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狙い定められた銃口、引き金にかかった指がゆっくりと動くのが見えた。ただの銃弾で死ぬことはないが、 この身を焼くような痛みに耐えるため、歯を噛み締め両目を閉じたその瞬間、轟音が部屋の中に響き渡った。銃声とは違うその音は眼の前の男からではなく、壁の方から聞こえてきた。いや壁ではない。扉だ。この部屋の唯一の出入り口である扉。その扉が吹き飛ぶさまを、まるでスローモーションのように見ていた。 ルルーシュとシュナイゼルの間を、白い扉が飛んで行く。 何があったのか判らず呆然としていると、銃声が聞こえた。 ああしまった。あれは扉なのだ。理由はともかく、強固な扉が無くなった今が逃げるチャンスだった。先に気づいたシュナイゼルが、ルルーシュの動きを封じることを優先し銃を撃ったことも同時に悟り、逃げるのは不可能だと、結論づける。 扉が吹き飛んでから、瞬きほどの一瞬で勝敗は決したはずだった。 「ほわあああぁぁぁ!?」 だが、全てを理解すると同時に体が倒され、思わず素っ頓狂な声が口から飛び出した。倒れた、ではなく、倒されたのだ。 突如視点が変り、意味がわからず脳は混乱した。無意識に視線を上に、自分がいた場所の壁に向ける。自分の頭があった場所。そこに銃弾が打ち込まれたのがわかり、ああ、そこを狙うのかと胸に冷たいものが流れた。動きを封じるだけなら、足や腕、狙いやすい胸を撃てばいい。だが、頭を狙うか。あれでも兄だ。いくら恨んでいても、やはりどこかの情が残っていたのだろう。だが、それも今凍りついたのを感じた。 吹き飛んでいた扉が壁にあたり、再び大きな音を室内に響き渡らせた。 ほんの一瞬の出来事なだと、その音が知らせる。 その音が、呆けていた意識を正気に戻した。 倒れたはずのこの体は、床に叩きつけられること無く、支えられていた。 いや、誰かに抱えられていた。 その顔は、間違いなく。 「大丈夫か?え!?な、何で泣いてるんだよ!?怪我したのか!?」 目に映ったその顔をよく知っていた。 自分を守るために、撃たれた友人だった。 くるくるふわふわな茶色の髪と、大きな緑の瞳の童顔男だ。 見間違えるなどあるはずがない。 「スザ・・・枢木、無事だったのか」 ルルーシュは安堵の息とともに言った。 あの時、シュナイゼルに撃たれ、倒れてピクリとも動かなかった。 シュナイゼルは生死を確かめようともしなかった。 だから、死んだのだと。 人間は弱い。 どれほど強靭な力を持っていても、弱い。 儚く弱い存在だ。 あれだけ出血した状態で放置してしまったのだから、助からないと。 いや、逆に何も反応しなかったからこそ、とどめを刺されること無く生き残れたのか。あんな森の中だ。助けは来ないから放置しても大丈夫という油断が命を救ったのか。幸運なのか、不幸なのかわからない男だ。 「・・・お前、俺を知ってるのか?」 男は、いつも聞いていたよりも低く、がさつな口調でそう返してきた。 「え?」 困惑していると、スザクに似た男はまじまじとこちらを見てきた。 その目は真剣そのもので、嘘は言っていない。 「ロイドさんが言ってたルルーシュってお前だろ?ほんと、男にしておくのもったいないぐらい美人だな」 あのスザクが言わないだろう言葉を男は口にした。 生存に気を取られていたが、一人称が違う、言葉使いが違う。 どういうことだ?スザクではないのか? 似た誰か?こんなにそっくりなのに?ありえないだろう? だが、この目は俺を知らない目だ。 初めて見る俺を観察しているような目。 この話し方、この態度、懐かしいあいつを思い出す。 ああそうだ、あいつならこんな事を言ってもおかしくない。 「枢木、お前・・・」 「悪いけど話は後だ」 そう言って、スザクは視線を前に向けた。 そこには、鬼のような形相のシュナイゼル。 アレが、敵かとスザクが呟く。 そして、ルルーシュを立たせ、手をつかむとゆっくりと移動した。 既に破壊されたランスロットまで移動する。 シュナイゼルはカノンに連絡を取りながら銃口をまっすぐにスザクへと向けた。 「どうする気だ」 「なんか、このバイクも回収しろって言われた。あとこれ、お前に渡してくれって」 渡されたのは、予備のエナジーフィラーと携帯電話。 迷うこと無く携帯を耳に装着すと、ロイドの声が聞こえた。 『そのスザク君は一時的に記憶を無くしてますが、本人です』 こちらの状況を聞くことなく、そう説明した。 ランスロットの電気系統を破壊されたのに予備のエナジーフィラー?