夜の住人 第9話


「なあ!バイク知ってるか?バイク!」
「バイクですか?」

涼しい風の通る部屋で頭の痛い作業をしていると、元気が良すぎる子供が目をキラキラとさせながら聞いてきた。はっきり言えばこの子は苦手だ。こちらが顔を歪め、あからさまに嫌そうな顔をしているにも関わらず、楽しげな笑顔を崩すことがない。煩くて騒がしく、こうして作業の邪魔までしてくる。こうなると一通り相手をしなければ静かにならないため、大きなため息とともに仕方なく手を止めた。
バイク。たしかガソリンで動く自転車だったような気がする。まだこちらに来て日が浅いため、持っている知識などその程度だった。今はそんな事よりも、考えなければならない事が山とあるから、適当にあしらってさっさといなくなってもらおうと思ったのだが、そうはいかなかった。

「そうバイク!かっこいーよな!!」

人間の子供は、魔物である自分を恐れることなく慣れ慣れしく近づいてくると、広げていたこちらの資料の上に、どさっと音がするほどの本を置いた。僕の資料が皺になるじゃないか、ほんとに失礼な子供だなと眉を寄せたが、子供はこちらの感情などお構いなしに次々とページを開いていく。どうやらお気に入りのページの端を折っていたらしく、折り目のついたページが机いっぱいに広がった。
様々な大きさ、様々なデザイン、様々なカラーリングのバイクが目に飛び込んできた。

「俺、大きくなったら絶対にバイクの免許を取るんだ!」
「バイクって乗り物でしょ?これだと一人しか乗れないし、雨が降ったら困るよね」

荷物もろくに積めないしねぇ。そう言いながら、無意識に雑誌の一つを手に取り、ぱらぱらとめくっていた。自分が想像していたよりも豊富なデザインとその性能から目が離せない。なにより煮詰まっていた頭に天啓が降りた感覚に、心が躍るのを感じていた。何だろうこれは、この気持は。こんな不便な乗り物・・・いや、これは素晴らしい乗り物じゃないか。

「まあ、雨は大変だろうけど、カッパ着ればいいじゃん。車と違って小さいから小回り利くし、なによりかっこいいだろ!!」

かっこいい。
そう、これはかっこいいのだ。
このかっこよさの前には天気などどうでもいいだろう。

「で、それを僕に話してどうしたいの君は」
「今度悪い魔物と戦うのに武器を作るんだろ?」
「ええまあ、作りますよ?武器を作るというよりは、魔力封印の文様を・・・」
「難しい話しはいいよ、そういう面倒臭いのはあいつだけで十分だ」

主をあいつ呼ばわりされ、楽しい気持ちより苛立ちが勝り、眉を寄せた。

「それで?」
「俺にも作ってくれ、かっこいい武器!」
「君に?あのね、君みたいな子供に何が出来るって言うのさ。・・・まぁ、君は運動神経はいいからね、もっと大きくなってからなら考えてもいいよ」
「それはあいつにも言われた。だからさ、俺が大きくなった時に、作ってくれよ!」

それは何年先の話だろうか。そもそも人間の子供が大人になるには何十年かかるんだったか?少なくても1年2年という話ではないから、随分と気の早い話だ。

「俺、戦う時にはこんなバイクに乗って戦いたいんだ!だから、こういうのに乗ってても邪魔にならないのを考えておいてくれ!」
「バイクに乗って戦うんですか?」
「そ、ほら、こんな感じでさ」

そう言って出したのは別の雑誌。顔を隠した大人が5人バイクに乗り走っている写真が載っていた。赤・青・黄色・緑・ピンクとカラフルな衣装を着た5人は、別のページでは全身黒の衣装を着た敵と戦っていた。彼らは子供が見る特撮番組のヒーローなのだと後で知った。この子供は毎週これを見ており、このヒーローたちに憧れていた。
だから自分が大きくなったら、彼らのように戦いたいという。

「なあ!かっこいいだろ!?」
「う~ん、僕はちょっとわからないなぁ」

バイクはかっこいいとおもうけど、フルフェイスのヘルメットに独特の衣装、長靴に長手袋を身に着けた原色カラーのヒーローは理解できなかった。

「えー!?きっと見てないからわからないんだ。明日一緒に見よう!」
「見ても多分解らないと思うよぉ」

僕、そう言うの解らないからさ。

「でもまあ、バイクに乗りたいっていうのは解ったかな」
「ほんとか!?じゃあ作ってくれよ!予約したからな!」
「はいはい、気が向いたら考えますよ。それより僕忙しいんだよね」

あちこちに開いてしまった門から悪意のある魔物が人間界に姿を現してしまった。
人間界側の門番、防人として異界の門を護り続けていた六家と共闘し、それらの魔物を排除し、主の望み通り人間と魔物が手を取り合う世界を築かなければならない。
そのためには、魔物から身を護るための手段を人間に与える必要がある。
彼らの身を守るための武器をあたえ、人と魔物が共闘するための組織をつくる。
人間界に来て1ヵ月と経たずに決まった共存の道。
そのための武器の担当が、自分なのだ。

「あ、そっか。じゃあの雑誌貸してやるから、じゃあな!」

雑誌を1箇所に山積みにし、少年は明るい笑顔で部屋を去って行った。

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