オオカミの呼ぶ声 第9話

「おっはよー!スザク―、ルルーシュー、どこー?」

元気で明るい声が、その家の庭から聞こえてきた。
その声に、思わず僕とスザクは顔を合わせる。
時計を見るとまだ朝の6時で、遊びに来るには早すぎる時間だった。

「カレン、今日は早いな、何かあったのか?」

僕は台所から、庭へ向かって声をかけると、縁側にひょこっとカレンが顔を出した。
台所に立つ僕と、その横にいるスザクを見つけたカレンは、靴を脱ぎ「おっじゃましまーす」と家に上がってきた。

「あ、これが電気のコンロなんだ」

僕の目の前にはガスコンロの替りにクッキングヒーターが置かれていて、今その上にはフライパンが載せられていた。
フライパンの中にはベーコンエッグ。
ガスコンロを使う許可がなかなかもらえなかったので、自宅で作ることにも慣れるためにと昨日買ってきたものだった。紅月母もこれなら一人で料理してもいい、と言ってくれたこともあり、朝食と昼食は今日から自分で作ることになった。
自宅で作ればスザクも一緒に食べることができると、昨日話してからはスザクの機嫌が良く、ベーコンエッグが焼きあがるのを僕の横で眼をキラキラと輝かせて覗いていた。

「カレン、朝ごはんはちゃんと食べてきたのか?」
「まだ!ルルーシュ私の分も作って!」

にこにことそう言うので、僕は「練習だと思って、自分の分は自分で焼くように」というと、不貞腐れながらも新しい調理器具には興味があるらしく、僕が使い終わるとすぐにフライパンを奪われた。熱せられたフライパンの上に恐々とした手つきでベーコンが乗せられ、ジュッという焼ける音にカレンはびくっと手を引っ込めた。
いつもぐしゃりと割れてしまうので、いつになくゆっくりと卵を割る音が台所に響く。
出来あがったばかりのベーコンエッグをスザクがテーブルに運び、僕はカレンの様子を伺いながら、お味噌汁の入った片手鍋を運んだ。
鍋敷きの上に味噌汁を置き、スザクに電気釜も持ってきてもらった時「できたー!」と、カレンが満面の笑みで自分の作ったベーコンエッグを持ってきた。

「みてみて!焦げてないの!!ちゃんと焼けたのよ!!」

僕には料理の才能があるのか、カレンに才能がないのか。多少の料理ならもう大丈夫と許可の出た僕とは違い、カレンは今だに目玉焼きも焦がしてしまう。そのカレンが初めて綺麗な目玉焼きを焼いたのだ。男の僕に負けるなんてと、日々悔しい思いをしていたのだから喜びも倍増だろう。火力の弱いコンロは、カレン向きなのかもしれない。
僕はと言うと、紅月家のガスコンロを使ったせいか、クッキングヒーターの火力の弱さはあまり好きにはなれなくて、早くガスコンロが使えるようになりたかった。
紅月家は人数が多いので、初めて作る二人分の量が解らず、初めての今日は、ごはんもお味噌汁もサラダも教えてもらった通りの量で作っていた。
いくらスザクがいっぱい食べるからと言っても、流石に二人で8人分は多すぎたので、カレンが来てくれたのは正直嬉しい。
カブの漬物もお皿に出して、テーブルへと載せ、三人分のごはんとお味噌汁をよそうと、両手を合わせた。

「「「いっただきます」」」

あまりにも綺麗に三人の声が揃ったので、思わず僕たちは吹き出してしまった。

「ルルーシュ、醤油」
「はい」

僕の横にあった醤油をスザクに渡す。

「あれ?ソースは?無いの?」
「あ、出すのを忘れてた。持ってくる」

新品のウスターソースを開けてカレンに渡す。
そして僕は自分のベーコンエッグに塩コショウをかけた。

「性格出るわよね」

三者三様の調味料に、思わずカレンは笑った。

「僕の知り合いには、目玉焼きにマンゴーソースしか認めないと言う者もいるからな」
「なにそれ!?うわ~想像できない」
「マンゴーソースって何だ?」

口いっぱい頬張っていたごはんを呑みこんでから、そう聞くスザクに、カレンはう~んと唸りながら「果物のソースよ。甘いの」と説明すると、スザクはうげぇ、と嫌そうな顔をして「そいつ絶対おかしいぞ」と、自分の醤油をかけたベーコンエッグに箸を伸ばした。

