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Witch of immortality それは、伝説の中に眠る存在だった。 そもそも、魔物の大半は死と縁遠い存在である。 完全な不老ではないが、多くの種は一定の成長を遂げると、肉体に刻まれる時は気が遠くなるほど緩やかになる。 人の寿命は100年程度。 たった100年程度では、魔物の体に大きな変化など現れないだろう。 完全な不死ではないが、多くの種は傷の回復が恐ろしいほど早く、脳や心臓へのダメージでさえ、彼らは瞬く間に回復させてしまう。 彼らに確実な死を与えるには、弱点である純銀製の武器に紋様を描く必要があった。 紋様の無い武器では、一時的に活動を停止させる事しかできず、彼らの命を奪うまで至らないことが多い。そして、それぞれの種に適した紋様でなければ、紋様なしの武器同様、命を奪う事は難しいとされてる。 つまり、命を奪う事が困難な存在なのだ。 完全ではないが、不老不死と呼んでもいい存在。 だが、対抗策さえ知っていれば、滅ぼすことが可能な存在。 ・・・そう、言われてきた。 Witch of immortality 彼女が現れるまで、どれほど上位の魔物でも殺せるのだと信じられていた。 赤々と燃え上がる森の中 黒髪の少年は、栗毛色の髪の少年を抱きしめていた。 彼のすぐ傍には、鮮やかな緑色の髪を地面にちりばめ、少女が倒れている。 少年も少女も、その頭部から鮮やかな赤い血を流していた。 「・・・っ、C.C.!C.C.!!」 倒れ伏した少女の名を呼んでも、彼女はピクリとも動かなかった。 「呼んでも無駄だ。不死の魔女と呼ばれようと、所詮1匹の吸血鬼にすぎんのだ」 銃を手にした男、アプソンはそう言いながら下卑た笑みを浮かべ近づいてきた。 その手に握られている銃には、銀の弾丸。 吸血鬼の魔力を無効化する紋様が描かれた弾丸。 いかに不老不死と呼ばれる吸血鬼でも、それを撃たれれば、被弾した箇所の魔力供給が絶たれ、銀に抵抗する力が失われてしまう。 その結果、銀のもつ冷たい毒が組織を破壊し死に至る。 対魔具。 紋様の描かれた武器は、そう呼ばれている物だった。 魔物に対して抵抗手段を持たなかった人間に、魔物が与えた武器。 平和の敵となる悪意ある魔物から、共に世界を護ろうと誓った。 そのために魔物が人に与えた知識だった。 それが、こんな形で使われることになるなんて。 人間にだって悪は存在する。 得た力を使い平和を乱す存在となる者に、与えてはならない知識だった。 そのことを、失念していたのだ。 幼い故の過ちだった。 人を、信じすぎたのだ。 その結果、スザクとC.C.は死んでしまった。 僕が、殺した。 恐怖と絶望で逃げることも抵抗することも出来ない少年に、アプソンは手を伸ばした。 本来であれば殺しておくべき魔物の子。 だが出来損ないの吸血鬼は無力だと知っているから、研究材料にするのだろう。 炎を背にしたことで逆光となり、アプソンの顔も、カラレスの顔もよくは解らないが、とても醜悪で、恐ろしいものに見えた。伸ばされる手は地獄から伸ばされた鬼の手のようで、ただの人間相手に恐怖で心臓が締め付けられた。 だが、その手は届かなかった。 伸ばされた男の手は、別の手に掴まれたのだ。 ゆらりと持ち上がった白い手。 まるで地の底から湧き出た幽鬼の手のように、血の気のない白い手は、迷うこと無くアプソンの腕をつかんだ。アプソンの顔は優越感に満たされていた醜悪な表情から一変し、恐怖でその顔を歪めた。 今ここにいるのはカラレスと子供と自分だけ。 なのに、誰かが下から腕を掴んだのだ。 恐怖で震え上がり、歯の根が合わなくなったアプソンは、それでもおそるおそる視線を下へと向けると、血ぬられた顔で睨みつけてくる黄金の瞳と視線が合った。 「ひっ!」 アプソンは恐怖で目を見開き、小さな悲鳴を上げた。 銃を持つ手に絡みついた白い指を引き剥がそうと乱暴に腕を振るが、その手は離れることなく、反対に肉に食いこむほど強い力を加えてきた。血で真っ赤に染まった魔女の顔には、血に染まった髪が貼りつき、ギラギラと燃えるような力を宿した黄金の瞳は、アプソンを捕らえて離さなかった。 「は、はっ、はなせっ、離せ化物!!」 その場から離れようと身を引けば、それに引っぱられる形でCCは体を起こした。 ゆらりと、重力を無視したように立ち上がる姿は、怖気立つほど不気味だった。 「ひっひいいっ!」 腕を掴み睨み続けるC.C.に、アプソンは再び悲鳴を上げる。 「死んだはずだ!頭を、撃ったんだぞ!!」 そう、対吸血鬼用の対魔具で、その脳の活動を停止させたのだ。 魔物の超回復力は、魔力があって初めて成立する。 その魔力を断ったのだ。 刻印入りの銀を打ち込んだのだ。 死んだはずだ、死んでいなければならない。 だが、目の前の少女は死んではいない、間違いなく生きている。 その時、再び銃声が鳴り響いた。 それは彼女の側頭部に命中した。 彼女の体は大きく傾いたが、それだけだった。 C.C.は視線を発砲した男に向けた。 そこには、両手で銃を構え、震えている男がいた。 この狂乱の宴を生み出した主犯であるカラレス。 今までどこか虚ろにも見えた彼女の瞳に意志が宿る。 寝ぼけていた所を、頭を叩かれて起こされた。 そんな表情でC.C.はカラレスを睨みつけた。 「ばばばば、化物め!!」 二度、三度と銃声が響き渡り、凶弾は全てC.C.の体を撃ち抜いた。 「・・・4発」 心底不愉快そうな、声だった。 計5発もの弾丸を受けたにも関わらず、掴んでいた腕をますます締めあげる。 「ひいいいいいいいっ!!」 悲鳴と共に、骨の折れる音が響いた。 痛みと恐怖からアプソンは地面に尻もちをついたため、C.C.は手を離した。 あり得ない方向に曲がった腕を抱きしめたアプソンは、悲鳴を上げながらC.C.から離れようとするが、恐怖から体は自由に動かず、懸命に体をばたつかせている姿は滑稽だった。 アプソンの手から落ちた銃を拾い上げていると、再び凶弾が撃ち込まれた。 痛いなとC.C.は小さくつぶやいた。 「な、何故だ!吸血鬼だろう!?何故死なないっ!!」 銃を手にしたC.C.はゆらりと動き、銃口をカラレスに向けた。 「・・・なんだ、お前は私を知らないのか?」 「なに!?」 「私は、C.C.だ」 「・・・名前ぐらい知っている!」 「その程度か?私は魔女だよ、不老不死の魔女だ。この程度で死ねるなら、とっくにこの命を終えている」 死なないから、不死なんだよ。 C.C.は銃口をカラレスからアプソンに移動すると、迷わず発砲した。 今まで地面に這いつくばり、醜く足掻いていた男は動きを止めた。 「お前たちはいいな。紋様も銀も関係なく、こうして銃弾1発で簡単に死ねる・・・羨ましいよ」 「な、な、ま、待ってくれ!殺さないでくれ!!何ならこの私をお前の眷属に」 「いらないよ、お前のように醜い男など」 銃声が再び鳴り響き、二つの死体がこの場に増えた。 Witch of immortality そして、死ぬことの出来ない魔女だけが、その場に立っていた。 |