オオカミの呼ぶ声 第8話

「俺は枢木スザク、日本オオカミだ」

俺はずっとこの村にいる。それなのに、居なかったと言うそいつに、俺はそう名乗ると、藤堂とアイツが変な顔して俺を見た。
俺が俺の名前を名乗っただけなのに、なんでそんな風に見られなきゃいけないんだ?

「枢木、スザク、君か」

ナオトとかいう、今朝こいつを連れていった男は、目を細めながら、ゆっくりと噛みしめる様俺の名前を口にした。 その視線はしばらくの間俺の頭の耳に向かっていたが、まあ、こいつは害がなさそうだから放置だな。

「はあ?何が日本狼だ!嘘吐くな!おかしーんじゃねーのかこいつ」
「そうよ、嘘は駄目なんだからね!」

問題はこの二人。玉城と言う頭の悪そうな男と、カレンと言う俺と同じぐらいの姿の女が俺を否定する言葉を口にする。

「嘘なわけないだろ。お前らあんまり煩いと祟るぞ」

俺は腕を組み、睨みつける様二人を見た。

「祟る?祟るってなんだ?ぼく、どんなことできるのかな~お兄さんにみせてくれるのかな~」
「玉城!やめろ!」
「やるときは何をするのか教えてくれよ~、ちゃ~んと祟られたフリしてやるからよ」

ナオトの制止を聞かず、あからさまに馬鹿にしたような顔でそいつが言うので、俺は目を細めた。どうしてやろうか?
俺の物に手を出そうとしただけでも腹が立つのに、俺の事まで馬鹿にするか。人間。
ここは俺の聖域、ここは俺の土地、そしてアイツは俺モノ。その事をしっかりと教え込む必要があるな。

「スザク君、落ち着きなさい。彼にはちゃんと私から言い聞かせておく」
「こんな安い挑発に乗ってどうするんだ」

藤堂先生が俺と玉城の間に体を割り込ませ、身をかがめて目線を合わせてきた。
アイツは俺の道着の裾を強く引っ張る。
俺が何かをしようとしている事に気がついたのか?だけど、俺は玉城をこのままになんてしておくもんか。
二人の頼みでも、これは聞けない。俺はさらに目を細め、空間に干渉した。
カンのいいカレンは大気の変化を感じ取ったようで、何かに怯える様にきょろきょろとあたりを見回すと、ナオトの元へ走っていき、その後ろに隠れた。その瞳には怯えが浮かび、その体は震えている。当然だな。狼の捕食対象に選ばれたのだから。だが、当の玉城は鈍感なのか何も気が付いておらず、俺を挑発する。

「ほ~らほら。どうしたのぼくちゃん、日本狼なんだよね~?どうやって祟るのかな~。ほら吠えてみな、がお~って」
「玉城君!」

藤堂が後ろを振り向きながら玉城を叱りつける。
その様子に、玉城は止められるなら解るが、なんで怒鳴られるのか解らないと言った顔で藤堂を見つめた。
そして、ようやく玉城以外の人間が、緊張に表情を引き攣らせている事に気がついたらしく「へ?なんで?どうしたんだお前ら?」と、きょろきょろ辺りを見回していた。こういう手合いは、目に見えないモノより、しっかりとその視覚に映る物で祟る方がいい。

「心配すんなよ藤堂先生。ここは俺の神域だぜ?」

俺はこいつと藤堂を困らせたいわけでも、祟りたいわけでもない。そう安心させるようにこりと微笑むと、こちらへ視線を向けた藤堂は、困ったように眉尻を下げた。
その時、どしゃっと言う音が藤堂の後ろから聞こえた「君はっ!」と、アイツが睨みつけてきたので、「俺はまだ何もしてないぞ」と俺は首を慌てて横に振る。

「ってー!何すんだよナオト!」
「何って土下座。まずは謝れ玉城」

見ると、玉城の腕を後ろ手でひねり、頭をその手で地面に押えたナオトの姿があった。
痛みに顔を歪め、顔を真っ赤にして怒鳴る玉城とは対照的に、静かに話すナオトの顔色は、青ざめているようにも見えた。

「ナオト君」
「藤堂先生、俺にはまだよく解んないけど、今が危険な状態だってことぐらい解る。お化けだって殴って倒すって笑いながら言うカレンが、こんなに怯えるなんて初めてだ。枢木スザクって名前と、祟るという言葉、更にはここを神域だという。これが戯言なら藤堂先生もルルーシュ君もそんなに慌てない。勘違いだったらすまないが、君はこの枢木神社で祀っている土地神、朱雀様なのか?」