ここで何が起きているのか全て知っている上でこれを用意したということは、何かしらの方法でエナジーの供給を再開し、ランスロットが起動できるようになるということ。 『ランスロットは僕の技術の結晶なので、回収をお願いします。シュナイゼルに渡したら、悪用されますからね』 ブレイズルミナスも全てシュナイゼルには教えていない技術だ。これを残せば厄介なことになる。接続方法を教えますと、ロイドが言うのでそれに従い手を動かした。スザクの後ろに隠れ、シュナイゼルに気付かれないよう手元ではなく、前を見ながらの作業。 「スザク君、ルルーシュを渡しなさい」 「渡せって言われて、渡すはずないだろ?こいつを助けてくれって、頼まれたんだし」 馬鹿じゃないのかと、スザクは呆れたように言った。 スザクの反応に、シュナイゼルの顔から余裕が消えた。 「私のことを、忘れたのかな?」 「そうみたいだな。おまえがシュナイゼルだろ?」 「私と出会ったことも忘れたのかな?君の住んでた村で、会ったときの事を」 「知らない」 「・・・そういえば、あのときも君は記憶をなくしていたね」 「そんな話さっきもされたけど、なんで知ってるんだ?」 「これはロイドの仕掛けかな?まあいい、枢木スザク、私に従いなさい」 話だけ無駄だと、シュナイゼルはギアスを発動させた。 右の瞳が赤く輝き、文様が動く。 「・・・っ、しまった!」 そうだ、シュナイゼルはギアスがある。スザクには対抗する術がない。 だが、慌ててももう遅い。既に力が発動してしまったのだから。 せっかく来てくれた味方が、敵に変わる・・・はずだった。 「従うわけ無いだろ?何言ってるんだ?」 呆れたようにスザクが言ったので、シュナイゼルとルルーシュは驚き目を見張った。 『ああ、ギアス対策は万全ですよ~』 本人は嫌がったんですけどね。 シュナイゼルがギアスを使うとわかっている以上、やれることはやった上で送り出していると、ロイドは楽しげに言った。首輪の発信機から場所を特定し、回収・治療に時間がかかったせいでお迎えがギリギリになりましたが。 「枢木スザク、私の目を見なさい」 視線を逸らしたからだと思ったのか、シュナイゼルは命じた。 「何でお前の言うことを、俺が聞くんだ?」 呆れたようにスザクが言った後、ランスロットのエナジーが回復し、起動音があたりに響いた。 目が覚めた時は、眩しい光の中にいた。 視界がかすみ、周りが全く見えず困惑していると、声が聞こえてきた。 「・・・、僕が・・・かい?・・・くん」 「だれだ?ここは?」 頭がボケてて言葉が頭に入ってこない。 目が回るし耳鳴りも酷い。 眩しくて目がチカチカする。 「・・・かい?・・・も?もしかして・・・かな?」 「・・・がない?」 「君、・・・名前・・・?」 「名前・・・スザク・・・」 会話は成立し、質問の内容もなんとか理解できたが、頭が霞んでいて直前の会話でさえ覚えていられない。目が回る、気持ち悪い。 「うん・・・だね、じゃあ・・・は?」 「?」 「う~ん、じゃあ・・・?ああ、・・・は?」 「ロイドさん、・・・して、また・・・ですか?」 「みたい・・・、セシル・・・首輪・・・てくれる?」 「はい」 一人離れる気配を感じた。 「ねえ・・・君、きみはどのぐらい前まで・・・ているのかな?」 「どのぐらい?」 「シュナ・・・のこと、・・・てるかな?」 「シュナ・・・?」 「じゃあ、・・・に村が・・・事は?そこで君はシュ・・・にあってるんだけど?」 聞き取りづらいのは日本語じゃないからか。 自分は今何処の言葉で会話しているのかもわからない。 でも、部分的に理解出来ていた。 ここはどこだろう?日本なのか?外国なのか? 父さんに連れられて、外国にいたんだったっけ? 少し冷静になれたのか、さきほどよりも言葉を理解できるようになってきた。 「村?日本の・・・」 「スザクくん、ここは日本じゃ・・・・シュナ・・・の命令に従うと・・・う衝動は?」 「なに?従う?」 「従わな・・・?だって君のご主人様でしょ?」 「なんで俺が従うんだ?」 何の話だろう?と、眉を寄せたら、写真を渡された。 先程よりも視界がはっきりしてきたから、それが金髪男性の写真だとわかった。 知らない顔。嘘くさい笑顔の外国人。 こいつ、嫌いだ。 「それがシュナイゼル。君のご主人様。覚えてる?」 「知らない」 不愉快げに眉を寄せると、男はニコニコと笑顔を浮かべ両手をあげた。 「お~め~で~と~っ!」 「はぁ?」 「きみはあいつのギアスから開放されたんだよ!」 「ギアス?」 「そう、不幸中の幸いかな?君は自由になったんだ!」 良かったね、記憶をなくして!お~め~で~と~!と、眼鏡の男は、自分の事のように喜んだ。 |