夜の住人 第26 話

地上のエレベーター前には、今回の件で配備された特殊部隊が待ち構えていた。特派の枢木スザクが優秀だという話は耳にしていても、これだけの精鋭が待ち構えていれば手も足も出ないだろう。そう考えていたのだが、エレベーターの扉が開くと同時に、特派の退魔具であるバイク・ランスロットがフルスロットルで飛び出してきた。待ち構えている人数をものともせず、迷うこと無く突撃してきたため、想定外の行動に慌て部隊は体制を崩した。その勢いで轢かれれば無事ではすまない。そんな速さで近づかれては、武器は使えない。使えば、同士討ちをしてしまう。
不利になることなどありえない完璧な布陣。圧倒的な戦力差。それらをほんの数秒で切り崩されてしまった。
逃げられる訳にはいかないと、近接戦闘を得意とする者はすぐに体制を整え攻撃を仕掛けたが、スザクはバイクを体の一部のように操り、攻撃をかわした。スザクにとって幸いだったのはエレベーターの外が格納庫だったことだ。置かれていた乗り物や機材を、あるいは壁を足場にし逃げ回るスザクに対応できるものはいなかった。
ほぼ同時刻、反対側の格納庫からC.C.達が脱出を図ったのも功を奏したのだろう。こちらはスザクの運転技術と身体能力に翻弄され、あちらは搭載された兵器と、破ることの出来ない防壁に手も足も出ない状態だった。
どちらの現場も混乱し、互いの混乱がさらなる混乱を生んだ。
そして、ブリタニア教団はL.L.とC.C.を取り逃がした。
そこまでは良かった。
魔女の森への道で、スザクに電話が入った。
出るとそれはシュナイゼルで、このまま進めば次の罠が用意されている、安全な道があるから案内しようという内容だった。スザクはL.L.に相談すること無く指定された場所に赴き、そこで待っていたシュナイゼルと合流した。
スザクの電話の内容を「道を変えたほうがいいって連絡が入った」としか知らなかったL.L.は、シュナイゼルと合流したことに驚きが隠せず、ランスロットから降りたスザクについていくことはせずに、そこに乗ったままで様子をうかがっていた。
L.L.の存在はシュナイゼルには秘密だった。
だが、スザクはあっさりとシュナイゼルのもとへL.L.を連れて行った。
これはどういうことなのだろうと、混乱した頭はろくに働かず、ぐるぐると同じ思考ばかりを巡らせる。裏切られた。俺を引き渡すつもりだ。なぜ、裏切った。最初からか?一体どこまでが演技だったんだ?そんなことばかりしか考えられない。
そして、スザクは。

「スザク!!!!」

叫ぶ声は虚しく、何の力もなかった。
放たれた凶弾はスザクの腹部に真っ赤な血を咲かせ、その体は力なく崩れ落ちた。
流れ広がる赤い血は倒れた身体を染め上げる。
酩酊するほど甘い血液の広がりは、口の中に苦く苦しい死の味を思い出させた。
白い服が返り血で汚れたことに、不愉快そうに眉を寄せた男は、身の毛のよだつような笑みを浮かべた。その笑みには狂気が滲んで見え、昔から、嫌いだった。

「お帰り、ルルーシュ。随分と長く留守にしていたね」

血と硝煙の匂いのするこの場所にはあまりにも不似合いな穏やかで甘い声。
たった今、人を撃ったとは思えないほど優しい笑み。
ああ、嫌いだ。
この男の思考は理解できない。
今も昔も、この男の感情は異質すぎて気色が悪かった。

「シュナイゼル!なぜ!なぜスザクを撃った!!」

駆け寄り、その傷の手当をしなければ。
そうは思っても、ここから動くことが出来ない。
怖いのだ。
単純に、この二番目の兄が怖いのだ。

「ああ、この人間かい?君のトモダチだったという六家のスザクによく似ていたから、君のために引き取ったんだよ。君を見つける役に立つんじゃないかと、思ってね」

ちゃんと役目を果たしてくれたよとシュナイゼルは笑った。

「何故撃ったかを聞いているんだ!」

相変わらず話が噛み合わない。
こちらの言葉など、意見など、気持ちなどどうでもいいのだと再確認させられる。

「そんなこと、お前が気にすることではないよ。さあ、そこから降りなさい」

ランスロットに跨ったままのL.L.に優しく声をかけた。
怯えて震えている弟に、怖くはないよ、大丈夫だよと言い聞かせているような姿に、いらだちだけが募っていく。

「答えろ、シュナイゼル!!」
「降りなさいと、言っているんだよルルーシュ。あまり我儘を言ってはいけないよ」
「スザクをなぜ殺そうとするんだ!」
「殺そうと?違う、間違っているよルルーシュ。殺そうとしているんじゃない、殺したんだ」

殺した。
その言葉に、L.L.の、ルルーシュの表情は固まった。
死。
スザクが、死んだ。
また、スザクを死なせてしまったのか、俺は。
弟の顔から血の気が引き、絶望に染まるのをみて、シュナイゼルは満足そうに笑みを浮かべた。



既に人のいなくなったエリア11を完全閉鎖し、息を殺したような静寂と暗がりの中、科学者二人はコンピューターのモニターの光に照らされていた。そこにはいつもの笑みは無く、真剣な表情でモニターを見つめ、その両手は音もなくキーボードを打ち込み続けていた。流れる文字、現れては消える数々の画面。そんな中、突如セシルのモニターに警報が表示された。深い緑色の文字で表示されたそれは、ただひとつのことを示していた。

