オオカミの呼ぶ声 第6話 |
「朝ごはんが出来たから、いい加減起きなさい」 その声に俺は「ごはん!」と反射的に叫んで飛び起きた。 ほこほこ炊きたての真っ白なお米に油揚げの入ったお味噌汁。 焼き魚は鮭で、大根おろしが添えてあり、ほうれん草のおひたしと胡瓜の浅漬け、そして温かなほうじ茶。 どれもこれも懐かしいい人間の料理で「いっただきます!」と、手を合わせた後、その料理に箸を伸ばした。 俺の横には、まだ眠いのか、目を薄く開けた状態の不機嫌そうなアイツが「いただきます」と手を合わせる。 「箸が使えないようならフォークを用意するが?」 「・・・いえ、箸を使えるようになりたいので、大丈夫です」 たどたどしい手つきで箸を使い、どうにか料理を口に運ぶそいつを見て、俺も最初ああだったなと懐かしい気持ちになる。 「藤堂先生!おかわり!」 空になった茶碗を差し出すと、藤堂は口元を僅かにゆるめながら茶碗を受け取り、白いお米を山盛りにして渡してくれた。 久しぶりに食べる人間の料理はどれもおいしく、俺は口いっぱいにお米を頬張る。 「しかし、本当に会えるとは思わなかったんだが、試してみる物だな」 一緒に食事をとりながら藤堂は俺を見てそう言った。 最初は朱雀様、とか小難しい敬語で話してきた藤堂も、文句を言うと普通の言葉になって、ちゃんと俺を呼ぶようになった。 昨日こいつの話を聞いて、もしかしたら俺を見れるかもしれない、という好奇心に負けた藤堂が、朝食を作ると言う口実で俺たちの家に上がり込んでいた。 部屋の中を覗くと、俺とコイツが一緒に寝ているのを見たと言うが、普段なら近くに人間が来たら気がつくのに、今日はぐっすりと眠ってしまって、起しに来るまで気がつかなかった。 「俺もびっくりした。トードーセンセが生き返ったのかと思った」 その姿も、声もあまりにも似ていて、その姿を見たとき、俺は思わず泣きそうになった。 「そうだ、その事も聞きたかったんだ。スザク君、そのトードーセンセと言うのは、どのような方なんだ?」 「俺の武術のセンセ。俺に人間の食事とか作法とか読み書きも教えてくれた。じいちゃんだったけど、すっげー強かったんだ」 「もしかしたら藤堂先生の祖先かもしれない。名前も藤堂とトードー。容姿も声も似てるというなら可能性は高いだろう」 「ってことは、藤堂先生はトードーセンセの孫の鏡之助の子供ってことか?」 「いや、私の知る限り鏡之助という名前の者はいないが、おそらく私の祖先で間違いは無いだろう」 食事を終え、ほうじ茶を啜っていた藤堂が、頷きながら言った。 「わかるんですか?」 「ああ、私の家系は男子が生まれたら必ず名前に鏡という文字を入れる。私の名も鏡士郎と言って、鏡が入っている」 その言葉に、俺は目を輝かせ「ほんとにトードーセンセの家族なのか!」と喜んだ。 「君は人間の大人が嫌いじゃなかったのか?」 「嫌いに決まってるだろ。でもトードーセンセは別!トードーセンセは大好きだ!そして藤堂先生も好きだ!」 全部食べ終わり「ごちそうさま!」と手を合わせる。 「そう言えば、藤堂先生は今日は洋服なんですね。普段着物は着ないのですか?」 箸に悪戦苦闘しているせいか、なかなか食事が進んでいないそいつは、疲れたのか箸を置くと、藤堂にそう聞いた。 「着物を着ることもあるが、やはり洋服か道着を着ている事が多いな」 道着、という言葉に思わず獣の耳がピクリと反応する。 「藤堂先生も武術やるのか?」 「ああ、藤堂家は武道家の家系だからな、今は私が道場を継いでいる」 「道場?どこ?どこにあるの?俺も行っていい?」 「ちょっとまて、君はここに住んでいるのに、どうして藤堂先生や道場の事を知らないんだ」 「俺が人里を歩き回るわけないだろ。見つかると面倒だから、人間の建物だってここ以外入らないし」 「ここ以外って、枢木神社にはいくんだろ?あそこは君の家なんだから」 「たまに覗きに行く事はあるけど、あそこは朱雀様って石の置物がある場所で俺の家じゃないの」 その言葉に藤堂は驚き、俺を見つめた 「あの神社はスザク君を祭るために建てられたのだが」 「知ってるよ?トードーセンセや村の皆とカグヤが俺の家を作るとか言って建ててたし。最初は俺も住んでたけど、石を置いて、そいつに朱雀様って呼び始めたから住むのやめたんだ」 「そ、そうだったのか」と、あからさまに動揺し、気落ちした様子の藤堂に「どーしたの藤堂先生」ときいても、言葉を濁して答えてくれなかった。 「今、あの神社を管理してるのが藤堂先生なんだよ。君のために管理をしているのに、当の本人が実は使っていません、と知ってしまったのだから、当然の反応だ」 「先生が?じゃあ俺、遊びに行く!」 俺の家、今ここだから住むのは無理だけど、そう言うと、藤堂先生は嬉しそうに顔を上げた。 「そうか、なら今後は神社でも会えるかもしれないな」 「先生とコイツ以外がいたら隠れるけどね」 「しかし、そうか。あの御神体はスザク君とは何も関わりがないのか」 「全っ然、無い。変な女が、私には朱雀様の御姿が見える、とか、朱雀様は御神体が無い事を嘆かれている、とか言ってて、しばらくしたらあの石が置かれてた」 今思い出しても腹が立つ。俺の場所だったのに。すざくという名前も俺だけの物だったのに、いつの間にか俺の家と名前を奪った石ころ。 「ってそんなことより、早く食べろよ。掃除の続きするんだろ?」 まだ半分以上残っていたのでそう言うと「・・・ごちそうさまでした」と、そいつは手を合わせた。 「まだ残ってるだろ。トードーセンセが食べ物は粗末にしたらダメだって、出された物は残さず食べろって言ってたぞ」 「僕は元々朝はあまり食べられないんだよ」と、起きたときからずっと不機嫌なそいつはプイと顔を逸らした。 「まあまあ、スザク君。無理して食べるのも体には悪い。残った物は後で私が頂こう」 「ったく、いいよ先生俺が食べる」 俺はそいつの前にある朝食を移動し「いただきまーす」と、再び手を合わせて、全て食べきった。 今日は藤堂は休日だというので、家の掃除を手伝ってくれた。 体が大きいから、俺が台を使っても届かないところにもすんなり手が届くのが羨ましかった。 一度藤堂は外出をし、食材を持って帰ってくると、お昼ごはんと夕食も作ってくれて、どれもトードーセンセが作ったごはんの味がした。 お風呂に入るのも久しぶりで、ちょっと狭かったけど三人で一緒に入った。 今度の休日には障子を張り替える約束をし、俺たちが眠る頃には藤堂は帰って行った。 一つの布団にまた一緒に潜り込んで目を閉じると、すぐに眠気が襲ってきて、朝まで夢も見ないでぐっすりと眠った。 |