夜の住人 第34話


『スザクくんの記憶ですか?怪我による大量出血が原因じゃないです?』

脳に血が回らなくなった事が原因でしょうが、専門家じゃないですし、詳しい検査もまだですからと、ロイドは言った。

「おまえ、そんな状態の枢木をよこしたのか!?」
『大丈夫ですよ、記憶を無くしたのは初めてじゃありませんし、本人も平気そうにしてるでしょ?自分でもわかってるんですよ、初めての経験じゃないって』
「そんな簡単なことじゃないだろう!」
『セシルくんは、明日の朝には記憶は戻るんじゃないかと言ってますが』
「そんな簡単に戻るはずないだろ」
『セシルくんの予想は、結構当たるんですよぉ?それに、スザク君忘れた忘れたと言っている割に、迷うこと無くそちらに行きましたしね。一時的に記憶が混乱しているだけなんですよ。それより、そちらは大丈夫ですか?』
「ああ、ランスロットが動いたから、今魔女の森へ向かっている」

猛スピードで走るランスロットにまたがり、スザクの体に必死にしがみつきながらそう言った。スザクはと言えば、怪我などしたのか?と思うほどけろっとしているため、もしかしたら痛み止めをかなりの量服用しているのかもしれない。みんな楽観視しているが、脳の問題は簡単ではない。だが、ロイドの言うことも一理ある。記憶喪失と言うよりも記憶の混乱。忘れたわけではないから、思い出すきっかけのものが目の前にあれば、難なく操作・操縦が出来るのだろう。いや、ロイドとセシルのこともあやふやなようだから、人物に関する記憶は失われている可能性はある。スザクは自分たちとは違い人間なのだ。早く合流し、検査しなければ。

あの時、ランスロットが起動した瞬間に、スザクは慣れた手つきでフロントフォーク部分に手を伸ばした。パネルが破損したとき用なのだろう、隠されていたスイッチに触れ、メーザーバイブレーションソードを取り出した。シュナイゼルが打ち出した弾丸を、平然とその刃で消滅させ、切っ先をシュナイゼルに向けたままシート部分を空ける。そこには、スザクのコートとヘルメットが入っていた。

「お前、太陽駄目なんだろ?それ着たら大丈夫だから」

魔物と闘う団員達のコートは、毒の雨の中でも、炎の海でも団員の身体を守れるよう特殊な素材でできている。防弾防刃効果もあるため、これを着用していれば、スザクは大怪我をせずに済んでいたのだと思うと、せめてどこかで一度バイクを止め、着せるべきだったと後悔する。遮光性も高く中に光は通さない。首元も隠せるコートを着、ヘルメットを着用する。そして肘まであるグローブを付ければ、吸血鬼であっても太陽の光の下に出ることが可能だ。ルルーシュが身に着けている服とブーツも遮光性が高いものだから、足元を太陽に焼かれる心配はない。
コートとヘルメットを身につけたのを確認し、スザクはバイクに跨った。その後ろにルルーシュも跨がり、スザクにしがみつく。見た目では解らなかったが、こうして触れれば、包帯の感触があった。こんな身体で動き回るなんてと、ロイドは何をさせているんだと思うが、こうして救われた身としてはこれ以上文句も言えない。

「逃げられると思っているのかな?」
「思ってる」

スザクは即答した。

「既に教団内は臨戦態勢が整っている。君たちは逃げられない」

この部屋の外に、カノンとその部隊が待機している。そこを越えられたとしても、他の部隊が待ち構えているのだから、どうあがいても逃げ切れない。一番効果のある手はシュナイゼルを人質にすることだが、そう簡単にいく相手ではない。シュナイゼルも頭脳派だが、ルルーシュとは違い吸血鬼としての高い能力も持っているのだ。

「枢木、出来るだけ安全なルートを示す」

少しでも敵が少ないだろうルートを頭の中で構築する
だが、シュナイゼルはそれを見越して配置するだろう。
その裏をかかなければならない。いや、裏の裏を、その裏を。

「え?いいよ別に。そっちの道がやばいのはわかってるから。太陽さえどうにかなれば、逃げるのは簡単だろ」

言うが早いか、スザクはランスロットを急発進させた。そして対魔具の一つ、ヴァリスを正面に向かって放つ。室内で?壁を破壊して隣の部屋に移動しても意味はない。と思ったのだが、 そこは窓ガラスのある方向で、魔物相手に用意された強力な兵器は、あっさりと強化ガラスを砕き、外への道を作り出した。突如入ってきた太陽の光に、シュナイゼルは身を隠するより他にはなく、扉の向こうで待機していたカノン達が慌てて室内に入ったときには、既にスザクとルルーシュの姿はなかった。

「ほわあぁぁぁぁぁぁ!?」
「しっかり捕まってろよ!手を離したら死ぬぞ!」

離さなくても死ぬだろう!!この馬鹿が!!
勢い良く飛び出したランスロットは、地上30階にあるシュナイゼルの部屋から地上に向けて降下を始めた。太陽が昇っている今、吸血鬼としての力は使えないし、何より能力の低いルルーシュには、スザクとランスロットを支え降下するのは無理だった。

「大丈夫だって。よいしょっと」

そう言うと、スザクは空中でランスロットの向きを強引に変えた。どうやったんだ!?と思うが、全身の筋肉を使い、勢いをつけランスロットごと回転したのだろうと、結論付ける他無かった。するとスザクは、教団本部に向かい、対魔具のスラッシュハーケンを打ち出し、巻き取った。下降するだけだったランスロットは、今度は勢い良く建物に向かっていく。
そのまま突入すると思われたが、スザクはその壁に足を向け、衝突することを防いだ。その瞬間にハーケンを回収。今度は壁についた足を角度をつけて蹴ることで、壁に沿うような形でランスロットは下降を始めた。
恐ろしいのは、そのときに若干だがスピードが落ちているのだ。
そこから先は・・・いや、いまのだって相当だが、今以上に信じられない事が起きた。これは夢か?あの時本当は撃たれて、今俺は寝ているんじゃないか?そう思うような状況だったが、実際に体験した以上信じるしか無かった。
そんな降り方だった。
壁にそって動いたランスロットを操作し、スラッシュハーケンを再び打ち出した。それが前方の壁に当たり、再び勢い良く巻き取り、衝突するのを足で止め回収、壁を蹴る、建物の角では全身を使い強引に向きを変える・・・いや待ってくれ、脳が考えるのを拒否し始めた。だって普通はむりだろ!?万有引力の法則はどうした!?慣性の法則はどこへ行った!?なんということだ、スザクを前に常識が裸足で逃げ出していく。
スザクはスラッシュハーケンと自分の脚力だけで、この壁を軸に地上へと螺旋を描くように降下しているのだ。しかも落下速度がある程度落ちている。どういう原理かは全くわからないというか理解したくない。
外で展開していた退魔部隊も、スザクの奇行を前に思考を停止させ、ろくに動くも出来ずにあっさりとスザクの突破を許してしまった。気持は痛いほどわかる。こんな曲芸目の当たりにすれば、夢か現実かをまず疑うだろう。シュナイゼルから出たのだろう指示で我に返り、追いかけてきたがもう遅い。いくら破損し、フロント部分が歪み、ハンドル部分が切断され不安定になっていても、このイレギュラーの塊、歩く非常識男の手にかかれば、その程度障害にすらならないのだ。
スラッシュハーケンとスザクの身体能力だけでランスロットは無事地上にたどり着いた。

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