何とか起き上がろうとする玉城を、力づくで抑えているナオトは、怯えを滲ませながらも、まっすぐな目で俺を見つめていた。

「俺をあんな石ころの名前で呼ぶな!あれは変な女が勝手に置いた唯の石ころだ!」
「え?御神体が石ころ?」
「おめーふざけんなよ!罰が当たるぞガキ!」

俺のその言葉に、思わずナオトは驚きで声が裏返り、地面に押さえつけられながらも、玉城は威勢よく怒鳴り散らす。

「ふざけてるのはお前らだろ!何であんな女の言う事信じてあんな石ころあそこに置いたんだよ!俺は依り代が欲しいなんて言ってないだろ!」

その時、藤堂が両手をパン、と叩き、びっくりした俺たちは、全員藤堂を見つめた。

「スザク君、君は自分が何を言ってるかは解ってるのかな」
「何をって?」
「君は本当に馬鹿なのか!?人間が嫌いだから、長い間姿を見せないようにしてたのだろ!?なんで自分がここの土地神だとあっさりばらしてるんだ」
「・・・あっ忘れてた」
「忘れてたで済ませるな!」

あはははは、と笑う俺に、コイツは呆れたように怒鳴りつけた。

「まあ、言っちゃったものは仕方ないだろ?俺はあの時とは違って弱ってないし、神域もある」

怒るそいつから視線を玉城へと戻すと、一段低い声音で、言葉を紡いだ。

「人間。この枢木の森の犬神にして土地神、日本オオカミ枢木スザクに再び牙を剥くというならば受けて立とう」

俺は、言葉を口に載せながら、僅かに力を解放する。俺の神気を受け止めた大地が揺れ、地面に落ちていた無数の小石が宙に浮かぶ。
その様子に、流石の玉城も目を見開き、ガタガタとその体を震わせていた。カレンは「お兄ちゃん」と、泣きながらナオトの服の裾を掴んでいる。
俺の神気に反応した神域が、俺の制御下に入った。とは言っても流した神気はごく僅か。やれることと言ったら小石を動かすぐらいだけれど。
神域に居る間は、力の制御が簡単だ。人間を殺すことなく災いを起こす事が出来る。
藤堂とナオトは、きょろきょろと今起きている状況を確認するため、視線を彷徨わせていた。揺れる大地と空飛ぶ小石、この程度の神気だと精々石つぶてを当てる程度。それでも人間から見れば立派な祟りだろう?と力の流れを変えようとしたとき

「いい加減にしないか!この馬鹿!」

という怒鳴り声と共に、がつんと頭を殴られた。

「いって~な、何するんだよ」

そこにいたのは激しい怒りを顔に浮かべたアイツで。俺はその様子に思わず耳を伏せ、力を解いた。神気が供給されなくなったことで、浮いていた小石がぱらぱらと音を立てて地面に落ちる。
人を殴り慣れていないのだろう、叩かれた俺より、叩いたあいつの手の方が痛そうだ。

「何する、じゃないだろう!仮にも神と名乗るのであれば、こんな些細な事で力を使うな!!」
「些細!?何処がだよ!そこの髭はお前を気にいらないって殴ろうとしたんだぞ!その上俺を馬鹿にした!」
「結果僕は殴られていないし、その仕返しは君がしっかりしただろう。馬鹿にしたのはあくまでも言葉の上でだ。 嫌な事を言われたからって神の力を使用するなんて、それは玉城が僕にしようとしていた暴力と何も変わらないだろう!!」
「そんなことないだろ!」
「玉城も僕に何か嫌な思いをしたから暴力を振るおうとした、君は嫌な事を言われたから力を使おうとした。何が違う!」
「俺はお前を守ろうと」

その瞬間、再びパン、と手をたたく音がして、俺たちはそちらに目を向けた。
俺の頭と、アイツの頭を藤堂の大きな手がガシガシと若干乱暴に撫でる。
その感触で、俺はいまだに耳を伏せたままだった事に気がつき、慌てて耳を立てた。

「二人とも、そこまでにしなさい。ナオト君、カレン君、玉城君。少し付き合ってくれないか?スザク君、ルルーシュ君、君たちもだ」

そう言うと、俺の手とアイツの手を藤堂は掴み、俺たちは引きずられるように本堂へ向かった。その時、アイツと一瞬目があったが、フンと顔をそむけると、アイツも同じように顔をそむけた。
何かムカつく。何で助けた俺がこいつに叱られなきゃいけないんだ。おかしいだろ。
後ろを見ると、ナオトが腰が抜けて震える玉城を引きずり、泣きそうな顔のカレンを促しながら着いてきていた。
本堂に着くと、中央に置かれていたあの大きくて邪魔な石ころは端に移動されていた。宮司が戻るまでは俺が使えるように、と藤堂が移動したと言う。中央に邪魔な石ころがないので、俺たち全員が本堂へ入って座っても狭くなかった。藤堂が自分から説明というので、俺は大人しく昔座っていた場所、上座とか言う所に腰を下ろす。

