オオカミの呼ぶ声 第4話

ぴんぽーんと玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。

「誰だろう?ちょっと行って来る」

その音で冷静さを取り戻したのか、さっきまで真っ赤だった顔が、あっという間に元の色に戻る。
小走りで去るその後ろ姿を見て、俺はせっかく楽んでたのに、誰かに邪魔されたことに腹が立った。
さっきまでの笑顔が嘘のように消え、代わりに眉を寄せ不機嫌な表情となった。
気付かれないよう玄関を伺うと、そこには近くに住む農家の夫婦が訊ねてきていた。

「こんな小さな子供だとは思わなかったわ、一人で怖いでしょ?おばさん達の所に来る?」

いかにも人のよさそうなその女性は、心配そうな眼差しでアイツを見ながらそう言った。

「高校生か、小さくても中学生だと思ってたんだが、まさか9歳の子供だったとはな。何を考えてるんだこの子の親は」

怒りをあらわにしている体格のいいその男性は、アイツを捨てた大人に対して文句を言う。
・・・人間の子供は人間の大人と一緒に暮らすものだ。
だけど、大人はそいつをいらないから捨てたんだろ?もう、俺が拾ったんだから俺のものだ。後から来て掠め取ろうなんてするな。俺は自分の目が据わっていくのを感じながら、どうやってあの二人を追い返すか考えた。

「うちは子供が4人いるから、今さら一人増えても変わらないわ、遠慮しなくていいのよ?」
「こんな古い家で、夜中一人でいるのは怖いからな。荷物は後で運べばいい」

大体、アイツもアイツだ。拾った俺の物だっていう俺のルールを認めたばかりだろ。

「ご心配ありがとうございます、ですが一人じゃないので怖くはありません」

その言葉に、その夫婦も、俺も、思わず耳を疑った。

「一人じゃない?じゃあ、誰か大人が残ってくれたのね?ああ、よかった」
「まあ、当然だよな、こんな子供一人置いていくはずないよな」

農家の夫婦は、ほっとした、というようにそう口にした。
いや、ここには俺とそいつしかいない。
一人じゃない。その言葉の意味に気付き、俺は「よっし!」と腕に力を入れた。

「いえ、大人はいません。彼らは僕を置いてすぐここを立ち去りましたので」
「え?そうなの?じゃあ、お兄ちゃんかお姉ちゃんと来たの?」
「ここに来たのは僕一人です」

農家の夫婦は不思議そうに顔を見合わせた。

「じゃあ、誰と一緒に居るんだい?」

もしかして、不審者が既に来ているのかと、男は固い声で家の中をのぞき見る様に視線を彷徨わせた。
見つかったらまずいと、俺は視線に入らないよう数歩後ろへ下がる。

「僕と同じくらいの年の子供です。先ほど知り合いました」
「子供?この辺りに、この年の子供なんていたかしら?」
「居たとしても一緒にここに居る話にはならないだろ、その子供の名前はなんていうんだい?」
「枢木スザク、と名乗っていましたが?」

今まで一度も呼ばないから、てっきり覚えてないと思ったのに、ちゃんと俺の名前、覚えてたのか。
久しぶりに俺を呼ぶその名前に、知らず喜びがあふれてくる。
覚えてるならさっさと呼べばいいのに。アイツ。
そう言えば俺、アイツの名前聞いてないぞ?俺は名乗ったのに。
戻ってきたら名前ちゃんと聞かなきゃな。

「枢木、スザク?」
「ええ、この辺によく来ていると言ってましたが。この家を秘密基地にしていたようですし。ああ、自分を日本オオカミって言ってたから、日本の妖怪の類だと思います」

その言葉を聞いた二人は、顔を見合わせてその目を大きく見開いた。
あーもう、そんな事いちいち言わなくていいんだよ。大人は面倒なんだから。
あと、俺妖怪じゃないから。そこも後でしっかり教えてやらなきゃな。

「もしかして、枢木神社の朱雀様?」
「枢木神社?朱雀様?」
「坊や、その君のいう子どもは、今もいるのかな?」
「居ると思いますよ?そこの部屋に。彼が何かしたんですか?」
「いや、もし朱雀様だとしたら、この土地を守っている土地神様なんだ。土地神様って解るかな?この辺り一帯を守る神様なんだ」
「前々からこの家には動物の毛が何故か落ちていて、もしかしたらって話は出ていたけれど、本当に朱雀様が?」

俺はスザクだ、朱雀じゃない。大体お前たちがそう呼んでるのは俺じゃない。
神社に祭っている、よく解らない狼の石像だ。その石像をありがたそうに拝んで、朱雀様って呼んで。俺に、俺の名前は呼ばない。
ずっと昔、俺の事をちゃんと呼んでくれた人もいたけど。今はいない。今は、そいつだけだ。

「あなた、立話もなんだし、元々お昼ご飯にこの子を呼びに来たんだから」
「あ、ああ、そうだったな。腹減っただろ?今日からおじさんたちの家で一緒に飯を食う話になってるのは、聞いてたかな?」

その言葉を聞いて、俺の腹が音を立てた。いつの間にかそんな時間になってたのか。
俺が人間の食事をするのは大丈夫だけど、人間が俺に付き合うのは無理だからな。
しっかたないな。そいつの食事は、人間の大人に用意をさせてやろう。仕方ないから、お前たちに任せるんだからな。
俺は気付かれないようその家を離れた。
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