「なんかスザクの方がおいしそう」
「やらないぞ。これは俺のだ!」

ベーコンエッグも食べる人間に合せて作ったので、僕は卵1つ、カレンは2つ、スザクは3つ。ベーコンもスザクが一番多く使われている。

「べっ別に欲しいなんて言ってないわよ!」
「ベーコンが多いからそう見えるんじゃないか?カレンのも美味しそうだよ」

僕がそう言うと「そうよね、私が作ったんだもん当然よ!」と、嬉しそうに自分の分を口にした。あの日以来、カレンは暇を見つけてはこの家に遊びに来ていた。年の近い子供が近所には居ないわけではないが、カレンの体力にまともに付き会える子供は居なかった。いつも思いっきり走り回りたいときは、玉城の友人やナオトの友人たちとサッカーをしたり走り回ったりはするが、やはり年齢の差があるので、あまり楽しくは無かったようだ。
そこに体力馬鹿のスザクが現れたのだ。
性格的には何かと衝突のある二人だが、なんだかんだと仲が良い。
玉城はあの日の帰り、ナオト・藤堂と共にこの家にやってきた。疑いながらも家の中を歩き回り、ぼろぼろの襖や障子に顔を顰め、まだほとんど開封されていない段ボールの山と、その部屋に置かれていた一組の布団と僕が持ってきたキャリーバッグを見て、突然泣き出した。
どうしたのか聞くと「俺は最低だっ。こんなちっさい子供が一人でこんな場所に置いて行かれたってのに、俺ってやつはなんて事を!!」と泣きながら僕に抱きつこうとしたが、僕に触れる前にスザクに蹴り飛ばされてた。
それからは、カレンが遊びに来ているときは、暗くなるとナオトと玉城がここまでカレンと僕を迎えに来て、少しの間スザクと話をして紅月家へ向かうのが日課となっていた。
僕が玉城の後ろに乗るのは、スザクが絶対に駄目だと引かないので、帰りはナオトが送ってくれることになった。まさか玉城が親身になってくれるなんて、人は見かけによらないものだとスザクはあきれ顔だ。玉城を視界に入れると警戒していたスザクも、玉城の裏表のない性格に、多少警戒を解いた。
ただ、未だに僕に触ろうとすると、蹴り飛ばしている。
蹴られると解っていて、僕の傍に来る玉城は唯の馬鹿なのか、玉城なりのスザクに対するスキンシップなのか。
ナオトとカレンが笑いながらそれを見ていたので、後者なのかもしれない。
害意がない事には気が付いているスザクも、蹴る時、投げる時に玉城が怪我をしないよう、少しは考えてはいるようだった。

「今日はずいぶんと賑やかだな」

声が聞こえた縁側を見ると、そこには道着を着た藤堂が立っていた。

「藤堂先生!」

尻尾があれば絶対にパタパタと振っているだろうスザクは、キラキラと瞳を輝かせ満面の笑みで藤堂を見た。
ふと見ると、スザクほどではなかったが、カレンも同じような顔で藤堂を見ていて、尻尾があれば絶対にパタパタと振っているだろう。
犬だ。目をキラキラと輝かせた子犬が2匹居る。

「おはようございます、藤堂先生。先生も早いんですね」
「ああ、おはようルルーシュ君。今日は障子の貼り換えの約束の日だったから、早くに来たんだが、少し早すぎたようだな」

次の休みの日に手伝ってくれる、とは言っていたが、本当に来てくれるなんて。
そこでようやく、カレンが早くに来ていた理由に思い当たる。
障子の張り替えは面倒だが、古い障子に穴をあけるのが楽しいのだというスザクの言葉に、私もやりたい!と言っていた。

「藤堂先生は朝食たべた?まだなら私が目玉焼き作ってあげる!」

初めて目玉焼きが成功した事がよほど嬉しかったのか、カレンが部屋に上がってきた藤堂に声をかけた。

「いや、私は済ませてきた。有難うカレン君。君たちはゆっくり食べていなさい、ルルーシュ君、昨日買ってきた物は奥の部屋かな?」
「はい、その部屋の奥に置いてあります」

