夜の住人 第18話


「クロヴィスの話では、何者かが、魔物と人間が再び戦争を行うよう裏で糸を引いている、ということだったか?」

本当にそんなことを考えているバカが居るのか?とC.C.は眉を寄せた。
大体、そんなことをして何になる。
領土が欲しいのか?それとも実験体か?奴隷か?ペットか?食料か?ただ愉悦のために嬲り殺したいだけか?なんにせよ、そんなことを望むものは極わずか。どちらの世界でも多くの民は、戦争などせずに平穏に暮らしたいと願っているのだ。
今も争いが無いとはいい難いが、それでも昔に比べたら平和だ。
ようやくここまで安定した平和を壊してまで得られるものなど何がある。

「いや、戦争を願うものは思ったよりも多い。武器商人はもちろんだが、不法な品の売買、特に人身売買をするには混沌とした世界のほうが望ましいからな」

戦火に巻き込まれ死んだことにしてしまえば、いくらでも人を消せる。

「そうだな、お前もそうやって消されかけたんだったな」

忘れていたと、C.C.は不愉快そうに言った。

「え!?」
「待って下さいよ、その話初耳ですよ?」

ロイドは驚きの声を上げ、セシルも不安げに眉を寄せた。

「そうだな、L.L.のトラウマを抉るからやめておくか?」
「トラウマ!?君、何されたの!?大丈夫だったの!?」
「いや、俺は」
「安心しろ、私が、このC.C.様がいたから、見ての通り無事だ。私がいなければ、今頃どこにいたのやら」

軽い口調で言ってはいるが、その表情から冗談ではなく、彼女が居なければ今ここにL.L.はいなかった事がわかった。

「そうだな、感謝している」
「感謝の気持ちをピザで表現していいぞ?」
「だから毎日用意しているだろう」
「ふふっ、そうだったな。だからお前のピザは、私のものなんだよ。私だけのな」

だからもう、お前にはやらないよと、C.C.はスザクに向かい不敵に笑った。

「C.C.、出来ればその話聞かせてもらえないかなぁ?」

一度起きたならまた起きるかもしれない。
対策を練るためにも、情報が欲しいとロイドは言った。
人に興味を示さないロイドだが、主君と望んだルルーシュの事はやはり別格らしい。ロイドにそう求められればC.C.も話さないわけにもいかない。
ここに来る理由となったあの屋敷での出来事だって、スザクがロイドの部下だったからこうして保護されたのだ。ロイドとセシルの機転が無ければどうなっていたか。

「あれは、スザクが殺された日のことだ。スザクを殺した人間達が、L.L.を手にしようとしたんだよ。こいつは子供の頃はそれはもう愛らしかったからな。育てば美人になることは誰の目にも明らかだった。だから、あのゲス共はこいつを欲した。自分たちの薄汚い欲の捌け口とするためにな」
「ああ、あの日ですか。じゃあ、あの時スザクくんの傍で死んでた人間ですね」
「そう、あの人間たちだ」
「・・・いいかC.C.、人身売買は、何も生きているときだけ成立するわけではない。実際は死体を取引する場合が圧倒的に多い。実験材料もそうだが、ゾンビ軍団を作る者もいれば、カニバリズムの者、ペットの魔獣の餌や植物の肥料にする者もいる。そういう連中は、生きて煩く騒ぐより死んで静かな方を好む。だから戦場に残った無数の死体は、奴らから見れば全て商品だ。他にも色々あるが、戦争で得をするものは思っている以上にいるということは理解できたか?」

一番理解できていないスザクに目を向けると、そんな事する人いるのかなぁ?という困り顔で首を傾げていた。「なんとなく解ったよ」と、一応返事は返してきたから、まあ良しとしよう。

「今回の件だが、実際に事が起きてから動くのではなく、事が起きる前に防ごうというのがクロヴィス達の考えだ。そのために、シュナイゼルに会いに来た。理由は簡単だ。先の戦争でもロイヤル種の指揮を皇帝とシュナイゼルが取っていたからな。だから万が一に備え、現在教団の上層部にいるシュナイゼルと対策を練り、魔物と人間が連携して動き、火種の内に消し去ろうというわけだ」

教団に手を貸したくはないのだが、そうも言ってはいられない。平和を維持するためなら、今後教団に手を貸すことも仕方がないという結論が出た。そのため、ブリタニア教団と決裂した原因、教団の裏切りで殺されかけたルルーシュに話を通してから、クロヴィスはシュナイゼルと会ったのだ。当時の事はまだ許せないが、今は魔界に人間が、人間界に魔族が僅かではあるが移住している。今のルルーシュのように。戦争となれば彼らの命は奪われるだろう。それは避けねばならないのだ。

「だが、そう簡単な話なのか?」

C.C.は納得出来ないと眉を寄せ、話をしている間に冷めて固くなってしまったピザをかじる。あつあつホクホクのときより格段に味が落ちてしまったが、それでも十分美味しい。疲れた脳にはやはりピザとコーラだなと考えながら、氷で薄まってしまったコーラを一気に流し込んだ。


***

「ねえセシルくん、そもそも彼らはどうして門を守っていたんだろうね。いや、誰から誰を守っていたんだろうね」

ルルーシュとC.C.が姿を消したあの日から、再会できる日を願い、ナナリーの元にいた科学者二人は、ランスロットを制作しながら長い年月を過ごしていた。
そんなある日、ロイドは思い出したかのようにセシルに聞いた。