「大変!ロイドさん、スザクくんの”首輪”が外れました」

今までの能面のような表情から一転し、困惑した表情でセシルは言った。

「え?また!?も~っ!今度はどうしたのさ!?」

最近調子良かったのに!と、ロイドは大げさに頭をかきむしった。
それでなくてもストレスMAXな作業をしているのに、そこでこの問題だ。
現状では致命的と言っていいエラー。
どうしてこのタイミングでと、恨みがましい声を上げても仕方がないだろう。

「音声を再生した所、シュナイゼル殿下と合流し、撃たれたようです」

スザク本人は知らないことだが、彼が常に身につけているネックレスには生体データを取るための精密機械が埋め込まれている。心拍数なども計測すため、首に密着するタイプのものを付けさせていた。その形状から、ロイドとセシルは首輪と呼んでいたのだが、その首輪が機能しなくなったのだ。首輪の機能一つに、音声データの保存というものがあり、今回のような緊急時に何があったのかを調べるときにだけ開示される。そこに残されたシュナイゼルとのやりとりを聞き、セシルは眉を寄せていた。

「え?は?何でシュナイゼルに!?あれだけダメだって言ったのに!?」

スザクはL.L.と共に逃げていた。
シュナイゼルとは会わせてはいけない、居ることも知られてはいけないとあれだけ言ったのに、彼はL.L.を連れた状態でシュナイゼルと会ってしまった。

「それがおかしいんです。スザク君、迷うこと無くシュナイゼル殿下の指示に従っていて・・・」

まるで、それ以外の情報は全て忘れてしまっているようだった。
今追われていることも、L.L.の事も忘れて、シュナイゼルのもとに行くことを優先しているようだった。声も、いつもと違って聞こえた。

「・・・ねえセシルくん、スザクくんって変だよねぇ」

この緊急時に必要な話ですか?と思いながらセシルはロイドを見た。

「素直とか、人を疑わないって言えば聞こえはいいけどさ、シュナイゼルに対しては異常に従順だと思わない?いくら恩人相手でもさ。彼、L.L.様が好きなんでしょ?」

恋愛という意味で。
だからC.C.と言い争っているし、あれだけ魔族を敵対視していたのに、人間であることを捨ててでもL.L.とともにいたいと願っているのだ。それほど大事な人物を裏切るような行動、彼ならできないと思ったのに。

「・・・シュナイゼル殿下にスザクくんが見つかった時、記憶を無くしていましたよね。そのこと関係があるのでは?」

なぜ日本を出てそこに居たのか、そこで何をしていたのか、その村の住人とどんな関係で、どんな感情を抱いて生きてきたのか。そのすべてを失っていた。

「インプリンティングにしてもおかしいよねぇ」

それ以前の記憶はある程度残っていたが、混濁した記憶と状況で自分を保護してくれた大人に心酔してしまった、と考えてもやはり違和感しかない。拾ったのはシュナイゼルでも、その後の世話はロイドとセシルが行っているのだから、シュナイゼルにだけなついているという考えもやはり考えにくい。

「ロイドさん、まさか」
「多分、そのまさかだよ」

ロイドは不愉快そうに息を吐いた。

「シュナイゼルは、ギアスを持っていると見たほうがいいだろうね」

最悪だね、と吐き捨てるようにいった。





スザク専用の対魔具・ランスロット。
バイクを形どったそれには、いくつもの特殊な機能が装備されていた。
そのうちの一つが、L.L.を守り続けていた。

「これは、なかなかのものだね。ロイドも面白いものを作ったものだ」

顔は笑顔だが、目は笑っていない。
探していた宝物が目の前にあるのに、手が出せないからだ。
ブレイズルミナス。
何者も寄せ付けない、銃弾さえ弾く機能をL.L.は最大限に活用していた。
触れようとしても触れられない。
無理に近づけば、怪我ではすまない。
固着状態は作れたが、ランスロットをバイクとして使用することはL.L.には出来なかった。こうして触る権限は与えられたが、動かすための権限は持っていなかったのだ。それが出来るのは、スザクとロイドとセシルの3人だけ。
シュナイゼルはすぐにそのことに気づいた。

「ルルーシュ。この程度の抵抗では、何も変わらないよ」

シュナイゼルが手を挙げると、重低音があたりに響いた。
今までここにはシュナイゼルと側近しかいないと思っていた。
そんなことありえないのに、そう思い込んでいた。
大きな音を立て近づいてきたのは重機。

「なっ・・・!」
「あらゆる可能性は、想定しておくべきだろう?」

その言葉で、L.L.は全てを理解した。
これだけの重機を事前に用意していたということは、今回の襲撃を知っていたということだ。ロイドとセシルにはまだ利用価値があるから捕縛対象外にしたのか。そうだ、もし外部の手が入った結果起きた騒動なら、この男が何も抵抗せずに受け入れるはずがなかったのに。

「全て、貴方の策か」
「何の話かな?」
「とぼけるな!!」
「話すことは他にもたくさんあると言うのに、困った子だね。さて、このような無粋な場所で長話はやめようじゃないか」

近づいてきたのはショベルカー。
運転席には、シュナイゼルの腹心が乗っていた。
彼は、ためらうこと無くその重機で地面ごとランスロットを持ち上げると、そのままトラックの上へと下ろした。
ランスロットを乗せたトラックと、シュナイゼルを乗せた車はこの場を去り、倒れ伏したままのスザクは、血溜まりの中打ち捨てられた。

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