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「一体何がどうなってるのよ!!」 「煩い!怒鳴るな!足を動かせ!!」 「わかってるわよ!!」 私たちは走っていた。 ただ、必死に足を動かしていた。 少しでも早く、ここを離れなければならない。 銃声が響き渡り、背後から凶弾が飛んで来るが、気になどしていられない。 「なぜ気づかなかった、あの馬鹿科学者っ!」 悪態をつきながら、思考を巡らせる。逃げ場はすでに断たれた。ここはエリア11。地下11階だ。地上への正規ルートだけではない、各格納庫の出入り口も地上から封鎖され、出ることはかなわないだろう。袋のネズミとはまさに私達のことをいう。ハンターたちは、逃げ道を亡くした獰猛な獣を、ただ遠くから撃ち殺せばいいだけ。安全な場所から、引き金を引くだけ。 こんな所で、こんな終わり方をさせてたまるか。 黄金の瞳は、絶望の中にあっても輝きを失うこと無く希望を探し続けた。 気づいたときには、もう遅かった。 警報がなった瞬間に、兵士たちが流れ込んできた。 それは見慣れたものたち、退魔部隊の精鋭だった。 壁を、ドアを、防犯装置も全て力づくで破壊し、瞬く間に彼らは目の前までやってきた。破壊された壁に驚く暇もなく、C.C.は咄嗟に部屋の中心に立った。この部屋にいるのはロイドとセシル、そしてカレン。その三人を背に立ったC.C.は、恐怖など欠片も見せること無く、彼らの視線を自分へと引き寄せた。 「本当にいるとはな、お前が、吸血鬼か?」 先頭に立っていた銀髪の女は銃を向けながら訪ねてきた。その後ろから、銃を持った男たちが姿を現す。 「その紋章・・・純血派か。やれやれ、いつの時代にもいるんだな。自分たち以外の存在は認めないという愚か者が」 「お前たちのような化物を認めるほうがおかしいんだ」 「このブリタニア教団には魔族が多く所属していることも忘れたか?」 「忘れてなどいない。あの化け物どもは、既に粛清した」 粛清。 それの指し示す意味にC.C.は眉を寄せた。 「・・・殺したのか?」 「いや、まだだ。正確には、捕獲した、だな。化け物どもは、公開処刑することになっている。人のふりをして傍にいる化け物たちの存在を、人々に知らしめるためにな」 その言葉に、C.C.はくつくつと笑った。 「何がおかしい」 銃を突きつけられても、壁を壊されても動揺せず微笑む吸血鬼に、純血派の精鋭たちは飲まれそうになった。新緑を思わせる美しいライトグリーンの髪、そして神秘的な輝きを放つ黄金色の瞳。シミひとつ無い白磁の肌は、まるで作り物めいていて、圧倒的にこちらが有利なはずなのに、この場の支配者は彼女のように錯覚してしまう。 「愚かだな。そんなものを世界に流してどうする気だ?傍にいる誰かは、人ではないかもしれない。今目の前にいる誰かは、人か?魔物か?そんな疑心暗鬼を人々に抱かせて何がしたい?」 「化物が傍にいると知れば、お前たちを駆除するために人々は決起するだろう」 「よくいう。魔女狩りが横行している現状で、人が人を殺さないとどうして言える?この世界の秩序を崩壊させ、人という種を滅ぼしたいのかお前は」 「そうやって我々の不安を煽る気か?化物のくせに頭はまわるんだな」 「お前は考えが足りなすぎる」 「化物に心配されることなど何も無い、人間をバカにするな」 「人間は馬鹿にしていない。私は、お前たちを馬鹿にしているんだよ」 くつくつと笑うその顔から視線をそらせない。 異形の存在、不死に近いもの。吸血鬼。 資料では目にしていた。だが、こうして実物を、生きた彼女を見るのは始めてのはずなのに、ずっと以前から知っていたような、不思議な感覚さえしてくる。 これも、吸血鬼の力なのだろうか。 嫌な汗が流れるのを感じながら、純血派の女、ヴィレッタは忌々しげに眉を寄せ目を細めた。 「お前は信じられるのか?」 「なに?」 「今お前の後ろにいるものが、隣りにいるものが、人間だといい切れるのか?」 「くだらない挑発だな。人間でなければ、魔物であるお前に銃など向けない」 「向けるさ。権力争いや派閥争いは人間だけのものではない。私を邪魔と考える魔物は山といる」 「だからなんだ?そうやって人間を惑わせるつもりか、化物め。大方ロイドとセシルもそうやって惑わし、操っているんだろう」 なるほど。 ロイドとセシルは、あくまでも人間側なのか。 確かに、あの二人に関しては創設当時からデータベースにはいない。 こちら側の者を全員載せれば動きづらくなるため、登録されているのはC.C.とL.L.、そしてジェレミアだけ。カレン達でさえ、記録には残っていない。それが幸いしたか? いや、違うな。 もし教団内の全ての魔族が押さえられたのなら、ロイドとセシルを知るものも捕らえられている可能性は高く、彼らから情報が流れてもおかしくはない。 だが、それがない。 全員捕縛されたのならシュナイゼルも例外ではないはずだ。 アイツのことだ、自分の身が危険になったなら、相手の注意をそらすために教団施設内の全警報を鳴らし、非常電源を含め全ての電力を切り、混乱するような状況を作り出すはずだが、それもない。 何よりこの者たちはロイドの監視網を逃れ、酷く静かに攻め込んできた。 ・・・一体誰が仕掛けてきたのやら。 「話は終わりだ。お前は、危険すぎるから殺せと命令されている」 ヴィレッタは照準をためらうこと無くC.C.の額に向けた。 「不死の魔女らしいが、銀の弾丸ならしばらくは動けないはずだ」 この恐怖から逃れるためか、ためらうこと無く引き金が引かれた。 これは当たるな。 死ぬのは慣れない。気が狂うような痛みにも慣れることはない。だが、それらの感情を表に出すこと無く、C.C.は死を待った。だが、突如身体を引っ張られ、体制を崩した。凶弾は、C.C.の肌に僅かに傷をつけ、後方の壁にめり込んだ。 「息止めて!!」 そう叫んだかと思うと、プシューー!という音とともに室内に煙幕が貼られた。何の事はない、カレンがこの部屋に設置されていた消化器を手に、侵入者へ向けて消火剤を噴射していたのだ。片手で消化器を、もう片手でC.C.を引っ張る体勢で彼女は部屋の裏口へ駆け出し、開いたままだったドアをくぐった。消化器はその場に投げ捨て、C.C.の手を引き、廊下を走る。追え、逃がすなと叫ぶ声が聞こえてくる。時間は無い、どうにか逃げなければ。 カレンはぎろりと、般若のような形相でC.C.を睨みつけた。 「あんた、何してんのよ!死んだら運ぶの大変でしょ!!」 「安心しろ、私は死んでない」 「当たり前でしょ!私が助けたのよ、私が!」 感謝しなさいよ!と、カレンは言った。 後ろから複数の足音が追ってくるのを聞きながら、C.C.とカレンは走り続けた。 |