「さて、まず紹介するところから始めようか」

ごほんと、藤堂が一度咳ばらいをし、俺の方へ手を向けたので、俺は姿勢を正した。
この辺ちゃんとやらないと、トードーセンセの雷が落ちたので、体が無意識に反応してしまう。

「この御方がこの枢木神社で祀られている土地神・スザク様だ」

「この一帯の土地を守護しております、枢木の森の犬神、枢木スザクです」

そう挨拶をし、軽く頭を下げた。それを見て藤堂は口元に笑みを浮かべた。
アイツはおかしなものを見たと言いたげに、ポカンと俺を見た。仕方ないだろ、トードーセンセ怖いんだから。

「みんな知ってるとは思うが、犬神スザクは元々この枢木の森に住んでいた日本狼で、今は土地神としてこの地を守ってくださっている。ここにいるスザク君が、その土地神様だ。かつてこの村の者と交流を持っていたスザク君の為に、村人と八百万の神々が彼の家としてこの枢木神社を建立したというのが、この神社の始まりになる。だが、人間の中には悪意を持つ者も多く、そのためスザク君は人間を、特に大人を嫌っていて、無用な争いを避けるため、人の目に触れないようこの地で暮らし、我々を見守り続けてくれていたのだ」

藤堂がそこまで言うと、ナオトが手を上げ「お聞きしてもいいでしょうか」と俺に聞いてきた。

「いいけど、堅苦しい喋り方はすんなよ。挨拶は終わったんだから、ふつーに喋ってくれ。あと様はつけるな、あの石ころみたいで嫌だ」
「え・・・あ、はい。じゃあスザク君、人間嫌いの君が、どうして今ここに?」
「その玉城とかいう髭が、こいつを殴ろうとしたからだ」
「あー、いえ、そうではなくて」

俺は、玉城を指差しながら答えたが、どうやら意味が違うらしく、困ったような顔でナオトが言うので、俺は何が違うのか解らなくて、横に座っているアイツを見た。

「君が、どうして僕を含めた人間の前に急に姿を現す事にしたのか聞いているんだよ」
「ああ、なんだその事か。コイツが俺の秘密基地に勝手に住みつこうとしたから、追い出そうとしたんだ」

と、今度は俺の横に座ってたアイツを指差すと、ナオトは成程と頷いた。

「秘密基地とは、ルルーシュ君が住むことになったあの屋敷で、つまりあの屋敷から彼を追い出そうと?」
「そ。だけどこいつ、人間の大人にあそこに捨てられたって言うから、俺が拾った。だからコイツは俺のモノなんだ」
「人をモノ扱いするな」
「良いだろ別に。んで、その髭が俺のモノに手を出そうとしたから、蹴り飛ばした」

機嫌悪く俺に文句を言うが、俺のモノなのは間違いないから訂正なんてする気もない。

「・・・藤堂先生とは?」
「俺がここにいるってコイツから聞いた先生が、俺たちが寝てる間に家に来てた」

その言葉にナオトは驚いたように藤堂を見、藤堂は顔をそむけてごほんと咳払いをした。ちなみに、藤堂と紅月はあの家の鍵の予備を持っていて、藤堂はあの日その鍵を使い普通に玄関から入ってきてた。

「スザク君がルルーシュ君を守護していると言う事は、ルルーシュ君に危害が及ぶ時、やはり感じる物なんですか?」

これは好奇心からなのだろう、先ほどの真剣な表情から一転、好奇心を宿したキラキラした瞳で俺を見た。そこで、俺はある事に気づき、隣に座るアイツをじっと見た。見られていたことで、コイツは相変わらず機嫌の悪そうな顔で俺の方を向いた。

「そう言えば、お前の名前、ルルーシュっていうのか?」

その俺の言葉に、一瞬キョトンとした表情をした後、呆れたような顔で俺を見た。

「今さら何を言ってるんだ。昨日だって散々藤堂先生は僕の名前を呼んでいたじゃないか」
「そうだっけ?でも俺は自己紹介したけど、お前はしてなかったよな?」

ずるいぞ!と俺が言うと、そいつは呆れたように俺の方へと体を向け、溜息をついた。

「ルルーシュ・ランペルージだ」
「よろしくな、ルルーシュ」

俺がにっこり笑いながら手を出すと、ルルーシュはぎこちなく手を伸ばしてきたのでしっかりと握手をした。「宜しく」と、頬を染めて俯き加減でこちらを見ているので、こうやって照れてる姿は可愛いよな、と思いながら俺は頷いた。ルルーシュとの挨拶が終わったので、再びナオトの方へ体を向け、先ほどの質問に答える。

