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室内へ戻ると、ロイドはあからさまに大きなため息を吐いた。 「まったく、表のロック全然意味が無かったねぇ」 センサーも無反応だったよ。 ロイドはお手上げ!と言いたげに両手を上にあげた。 いつも通りのオーバーアクションだったため、手に持っていたマグカップから、僅かにコーヒーが零れおちた。 「それは、シュナイゼルさんがこのエリアの鍵を持っているからでは?」 何せ上層部の人間だ。全ての施設のマスターキーを持っていてもおかしくはない。 「持ってないよ、渡してないからね。ここのカギ、お二人をお迎えした迎えた翌日にぜ~んぶ取り換えて、センサーも最新に物に替えたんだよ」 そして一部の部屋や通路も作り替え、外部の敵からの進入を拒むようにしたというのに、シュナイゼルは平然とした顔でそれらを通り過ぎてしまった。「やっぱり相手がシュナイゼルだと何の意味も無いね、このシステムじゃ」と、ロイドは自分の席に置かれたパソコンをいじりながら言った。 開いたのは監視カメラの映像で、シュナイゼルが立ち去る姿が映し出されている。 カタカタとものすごいスピードでロイドがキーを打込むと、別の画面が開いた。 それはこのエリア11の地図。 移動するシュナイゼルに重なるように、いくつかの光が点灯していた。 「これはね、高感度センサー・・・あーうん、君に解るように言うなら、僕がセットした以外のカメラやマイクに反応しているんだ。どうやらちゃんと回収したみたいだね」 シュナイゼルが所持している以外の点滅は無い。 だからと言って油断はできない。 後で念入りに調べなければ。 「でもどうしてシュナイゼルさんは盗聴器を?僕たちの監視ですか?」 「・・・本気で言ってるの君?もう忘れちゃった?」 「え?」 ポカンとした顔のスザクに、ああ、ホントに忘れてそうだとロイドは眉を寄せた。めんどくさいが、後で説明していない事が知られればセシルの鉄拳が飛んでくるため、仕方なくロイドは再度説明する事にした。 「いいかい、スザク君は忘れているようだけど」 「おいお前たち、朝食が出来たぞ」 二人の会話など無視し、勢いよく扉を開き部屋にやってきた女性はそう言った。 新緑の長い髪を持つ黄金の瞳の魔女、C.C.だった。 「ということは、L.L.様がお目覚めになられたんですねぇ」 よかった、これでセシルの料理を回避できたと、ロイドは再び両腕をあげた。 今度は喜びの表現だった事もあり、先ほどよりも勢いがついた振り上げは、カップの中のコーヒーを盛大にまき散らした。 「うわっ」 飛んできたコーヒーを素早く避けたスザクの動きは素晴らしいもので、ホントにこいつ人間かと、思わずC.C.は目を細めた。 「セシルの料理から解放されて喜ぶのは解るが、床は掃除しろ。L.L.がキレるぞ」 「解ってますよぉ、ほらスザク君、ボケッとしてないで雑巾持ってきて!」 「え!?あ、はい!」 スザクは慌てて雑巾を取りに給湯室へ向かった。 音を立てて扉が閉まり、部屋には二人だけになった。 「・・・何かあったのか?」 ロイドのオーバーアクションはいつものことだが、いまのはどこかわざとらしかった。スザクをここから追い出すために床を汚したのだろう。 「ありましたよ、すっごく嫌な事が」 カップに僅かに残った冷めたコーヒーを一気に飲んでから言った。 「シュナイゼルが来たんですよぉ」 「・・・ほう、あの腹黒皇子がか」 それは、絶対に会いたく無い男の名前だった。 「もしかしたら、気付いているかもしれませんねぇ」 「まあ、そうだろうな。あの屋敷に私がいて、共に居たのが黒髪美人だ。気付かない方がおかしい・・・が、わかっているな」 「ええ、もちろんですよ。ここにいるのは貴方だけですよ、C.C.」 黒髪の人物などここにはいませんよ。 「で、黒髪美人の写真は残していないだろうな?」 一応調査対象だったのだ。間違いなく写真か映像を残しているはずだし、何よりも火傷のあとを、病気の情報として提出している。はっきり言えば、その傷の写真だってシュナイゼルには見せたくはなかったのだ。 「報告書以外では、僕がデータで。あとスザク君とセシル君が写真で」 それ以外はありませんよ。 「・・・枢木が写真を?おいおまえ、なんてものを渡してくれたんだ」 スザクはL.L.を気に入っている・・・いや、完全に惚れている。 長年共に居たC.C.に宣戦布告し、それまでは魔物は悪だから、悪即斬という考えをあっさりと捨て、魔物であるL.L.と共に長い時を生きるため、眷族に、いや同じ吸血鬼にしてくれと頼むほどだった。 当然、眷族の話も吸血鬼にする話もL.L.は拒んだ。 同じく吸血鬼であるC.C.とロイドのどちらかの眷族になれ同じ時は生きられるのだが、スザクはL.L.に吸血鬼にしてもらうのだと決めているため、C.C.とロイドに頼む事はなかった。もし頼まれたとしても、二人は了承しないのだが。 そんなスザクに、惚れた相手の写真を渡したというのだ。 横恋慕してくるスザクを快く思っていないC.C.が機嫌を損ねるのは当然だ。 ちなみに、魔物を写真で写す事は禁じられており、その理由は普通のカメラでは対魔の効果が無い為、写真を通して魔物は魔法をかけてくる・・・という類のものだが、あれは嘘だ。魔物あるいは魔物と疑われた人間の写真を極力残さなために、一般人が写真を取らないよう脅しをかけているだけに過ぎない。画像を通して何かできるのなら、世界的に放送されたケルベロス退治の映像や、魔物との戦争の記録を通してとっくに人間界は魔物の手に落ちている。 「いいじゃないですか、何も無かったら本物に手を出しかねないでしょ?それに、ちゃんと仕事をしたらご褒美をあげないといけませんし」 あの写真だけで満足しているとは思えませんけどね。 「シュナイゼルに提出した資料はどうした?」 「画像は貴女のものをメインにし、L.L.様のはワンカットだけ」 傷口をアップにした写真だけですよ、0だと拙いですからね。 まあ、シュナイゼルはその1枚が誰のものか気づいて、大事に大事に保管している可能性は高いんですけど。 「戻ってきたのは失敗だったな」 「魔女の森を調べに来たんでしょ?仕方ありませんよ」 あの森は、特異な場所ですからねぇ。とロイドはヘラりと笑った。 元々問題のある土地をC.C.が所有し管理する事で安定させていたのだが、今は神々の避難所になっているせいで余計に特異点が大きくなっている。 このまま何も手を打たず、神々が土地を離れるような事態を続けるならば、神々がここに避難し続けるならば、やがてこの森も決壊するだろう。神々の力による歪みと汚染が空を、大地を、海を覆い、この世界は人の住める土地では無くなってしまう。 「あの腹黒が何の手も打たないから、うちの子が不安を感じ始めたんだよ」 「それこそが、シュナイゼルの計画ではないんですか?」 「だろうな。あの腹黒なら、L.L.のために人間界ぐを捨て石にしかねない」 「それ、笑えないですよぉ」 ホントにやりかねないんですから。と、ロイドは不愉快気に眉を寄せた。 扉が開き、雑巾とバケツを持ったスザクが戻ってきたので、二人は会話をやめた。 「終わったらさっさと来い。料理が冷めればあいつの機嫌が悪くなるぞ」 私は、ちゃんと伝えたからな。 C.C.はそう言い残すと部屋を後にした。 |