紅月祖父母に連れられて、昨日障子の紙と、襖の紙、そして台所用品とある程度の食材を買ってきた。初めてショッピングセンターに行き、初めて自分で買う物を選び、初めて自分で支払をした。買う物がたくさんあり、時間がかかったので、初めてファミリーレストランに入って、初めてカレーうどんと言う物を食べた。
初めてづくしの買い物は、思った以上に疲れてしまい、荷物の片付けもそこそこに僕は布団に潜り込んだため、ほとんどが未だ未開封のままだ。元々この家に持ち込まれていた段ボールの中身を仕舞う為の箪笥も買ったので、それらの家具も組み立てる必要がある。今日と明日休みの藤堂が組立も手伝ってくれるというので、その行為には素直に甘えることにした。
昼からはナオトと玉城も手伝いに来てくれる予定になっている。まだ会ったことのない、紅月家に住んでいる扇と言うナオトの親友も連れてくると言う。
あの日「スザク君の事は俺たちだけの秘密にする。誰にも話さないでおくから」とナオトが申し出てくれたのだが、スザクが「別に話してもいいぞ?ルルーシュが俺の物だって解れば、大抵の人間は手が出せなくなるしな」とあっさり許可を出したのだ。
そのため、ナオトもカレンも玉城も、スザクの事を隠すことなく紅月家でその名前をよく出すので、扇もスザクの事は話だけだが、知っていた。
狭い村の中での話だ。数日の間で、スザクは子供の姿をしている上に僕を守った為「子供の守り神」という新たな二つ名が増え、枢木神社に参拝する氏子の人数も増えたのだと言う。
僕の家を訪ねたいと懇願する氏子もいるようだが、藤堂と、紅月家の、特に紅月祖母がにっこり笑いながら「私ですら未だお会いできないほどの方、無理に行ったら祟られますよ?」と追い返してくれていた。

「「ごちそーさまでした」」

ぱん、と両手をあわせて、スザクとカレンはそう言うと、すぐに食器を流しへ運び、藤堂の元に走っていった。
見ると、あれだけあったサラダとお味噌汁、そして炊飯器の中のお米が見事に空だ。
カレンはいつもの量だったが、スザクが残りを食べたと言う事だ。残すのがもったいない、という理由で食べきっている可能性が高い。スザクの腹八分目の量をちゃんと計算しないと体に悪いなと、二人に遅れて食べ終わった僕も手を合わせる。

「ご馳走様でした」

シンクの中にそのまま置かれていた食器やフライパンを洗った後、バタバタと騒がしい部屋へ行くと、カレンが「とりゃ~!」という掛け声と共に空中に飛び上がっていた。垂直に飛んだその体制のまま、正面に拳を幾度か突き出すと同時に、紙の破れる音がした。別の部屋でも同じような掛け声と紙の破れる音。これがスザクの言っていた障子の穴開けなのだろう。

「ルルーシュ君もやってきたらいい」

縁側で既に紙をすべて剥がし終えた扉の枠に、真新しい紙を貼り付けていた藤堂が、僕に気がついてそう声をかけてきた。

「いえ、僕はいいです。藤堂先生、障子の貼り方教えてください」

僕はあんなに高くは飛べないし、そんなにやりたいとは思わない。ならば楽しんでいる二人に任せて、貼り方を教えてもらう方がずっといい。

「そうか、ではまずその戸から、紙を剥がしてくれないか」

縁側に立てかけられている戸を指差すので、そちらに移動する。それは既に全ての障子紙に穴が開いた物だった。障子の次は襖。スザクとカレンは楽しそうに襖の紙をびりびり破き、気が付いたらもう11時になっていた。藤堂さんにお昼の用意をすることを伝え、僕はその部屋を後にする。
お昼はスパゲティ。乾麺だから保存もしやすいし、レトルトのソースも豊富だということで、紅月祖母に勧められた物だった。
火力の弱いクッキングヒーターの上に、教えられた通り昨日買った中で一番大きな鍋を置き、水をいれ、塩を加えて蓋をして、沸騰するまでそのまま放置。
別の鍋に水を入れ、レトルトのソースを袋に入ったまま温める。お皿や調理器具も用意し終えた頃、玄関のチャイムが鳴った。

「ああ、私が出るからルルーシュ君は火から離れないように」
「はい、お願いします」

縁側で作業をしていた藤堂は、家の中へと上がり、玄関へ向かった。
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