。 慌てたスザクは皆がいる方とは逆側から外に出た。少なくてもあちら側にはルルーシュは出て来なかったのだから、反対側から外に出た可能性が高い。そう思い飛び出して辺りを見回した。 どこだ、どっちに!? 焦る心のまま視線を巡らせていると、ふと目の前の草むらに違和感を感じた。そこは普段誰も立ち入らないまさに手つかずの場所で、スザクの腰ほどの高さの草が生い茂っている。そこに、誰かが通ったような跡が僅かにある気がしたのだ。考えるより先に足が動き、草をかき分けると、その先には精霊が宿っていない木々が乱立していた。その先に駆ける ように進むと、精霊の宿っていない木々に囲まれた草むらに、見慣れたあの黒い頭がチラリと見えた。そこには背丈の高い草むらに隠れるようにしゃがみ込むルルーシュがいて、体調を崩していたのに何一人で出歩いているんだと、スザクは腹をたてた。 「こんな所で何してるんだ、ルルーシュ!」 怒鳴りながら近づくと、蹲り地面を見つめていたルルーシュはハッと顔をあげて振り返った。その瞳は大きく見開かれて、帝王紫の瞳が零れ落ちそうなほどだった。 スザクの声で、精霊たちが辺りに集まってくる。 それに気づいたスザクは、チッと舌打ちを下。 「俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ!」 ルルーシュを他の者と会わせないために走り回り、彼らと対峙していたのに、守られている側のルルーシュ自ら出歩いていたら何の意味もないじゃないか。 「・・・苦労?そもそもなぜ逃げなければならないんだ?」 苛立ちを込めたスザクの言葉に、ルルーシュはあからさまに不愉快そうな顔をし、スザクを睨みつけた。逃げるのも、会わせたくないのもスザクの我儘に過ぎない。それをルルーシュに言うわけにも行かず、スザクは言葉をつまらせた。 「・・・っ、お前が気にする事じゃない」 「なんだ、碌な理由も無いのに逃げていたのか?それともあれは君の遊びか何かなのか?」 「遊び?何が遊びだ!もういい、来いルルーシュ!」 カグヤとカレンたちも既にここに集まっている。 このままでは駄目だと、スザクは乱暴にルルーシュの腕をつかみ、立ち上らせた。ルルーシュはスザクがそんな扱いをすると思わなかったのだろう「ほわあぁぁっ」と、素っ頓狂な悲鳴をあげながら立ち上ると、勢いが強すぎたのかたたらを踏みながらスザクにぶつかった。スザクの体は細身だが筋肉の塊と言っていい。顔面からゴチンと音がしそうな勢いでぶつかったため、カレン達は痛そうに顔を歪めた。スザクも流石にやり過ぎたと思ったのだろう、怒りから心配そうな顔に一瞬で表情を改めると、しゃがみこみ、ルルーシュの顔を覗き見たのだが、相当痛かったのかルルーシュは両手で自分の顔を押さえていた。 「ルルーシュ大丈夫か?痛いのか!?」 先ほどの勢いは何処へ行ったのか、オロオロとした様子でスザクはルルーシュを伺ったのだが、返事は無かった。 「どこが痛いんだ?見せてみろよ・・・ルルーシュ、返事ぐらいしろ!」 心配からつい声を張り上げてしまい、その声の大きさにルルーシュの体がピクリと反応を示した。そしてゆっくりとその両手を下ろした。両目を閉じたままだが、見た限り怪我はなさそうだとスザクが安堵した時、ルルーシュはその両目を開き、スザクをぎろりと睨みつけた。力強い視線に、スザクは思わず身を竦ませた。 「返事?言わなくても解るんじゃないか?あれだけの勢いだから痛いに決まっている。それにしても何なんだこの状況は。僕は見せものか何かか?このあたりでは異国の精霊はよほど珍しいと見える」 自分たちを取り囲むように集まった精霊たちを一瞥し、ルルーシュは今まで見たことも無いほど冷たい笑みを浮かべた。その声も、瞳も、恐ろしいほど低く冷たい。 「・・・ルルーシュ?」 本当にこれは自分の知るルルーシュなんだろうか? スザクは思わず問いかけるように名前を呼ぶと、ルルーシュはそれが気に入らないとでも言う様に目を細めた。 「僕は確かに君がいつも自慢をしている満開の花を見たいとは思った。だけど、スザク。僕は見せもの扱いされるとは思わなかったよ」 「別にお前を見せものになんて」 「そうか?僕にはそうとしか思えなかったが気のせいか?大体、既に花の散ったこの時期になぜ僕はここにいるんだ?何のために?」 「それは・・・」 いつか来るかもしれない未来の為に、少しでもルルーシュにここに慣れてほしかったのが最初の思いではあったが、その目論見は他の精霊にルルーシュを見せたくは無い、話をさせたくは無いという独占欲からすぐに消え去った。だから、ここに連れてきた理由を聞かれても、答えることはできなかった。 「もういい、君の相手をするのは疲れる。僕の言葉に耳を貸そうともしないで、好き勝手行動する君には付き合いきれない」 ルルーシュはスザクの横をすっと通り過ぎると、背の高い草をかき分けて歩みを進め、人垣の前まで移動した。 「すまないが、通してくれないか」 小さな体の子供だというのに、そこにいた者たちは全員気圧され道を開けた。 「待てよルルーシュ、何処に行く気だ!」 思わずその姿を茫然と見ていたスザクは、ハッと我に返りルルーシュを追うと、その肩に手を置いたのだが、ルルーシュは不愉快そうに睨むと、手を乱暴に払いのけた。 今までにない拒絶に、スザクは払われた手もそのままにルルーシュを見つめた。 「何処にいくかって?決まっているだろう、帰るんだよ」 そんなことも解らないのかと、ルルーシュは歩き始めた。 「帰るって、こんな時間にか!?」 もう夜の帳が下りる時間だ。 辺りは暗闇に覆われ、山の中を歩くなど考えられないというのに、ルルーシュは足を止めようとはしなかった。始めてきた場所だ、方向はわかるだろうが、どうやって来たのか、どうやって帰るのか、その道だってわからないだろう。 ここまで怒っているルルーシュは初めてだったが、今帰すわけにはいかない。何よりここからルルーシュの桜桃まではかなりの距離があり、ルルーシュの足で戻るのはどれだけ時間がかかるかも解らない。 「待てって!朝になったら俺が送るから、今日は」 「僕に構うな」 スザクの言葉をさえぎり、ルルーシュは冷たく言い捨てた。 「僕に構うな。お前の顔など、もう見たくも無い。二度と僕の前に姿を見せるな」 顔だけ振り返ったルルーシュの瞳は、視線だけで命を奪えるのではと思えるほど鋭く、冷たく、ルルーシュの姿をした別の誰かに見え、スザクは思わず息をのんだ。 そんなスザクを見て僅かに目を細めたルルーシュは、もう興味は無いとでも言う様にその場を後にした。 |