夜の住人 第37話


こちらが予想していた以上にあっさりと決着がついた。

大群を率いてやってきたC.C.は、いつもと変わらず静かに立っていたが、纏う空気が違っていた。表情からはわからないが完全にキレており、いつものピザ好きなだらしない女でも魔族の上位に位置する吸血鬼でもなく、魔界にその名を轟かせる魔女C.C.としてブリタニア教団・退魔部隊と対峙した。
辺りの空気は一変し、凍えるような寒さに包まれ、カレンは思わず自分の体を抱きしめた。全身が粟立っている。殺意をむき出したC.C.に、怯えているのだ。魔物に転身したと言ってもその大本は人間に過ぎない。強大な力を持つ死の使いを前にして、人間の本能が死を悟り、震えていた。
目の前の女性は、明らかに異端の存在で、今まで対峙してきたどの魔物よりも美しく、そして恐ろしいモノだった。

「私のものに手を出したこと、後悔しろ」

黄金の目を細め、冷たく放たれた言葉に、体の震えが一層ひどくなった。それはカレンだけではなく、L.L.とスザクを追ってきた退魔士全員がその場で震えていた。魔族に転身したカレンとは違い、みな純粋な人間だ。C.C.がどんな人物かも知らない。彼らは、カレンが感じている以上の恐怖に包まれていた。



それだけが頭を支配する。

『C.C.よ、しばし待て』

その時だ。
大気を震わせるような声が辺りに響き渡った。

「邪魔をするつもりか、シャルル」
『いま人間を殺した所で意味は無い。どの道その人間たちには、もう戦う意思など残っていないだろう。この軍勢相手に戦う意思がある者がいるとも思えん』

確かにそのとおりだ。
今ここで立っているものは、L.L.とC.C.とカレンだけ。他の者たちは恐怖で腰が砕け立つことすら出来ずに地べたに張り付いている。怒りでまわりが見えなくなっていたC.C.は、すこしやりすぎたかと、空気を緩めた。

「この声、誰?」

C.C.の怒りが引いたことで、ようやく体の自由を取り戻したカレンは眉を寄せながら尋ねた。C.C.の怒りに当てられて動けなくなったことは今回が初めてではないから、立ち直りも早い。

「・・・皇帝だ」
「え?皇帝って、ハイネス種の!?って事は、魔族の王さま!?この声が!?」

カレンは我を忘れて大きな声で叫ぶと、その言葉を聞いた人間達は震え上がった。たった一人の魔族を救うため、これだけの軍勢が攻めてきたのだ。今、教団内には数多くの元同僚達が捕えられている。その事を知られたら・・・。

『人間よ、よく聞くがいい。ブリタニア教団とは、元をただせば我が息子ルルーシュが作り出した遊び場に過ぎぬ。人と魔族が共に手を取り合うなどと、愚かな夢を口にした結果生まれた組織よ。だが。何が共存だ。何が友情だ。見るがいい、人間どもは、たった100年で再び裏切ったではないか!人間など信じるだけ無駄なのだ』

皇帝の発言に、L.L.は唇を噛みしめながら空を見上げ叫んだ。

「違う!無駄では無い!!」

この場は既に闇に閉ざされている。もう邪魔だとL.L.はヘルメットを脱ぎ捨てた。硬質な音を立て、ヘルメットが地面に転がる。
漆黒の髪がさらりと流れ、白磁の肌が空気にさらされた。恐ろしいほどに整った顔には、宝石のような輝きを持つ紫の瞳が収められていた。その声、その立ち姿で男だとは分かっている。分かっているが、性別など彼の前では無意味だった。恐ろしく美しい魔女の姿さえ、彼の前では霞んで見えた。

『愚かなりルルーシュ!まだ解らぬか!!』
「昨日までは、共存出来ていたんだ。今日は駄目でも、明日からまた共に生きられるかもしれない!争うのではなく、奪うのではなく、手を取り合い、笑いあえるかもしれない!」
『いつまでもそのような戯言を。まあいい、C.C.よ。三人を連れて移動せよ』
「待て、まだ話は!」

そう続けようとしたが、C.C.に止められた。

「冷静になれ、枢木を死なせる気か?言い合いなら後でやれ」
「・・・っ!」
「私はお前たちを回収できればそれでいい。そのために来たのだからな。あいつらは所詮人間。あと70年もすれば死ぬようなヤツラに、ムキになるなんてどうかしていた」

先ほどまでの冷たさが無くなり、魔女はいつものC.C.の口調でそう言った。倒れ伏すスザクをカレンが背負い、L.L.はランスロットに跨り、カレンは紅蓮をその真横につけた。C.C.はその二台の後ろにそれぞれに足をつき、L.L.とカレンの頭をその両腕で抱きしめた。

『人間よ、シュナイゼルに伝えるがいい』

退魔士達はざわめいた。魔族は、教団の中核にいる人間も把握しているのか。自分たちを出動させたのが誰かも知っているのか。と、顔を青くした。 バサバサという羽音と、泣き声が辺りに響き渡る。先ほどよりも多くの蝙蝠が空から降りてきた。そして、三人を包み隠していく。

『教団内には、儂の騎士を一人潜り込ませておったのだが、どうやら今はお前の手に落ちたようだ。教団に魔の力は不要だというならば、全員を解放するがいい。この世界に残り神と呼ばれた我らが同胞も、全員連れ帰ることにしよう』

ざわり、と辺りは不穏な空気が流れた。
神がいなくなった土地は砂漠化が進行している。
その神が魔に属する存在で、この魔族の王の言葉を聞き魔界へ戻ってしまえば、住める土地はほんの僅かになるだろう。
世界の滅亡が目の前で揺れていた。

『もし、我が騎士たちを解放することなくこの馬鹿げた争いを続けるというのであれば、いいだろう、儂が相手をしよう。全ての魔を敵に回し、勝てるというなら挑むがいい』

威厳のこもった重厚な声があたりに響き渡る。
脅迫でも冗談でもない。事実を告げているのだ。
交渉が通じる相手ではない。

『シャルル、ちょっと変わって。あなたたち、シュナイゼルに伝えなさい。私の息子にこれ以上手を出すというなら、私も相手になるわよ?覚悟しなさいとね』

女性の力強い声と共にバサバサと蝙蝠が飛び立っていく。
蝙蝠が消えたその場所には、人はおろかバイクも残されていなかった。
空を覆っていた魔物たちは、蝙蝠が空に戻ると同時に後退し、数十分後には、ここが闇に閉ざされていたとは思えないほど明るくなり、さんさんと照りつける太陽がブリタニア教団の敗北を告げていた。


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