「俺の領域内なら、こいつの居場所はすぐ解るけど?」

場所は解っても何をしているかまでは解らない。本当に危ない時になんとなく解る程度だ。まさか朝、ルルーシュが連れて行かれた後、俺が食事を終えて戻ってきてもまだ帰ってなかったので、覗きに行ってたなんて言えるか。
俺がそう答えると、納得したような笑顔でナオトは頷いた。

「成程、解りました。で、玉城。お前は何でルルーシュ君をあの場所に?言い訳はするなよ?なにせ神様が見ていたんだ」
「言い訳なんて」
「よく言うだろ?お天道様に顔向けが出来ないような事はするなって。ああ、お天道様も神様だからな?これ以上嘘なんて付いたら本気で祟られるぞ?」

この村は祟りと言う言葉に結構弱い。多分だけど、俺が昔やらかしたことが原因で、俺の怖さを人間が言伝えていたのかもしれないが。
祟られると脅された事で、玉城は息をのんだ。

「うっ・・・だってよ~コイツがおばさんを一人占めするから、カレンが寂しがってたんだよ!外国に、こんなガキが一人で来るわけないし、絶対誰か家にいるのに、図々しいじゃねーか。だから俺は・・・」

段々尻すぼみになりながら玉城は渋々答えた。

「え!?私のせいだって言うの!?」

突然名前を出されたカレンは、それまで俺を畏れてオドオドとナオトの後ろに隠れていたのも忘れたように、大声を上げて立ちあがった。

「ふざけないでよね玉城!私はただ、その、そう、私の目玉焼きが焦げないか心配してただけよ!」
「そんなことないだろ!?口とがらせて、寂しそうに見てたじゃねーか!」
「うっさい!馬鹿玉城!!」

小さな女の子が、自分より大きな男の頭にその小さな拳をゴツンと振り落とした。

「いって~~~!!」

あ、良いの入った。今の音は間違いなく痛い。思わず俺とルルーシュは痛みを想像して顔をしかめた。玉城は殴られたところを両手で押さえて痛みに身悶え、カレンはそれを見下ろすよう腕を腰に当て、仁王立ちしていた。

「やっていい事と悪い事の区別もつかないの!?それで私より年上なんて信じられないわ!」
「そうだぞ玉城、もしカレンが母さんとルルーシュ君が一緒に料理してるのが羨ましいと思ってるなら、カレンも一緒に教えてもらえばいいんだ」

玉城がルルーシュに危害を加えようとした理由を知ったナオトは、額に手を当てて呆れたように言った。その言葉に「え?」と驚きの声を上げてカレンがナオトを見るので、ナオトはその手をカレンの頭の上に乗せて優しく撫でた。

「母さんがよく言ってるだろ?カレンは料理一緒に作ってくれないって。母さん料理好きだから、ほんとは娘とも一緒に料理したいんだよ」
「そう言えば言ってましたね。子供に料理を教えるのが夢だったって。僕も一人で教わるより、二人で教わる方が気が楽なんだけど?」

ナオトに言葉に同意するように、ルルーシュもカレンに一緒に作ればいいと促した。
教わるのは二人が良いなんて嘘だな、と思いながらも、それでこいつに害が及ばなくなるのなら、と同意するように俺も頷いた。

「し、仕方ないわね、母さんとアンタが私と料理した言って言うなら、一緒にやってあげるわよ」

驚くような顔でナオトとルルーシュの顔を見ていたカレンは顔を赤くして、ぷいと顔をそむけながら言った。いい子だと言いながら、そのカレンの頭をまたナオトが撫でる。

「よし、これでカレンの問題は解決。となると、玉城」
「へ?」
「言う事があるよな?ルルーシュ君に」

ナオトはさわやかに笑いながら玉城を見据えた。
顔は笑顔なのに、その背に鬼が見えるのは気のせいだろうか。
トードーセンセもよくこんな笑顔をしたけど、この人間はトードーセンセより上だ。これに関しては間違いなく。

「ちっ、しかたねーなぁ」
「仕方ないじゃない!まず正座だ!」
「はいっ」

急に眉根を寄せ、怒りをあらわにしたナオトの怒声に、玉城は思わず良い返事をし、言われるまま正座をした。

「手を前に着き、頭を下げる!」
「ごめんなさい!」
「誠心誠意真心をこめて!」
「ごめんなさい!!もうしません!!」

あまりの光景に俺とルルーシュはあっけにとられていたが、カレンも藤堂はこの光景も見慣れたものだったようで、苦笑しながら見つめていた。
どうだろうか?と眉尻を下げながらナオトが伺うので「しっかたないなぁ。今回はナオトに免じて許してやるよ」というと、ナオトは今度は心を込めた満面の笑顔で「有難う」と言った。
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