夜の住人 第32話


破壊されたランスロットは完全に沈黙し、もう盾として機能することはなかった。そこに居ても意味は無い、逆に壊れた対魔具は魔族にとって危険だと判断し、即座に離れたルルーシュは、シュナイゼルに追い詰められていた。この部屋は完全にロックされており、既にカノンも部屋から出ている。逃げ場のない密室に、二人きり。同じ吸血鬼ではあるが、身体能力は兄のほうが遥かに上で、肉弾戦で勝てる相手ではなかった。となれば、この建物を破壊し逃げるしか無いが、あれからほぼ半日。つまり今は太陽が世界を包み込んでいる時間で、窓を破り、壁を破り外へ逃げることはすなわち死を意味していた。
そこまで考えて、自分の失態に気づく。
ランスロットの性能を熟知していたこの兄は、この時間まで待っていたのだと。ランスロットが今この時間に破壊されたのは偶然ではなく、最初からその予定だったのだと。スザクの形見となったこれを手放すのが惜しかったのか、待てば誰かが、C.C.が来ると考えていたのか。どちらにせよ、夜の間に逃げる事を考えなかった時点でどうかしていた。いや、逃げ出すなら移動中、ここに来るまでにしなければならなかったのだ。
イレギュラーに弱いことは自覚していたが、ここまでだったとは。
この時間であればC.C.達も身動きがとれない。眷属となったカレンたちは吸血鬼ではないため動けるが、彼らだけで動いてどうにかなる相手でもなかった。彼らが動くにはブレインが必要だが、残念ながらシュナイゼルの知略に対抗できる者は闇に住む住人しかいない。C.C.、マリアンヌ、シャルル、ヴァルトシュタインと頭の切れるものが吸血鬼に偏っていなければ、まだ救援に期待も出来たが。
シュナイゼルの計画に気づ、日が落ちるまで時間を稼げればよかったのだが。

「いい加減にしなさいルルーシュ」
「いい加減にするのはお前の方だ!」
「そんな言葉使いをしてはいけないよ。私のもとに戻った以上、ちゃんと躾そしなおさなければいけないね」
「そんな躾、不要だ」
「そうやって反抗的な態度を取れるのも、今だけだよルルーシュ」

見つめてくる視線に鳥肌が立つ。
壁を背にし、シュナイゼルが近づいてきたら、壁に沿って走って逃げる。
必死になって逃げるルルーシュを、やれやれと言いながら、ゆっくりと歩いて追いかけるシュナイゼル。ドアノブを回しても開かないことも、武器に使えそうなものが何もないことも確認済み。ランスロットが破壊される際に、メーザーバイブレーションソードを取り出すための操作を行ったのだが、それに目ざとく気づいたカノンに邪魔されてしまったのが痛い。操作パネルは破壊されてしまっては、あの中に武器があるとわかっていても取り出すことが出来ない。
こういう場合を想定し、パネル操作以外でも取り出せるようにしておけ!と、心のなかでロイドに八つ当たりをした。わかっている、こんな事態が想定外なのだと。スザクならあのバイクを動かすことも出来るし、破壊されるような状況にもならないだろう。あれを操作できる3人以外が、あれを使いたがる状況事態がイレギュラーなのだから。

「このまま続けても意味は無いよ?それとも、時間稼ぎかな?」

当たり前だ、と心のなかで答えておく。
シュナイゼルがこの茶番に付き合う意味は解らないが、少しでも日が落ちる時間を稼ぐ事だけが、今できる唯一の手だ。この馬鹿みたいなやり取りのお陰で、壁は蹴破れる厚さではないことがわかった。C.C.がいても無理だろう。だが、まだ窓がある。たとえここか教団本部の最上階でも、吸血鬼である自分は、短い時間ではあるが宙に浮くことも可能だ。滑空するぐらいわけもない。・・・だが、対魔族の組織だから、窓も強化ガラスを使っているだろう。カレンやC.C.ならともかく、自分の脚力で割れるかどうか。

「お前とこうして戯れるのも楽しいが、夜になれば魔女たちが動き出すだろうね」

思わず動きを止めたルルーシュを見て、シュナイゼルはニッコリと微笑んだ。

「それまでに、お前の所有権が誰にあるのか、はっきりさせておく必要がある。わかるね、ルルーシュ」

お前は、私のものなのだと、しっかりと刻みつけてあげよう。

「所有権?やはり物扱いか」

大体、どうやって所有権を主張するつもりなのだか。
この体に、自分の名前でも書くか?
そんなことで、人の心が思い通りになるとでも思っているのだろうか。

「さあ、こちらに来なさいルルーシュ。いい子にしていれば痛い思いはさせない」
「馬鹿にしているのか?」
「事実を言っているだけだよ」

そう言って取り出したのは美しい装飾がされた銀色の銃だった。

「なるほど、銃で脅すわけか」
「脅しではないよ。普通の弾丸なら、やがて傷は癒えるだろう。だが、それまでは」

痛み苦しむことになる。
鉛玉では吸血鬼は殺せない。
頭を撃ち抜こうと、必ず再生する。
だが、動きを止めるだけなら十分に効果がある。
貧血で死ぬこともない、どこを撃ち抜いても死ぬことのない、キズも残らない体だから、ためらう必要だって無い。同族であるシュナイゼルは、当然熟知している。他人がルルーシュを撃つことも傷つけることも許せないが、自分が傷つけるのならなにも問題はないと考えているのだ。

「ルルーシュ、私はお前が傷つく姿は見たくない」
「言動が一致していないが?」

不敵に笑いながら言うと、シュナイゼルはためらうこと無く引き金を引いた。
銃声が響き、ルルーシュの足元を弾丸がかすめ、それは壁にめり込んだ。

「次は当てる。脅しではないよ?」

わかってる。
威嚇は1度だけ。次は足を撃つと言っているのだ。
こちらの考えなど全て予想済み。
足を撃たれれば窓から逃げるのは不可能。
ぎり、と、音がなるほど歯を噛み締め、目の前の男をにらみつけた。
逃げ場はない。
どのみちこの男の人形になる事が決定しているのなら、あとはキズを浅くするか、深くするかだけ。ならば、取る道など一つしか無い。

「ならば撃てばいい。俺は、お前の願いなど聞き入れるつもりはない」

この身可愛さに、この男に屈するなどありえない。撃つなら撃てばいい。どれほどこの身を傷つけられようとも、この男の願いを聞き入れるつもりはない。膝をつくなど、あり得ない。

「馬鹿な子だ。あんな魔女とともにいたから、まともな思考が出来なくなったのだね」

悲しいねとシュナイゼルは言いながら、銃口をむけ狙いを定めた。

31話
33話