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捕らえられたわけではなかった。 ただ、勝手な行動をされると困ると言われ、屋敷の1室を与えられた。拘束されたわけでも、監禁されたわけでもない。紙と木で作られた扉などすぐに壊せるし、部屋から出て屋敷内を歩き回っても何も言われない。ただ、一緒に来た者は太陽の下では動けないため、そういう意味ではここから出ることはできなかったが。初めて会った人間という種は、こちらのことを知っているのか、吸血鬼である連れのことも良くしてくれた。与えられた部屋は日光が直接はいらない場所にあり、連れは押し入れの中に用意されたフトンの中ですやすやと気持ちよさそうに眠っている。 押し入れの扉も木と紙でできたもので、子供でもかんたんに壊せるような代物だ。連れの力があればこの屋敷だって破壊できる。夜になったら何時でもそれが可能なのだ。それを知っているはずなのに、見張り1人つけないなんて人間は防犯というものを知らないのか?と呆れていると、庭から子供がこちらを伺っているのが見えた。 茶色のくるくるふわふわした、まるで子犬のような毛並みの髪と、大きい瞳の少年で、おそらくキモノというこの日本国伝統の服を着ていた。 人間が縁側とよんでいた場所へと足を進めると、少年は胸を張り名乗った。 「俺は六家のスザクだ」 「六家?」 六花スザク、語呂の悪い名前だなと考えていると、くるくるふわふわな髪の少年は大きな翡翠の瞳を瞬かせた後、不思議そうに首を傾げた。 「お前知らないのか?六家はこの京都にある地獄門を守ってる名家だぞ」 日本人なら六家を知らない者はいない。なぜならこの国の皇である皇家も六家の一つだから。何で知らないんだと不思議そうに言うが、人間の情報など殆ど知らないのだから仕方がない。 「地獄門?ああ、魔界への扉か」 「魔界って呼び始めたのは最近だって父さんが言ってた」 だから、あの門の向こうにいいるのは鬼や悪魔。 絶対にこちら側に通してはいけない存在だと言われてきた。 「地獄か。きみ達から見たらそうなのかもしれない」 人の姿をした者もいるが、どちらかといえば異形の者の方が多い。見るにたえない醜悪な生物もいる。彼らをよく知らない人間がみれば、地獄から這い出してきた悪魔に見えるだろう。 「きみ達からってなんだよ?それより、お前誰だ?どうしてここにいるんだ。今この部屋にはその悪魔・・・じゃない、魔族がいるんだから立入禁止だし、お前みたいな子供がウチに来る話なんて俺は聞いてないぞ?ふこうしんにゅうってやつか?」 不幸侵入者?不法侵入者の間違いだろう。あえて訂正せず話を続けた。 「不法侵入、といえばそうなのかもしれない。僕たちは許可をもらってここに来たわけじゃないからな」 人間の世界に来ることは誰にも言っていない。人間にこの世界に来ていいかと尋ねたわけでもない。だから人間界に不法侵入しているのだ。 「おまえな、ふほーしんにゅうは犯罪だぞ!いいから出て行け!」 「ここの大人にこの部屋の使用許可はもらっている。何より連れが動けない」 「は?なんでお前をここに?連れって誰だ?」 「C.C.という名の女性だ。太陽の光に弱いから、今光の当たらない場所にいる」 「は?」 「つまり、君が言っていた地獄から来た悪魔なんだよ、僕は」 「はぁ!?ふざけてるのか?お前人間だろ!」 「人間と変わらない姿の悪魔もいる」 「・・・嘘つくなよ、お前のどこが悪魔・・・魔族なんだよ?」 人形みたいに整っているけど、人間だ。角があるわけでも爪が長かったり、口が裂けているわけでもない。どこからどう見ても人間の子供にしか見えない。 「僕は、吸血鬼だ」 「お前が吸血鬼?うそつくなよ、吸血鬼は太陽の光で灰になるんだ」 この手の知識は持っているらしく、少年は馬鹿にするなと眉を寄せていった。 「うそじゃないよ、僕は出来損ないだから」 そこまで口にして、スザクに自分のことをペラペラと話していることに違和感を覚えた。自分が目の前の少年に警戒心を抱いていないことに気がついた。自分の弱点となる情報、吸血鬼の恥と言われたこの体のこと。C.C.の話だってする必要はなかったのになぜ口にしてしまったのだろう。 「出来損ない?」 「・・・僕の母はもと人間だ。きっと母の血が濃かったんだろう、僕は太陽の光もニンニクも平気なんだ」 真っ直ぐな目だと思った。 穢も迷いもない、綺麗な瞳だと。 目が見えていた頃のナナリーの瞳によく似ている。 「元人間?はーふってやつか?」 「まあそうだな」 「ふ~ん?お前が魔族か・・・よわっちそうだな」 魔物が来たと聞き悪いやつならぶっ飛ばす!と、意気込んで来ていたスザクは、ホッとしたのかまるで向日葵のような明るい笑顔で言った。その言葉にかちんと来て「失礼なやつだな」と思わず吐き捨てた。 これが、後に親友となるスザクとルルーシュの出会い。 今から100年ほど前の日本での出来事。 ルルーシュの妹は、兄とは違い生まれたときから吸血鬼としての血に目覚めていた。 だが、ある日事件に巻き込まれ負ったキズは、彼女から歩く力を奪い、心のキズは彼女から物を見る力をも奪った。本来であれば、体にできたキズは癒え、障害など残らないはずなのに、彼女の下半身は自らの意志で動かすことが出きなくなったのだ。 彼女の傷は、対吸血鬼の刻印がされた武器による損傷だった。 それは魔物の王とさえ言われるロイヤル種に対する宣戦布告であったが、皇帝は数多くいる子供の1人が傷ついたぐらいで騒ぐなと一喝しただけだった。その後形だけの調査団が組織されたが、彼らが犯人を探しているようには思えなかった。 それだけではなく、刻印を使われた以上娘は治療をしても無駄だと、彼女を皇宮から追い出し、辺境の地へと送った。その事件で皇妃であった母を失った事も、皇女である彼女が粗雑に扱われた理由の一つだろう。 父である皇帝は、母を殺害した犯人に興味はなく、傷物になった娘は不要と判断し治療をしようとはせず、反抗する息子を無視した。 無視するなら無視すればいい。 魔界医師に治せないなら自分が治してみせる。 人間の世界には、魔界にはないモノがある。 知識が、技術が、素材が。 皆が見捨てた妹の傷を癒す方法を探し、ルルーシュは人間界まで来たのだ。 たった一人の味方を連れて。 愛する妹を救いたくて。 それが、ルルーシュとC.C.が人間界へとやってきた最初の理由だった。 |