「魔物から、人間を守っていたのでは?」

彼らはそう言っていたし、それ以外に何かありましたか?と、セシルは首を傾げた。質問の意図が解らなかったのだ。

「うん、僕が彼らに聞いた時も、同じことを言っていたよ。魔物が地上に流れ込まないように、人々を守るための門番だって。でもねぇ、僕はその理由にどーしても納得が出来ないんだよね」
「どうしてですか?」

人間の中でも、身体能力が優れている血筋の六家。
古の昔から、妖が集まると言われる京都を、陰から守り続けていたと聞いている。今思えばその妖も魔物だったのだろう。何もおかしなところはありませんよ?とセシルは返したが、ロイドはえ~?と否定の声を上げた。

「だってさ、魔物から人間を守るなら、どうして門は、彼らの背にあったのかなぁ?」
「背に?」
「そう、彼らの背後に門があった。彼らの住む屋敷の裏手にね。彼らが常に門を見ていて、そこからくる魔物を見張っているならわかる。でも、彼らは全員いつも門を背にしていた。僕達が門を見に行った時もそう。魔物である僕達が目の前にいるのに、それを退治するでもなく、門を背にして立っていた。僕と門の間に、門を背にして立ってたんだよ。意味が解らないんだよねぇ、あれの」

あの頃の記憶を呼び起こしてみると、なるほど、六家の人間たちは確かにいつも門を背に立っていた。とてもではないが、監視しているようには見えない。門の位置もそうだ。屋敷の内部にあるから、もし魔物が攻めてきたなら、背後を取られて屋敷をあっという間に占拠されてしまう。L.L.とC.C.があの門を通り人間界に来たときも、すんなり中に入れただけではなく、手厚い保護をうけ、それを追ってきたロイドとセシルも受け入れられた。いくら戦いに不向きな姿で、友好的に接したとは言え、普通門から来る魔物を警戒していたならば、あんな待遇ありえない。拘束も無く、木造の簡単に壊せる屋敷で自由に過ごせた意味が解らない。
なぜ今まで疑問を持たなかったのだろうと、セシルは自分を恥じた。

「ね?おかしいでしょ?でもね、彼らはおかしいと思ってないんだよね。僕達を謀ってたわけじゃなく、本気で魔物から人間界を守っているつもりなんだよ」

それが不思議で不思議で。でも聞いた所で答えられる者はいない。
だって、当事者の六家達がわかっていないのだから。
敵であるはずの魔物を保護したことの矛盾に気づいていない可能性もある。

「どうしてそんなことが・・・?まさか、誰かのギアスで?」
「違うんじゃない?あれは彼らが代々受け継いできた事だと思うよ」
「では、どうして?」
「不思議だよねぇ。どうして、というならばもう一つ気になることがあってね、どうして彼らが六家って、名乗っているか知ってるかい?」

ロイドは楽しそうに目を細めながら言った。ランスロットの話以外で彼がそんな顔をするのは珍しく、セシルは動かしていた手を止め、真剣に話を聞くことにした。ランスロットを作り、完成させても乗り手がいない。何度も作り直し、分解し、更なる改造を施すだけの日々にもしかしたら飽き始めていたのかもしれない。

「6つの家門で構成されているからでは?」
「6つ?皇が頭首で、桐原、刑部、公方、宗像、吉野、枢木で7つだよ?」

セシルは指折り数え、「あら?本当ですね」と頷いた。

「では、何なんですか?」

ロイドが疑問を投げてきたという事は、ロイドなりの仮説が既にあるという事を示している。そしてその仮説を話したいのだと長い付き合いで知っていた。だからセシルはそう尋ねた。

「彼らに聞いたんだけど、六家は昔、六道と名乗っていたそうだよ」

だけどある時期を境に、呼び方を変えたらしい。

「六道、ですか?仏教の六道と関係が?」
「大~当たり~!そこから取って六道、そこから変わって六家」
「そうなんですか?」
「天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道。どの家がどれってわけじゃないし、仏教と関わりがあるわけじゃない。六道輪廻とも関係ない」
「では、なぜそう名乗ったんですか?」
「僕の想像なんだけどね、自分たちを人とするためじゃないかな」

六道は、心の状態として捉えるものだと言われている。
人間であるからこそ迷う6つの道。
人間でなければ、迷わない6つの道。
魔物には存在しない6つの道。

「人とするために?」
「魔界は昔、地獄と呼ばれていたことは知っているかい?」
「地獄、ですか?天国と地獄の?」
「そう、悪魔が住む地獄。だからあの門は、地獄の門って言うんだよ」
「地獄の門ですか」
「地獄の門を背にして立ち、自らを6つの道、6つの迷いを持つ人間だと名乗っていた彼らは、本当に人間だったのかなって思わない?」
「ですが、彼らはどう見ても人間でした」
「魔族の特徴は見られず、魔力も何も感じなかったけど、そもそも測定してないから断言はできないよね。それに、彼らの祖先がそうだったとしても、今の六家は人間の血のほうが濃くなっているだろうし、測定しても反応が出るかどうか微妙じゃないかな。それに測定するための素材があっても、君怒るでしょ?」
「当たり前です。駄目ですからね」
「そのうち、また人間界で彼らの子孫に会えたら、そのときは測定してみたいよね」
「そうですね、また、会うことがあれば」

そんな日が来るのだろうか。

「地獄の門を護っていた彼らの祖先は、一体どんな魔物だったんだろうねぇ」

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