オオカミの呼ぶ声 第10話

「「ごちそーさまでした」」

満面の笑顔でそう言ったのは、俺とカレン。
このスパゲティとかいうの、美味かった。今度また作ってもらおう。

「ほら、カレン。スザク君も口拭かないと。ソースついてるぞ」

そう言いながら、ティッシュで俺とカレンの口元を拭っているのはナオト。目の前には俺たちに負けてたまるかと、皿に山盛りにしたスパゲティと格闘している玉城。そして、ぽかんとしながら俺を見つめているのは扇。
食事中もずっとこっちを見ていて、なんか失礼な奴だと言うのが第一印象だ。

「どうした扇君。手が止まっているぞ」

既に食後のお茶を飲んでいた藤堂は、苦笑しながら扇に指摘した。

「え、あ、はい。すみません」
「いや、怒っているわけではないのだが」

突然声をかけられたことに扇は慌てながらも、すぐまたこちらを見る。
ああ、もう居心地が悪い。その視線から逃げる様に、俺はカレンと庭に出た。

「皆が食べ終わるまで遊びましょ。今日バトミントン持ってきたの。やったことある?」
「バトミントン?」

ここに来るときに持ってきていたのだろう、袋から何やら道具を出して俺に渡してきた。

「羽子板と羽みたいな奴だな」
「そそ、羽根突と遊び方は同じ。あれよりスピードが出るわよ!」
「へー、面白そう」

羽子板のような物をブンブンと振ると、大きさの割に軽くて、空気の抵抗が少なく感じられた。

「勝負よ、スザク!」
「かかってこいカレン!」

カレンが勢いよく腕を振りおろすと、ものすごい速さで羽が向かってきた。本当に羽根突とは比べ物になら無い速さだが、こっちが撃つ面も大きい。俺は余裕で撃ち返した。その事に一瞬驚きの顔をしたカレンだが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、撃ち返してくる。パシン、パシンと小気味良い音を立てながら、俺とカレンの間を羽が高速で移動をする。ここまで俺の相手になるなんて、トードーセンセ以外では初めてだ。
この、しつこい視線さえなければもっと楽しいのにな。
俺はカレンとのバトミントンを楽しみつつも、家の中の音にも注意を払っていた。


「本当に、人間じゃないんですよね?あれ、犬の耳なんですよね?いや、動いていたから本物だとは解るんですが」
「あ~ん?扇何言ってんだよ、あれは狼の耳だ狼の!犬っころとスザクを一緒にするんじゃねーよ」
「ああ、そうだよな、すまない。・・・なんか、こうして目にしてもまだ実感がわかなくて、なんだか信じられない気持があってな」
「僕はむしろ、バトミントンでは有り得ないスピードで遊ぶあの二人の方が信じられませんよ」
「元気があっていいじゃないか」
「あんな速さで打ち合うなんて、人間じゃない」
「ちょっとまった!それは俺の可愛い可愛いカレンの事を言ってるのか!?」
「いっいや、違うナオト、カレンの事じゃなくて」
「なあ扇ぃ~お前さっきから変だぞ?何でそんなビビってんだ?スザクは土地神様で犬神、そして子供たちの守り神!すっげー奴なんだぜ?」
「それは解っているんだが・・・神と言っても、相手は獣だから」

人間は怖い生き物だ。疑心暗鬼と言う名の鬼を心の中に飼っている。
畏怖と疑いに満ちたその視線は、あの頃の人間たちを思い出させるのに十分で、俺は知らず背筋が震えた。普段は心の奥底に隠れている疑心暗鬼は、流行り病に感染するかのように次々と目を覚ます。
あの日、あの時俺に銃を向け、俺を殺すよう村人を先導した男は名前を何と言っただろうか。

「・・・?ちょっスザク危ないわよ!?」

カレンが撃った羽は、俺の顔をめがけて飛んできた。
遊ぶ、という楽しい気持ちも消えてしまった俺は、目の前に飛んできた羽を空いていた手でつかみ取ると、そのまま家の方へと歩いて行った。

「スザク?」

カレンが不安そうに声をかけるが、返事はしなかった。
今は笑えない。今は楽しめない。あの男を思い出す。俺の家族を殺した理由を、あの男は何と言った?人間じゃないからなんなんだ?自分達に無い力があるから何なんだ?獣だから何なんだ?数が少ないから何だと言うんだ?まだ昼間のはずなのに視界が暗い。今は人の体なのに色が見えない。白と黒と赤の世界。ああ、いやだ。人間は嫌いだ。人間なんて大嫌いだ。アレは災いの種になる。アレは人の中の鬼を起こす。アレは俺の近くにはいらない。アレは俺のモノを俺から奪う。
玉城に視線を移していたため、俺が見ている事にようやく気がついた扇の顔が見る見るうちに青くなり「ひっ」と小さな悲鳴を上げて、後ろに後ずさった。その様子に、俺は目を細め、まるで獲物を狙っている時のような感覚に身を任せる。
藤堂はじっと俺の動きを見てはいるが、止めに来る気配はない。玉城は「やべえ、スザクが怒った」と、あの時俺が顔面を蹴った事を思い出したのか、両手で顔を抑えた。ナオトは扇を庇うように身を僅かに動かし、俺を見つめていた。 お前たちに何かする気は無い。用があるのはそいつだけだ。
俺は、縁側にゆっくりと足をかけた。


「スザク、やめるんだ」

誰もが声を失っていたその場に、凛とした声音が響いた。
はっと前を見ると、台所から戻ってきたらしいルルーシュが、その瞳を細め、静かに扇を見つめていた。

「貴方がどう思おうと貴方の勝手ですが、人であろうと神であろうと獣であろうと、スザクはスザクです。僕の友達を、人間じゃないからと差別するような発言はやめてください」

ルルーシュに気押されていた扇は暫く視線を辺りにさまよわせ「あ、いや差別なんてそんなつもりは」と、ルルーシュから目を逸らしながらぽつりと言った。

「差別じゃなければなんですか?区別ですか?神相手に上から目線なんて、貴方はよほどお偉い方なのですね。人外のモノに恐れを抱く気持ちは解りますが、言っていいことと悪いことがあります。 これ以上ウチのスザクを、人外だと差別すると言うのであれば、申し訳ありませんがこの家に居てほしくは無い。お引き取り願えますか?」

人間なのに、神である俺さえ圧倒されそうな存在感を放ち、そう言いきったルルーシュは、縁側にいた俺に視線を向けると、今までの空気を打ち壊すかのような可憐な笑みを向けてきた。「すまないが、スザク。これ開けてくれないか?」と、瓶を片手に近づいてくる。

「ルルーシュ!!」
「え?ふあぁぁっ!?」

俺はルルーシュに駆け寄り、その体に抱きついた。勢いよく抱きついたせいでルルーシュはバランスを崩し、後ろへ転んだので、俺は片手をルルーシュの腰を抱え、もう片手でぶつかる床に手を伸ばした。二人揃って倒れはしたが、俺の腕が支えたので、ルルーシュは体を打つことは無かった。

「スザク!何をするんだ!」

突然の事に、怒りをその顔に乗せてルルーシュは叫んだ。
でも、その叱る声も今の俺には嬉しい。
先ほどまでの暗い淀みも一瞬で吹き飛んだ。
世界に色が戻り、暖かな日差しも感じられる。
疑心暗鬼の鬼はルルーシュの心の中から顔を見せず、代わりに俺の心を引き戻してくれた。

「ルル―シュ!俺、ルルーシュの事大好きだ!」
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