オオカミの呼ぶ声 第11話

僕の上に乗ったままのスザクは、太陽のような明るい笑顔で、僕の事が大好きだと言ってきた。
カレンと遊んでいたとばかり思っていたのに、いつの間にか縁側まで戻ってきていた時には、今にも泣き出しそうな顔をしていたと言うのに、なんだこの変わりようは。

「って!スザク!!」

にこにこと笑いながら顔を近づけてきたスザクは、いきなりぺろぺろと僕の顔を舐め出した。体の上から退かそうと手を伸ばすが、両手を掴まれてしまい、顔を逸らしても関係なしで舐めてくる。

「きゃー!何してんのよスザク」

周りの呆然とした空気の中で真っ先に立ち直ったカレンが、悲鳴を上げて部屋に上がる音が聞こえる。

「・・・あー、スザク君、そう言えば狼だからな」
「・・・そうだな、イヌ科の動物の愛情表現だったか」
「え?あ~何だそう言う事かよ。襲ってるようにしか見えないからあせっちまったぜ」
「え?あ、え?」

扇を除く年長者たちは、この状況に納得だと言う声音で話しているが、助けようとしてくれてもいいんじゃないだろうか。狼の愛情表現と解っていても、姿が人間だから素直に喜べない。どうせなら、まだ見た事は無いけれど、こう言う事は狼の姿になってからにして欲しい。

「ちょとスザク!!ルルーシュから離れなさいよ!!馬鹿!変態!!」

一人事態が飲み込めていないカレンは、顔を真っ赤にして走ってきた。グイッと後ろからカレンがスザクを引っ張り、スザクの体が持ち上げられ、それが不服だと言わんばかりの表情で、スザクはようやく僕の体の上から退いた。

「・・・有難うカレン」
「大丈夫!?ルルーシュ」

スザクはゆらりと立ち上がり、カレンと対峙する。
カレンは腰に手を当て、スザクをまっすぐ見据えていた。
お互いに負けるつもりは無いと、強い意思を瞳に宿して。

「何だよカレン、邪魔すんな」
「何言ってんのよ!ルルーシュ襲わないでよ!」
「はあ!?何言ってんだよ!俺がいつ襲ったんだよ!」
「今よ今っ!!ふざけてんの!?」

喧々囂々と二人が言いあっているので、今のうちにと僕は足早に洗面台へ向かい顔を洗った。
悪意を向けてくる相手に対し、僕の事を舐めているのか、と言った事は何度もあるが、本当に舐められたのは生まれて初めてだ。
なんだか色々な意味で疲れたし、軽くショックを受けた。
そう言えば、初日にも傷を舐めてきたのだから、こういう事態は想定しておくべきだった。人間の姿のときは人の顔を舐めてはいけないのだと、後でしっかり教えよう。
僕が戻った時には、スザクを藤堂、カレンをナオトが後ろから押えていて、殴り合いになりかけていたのかと呆れてしまった。二人とも噛みつかんばかりの顔で、にらみ合っていて、周りの声が聞こえていないようだった。僕の事を心配してくれたカレンの気持ちは嬉しいが、これは完全な誤解でスザクは悪くない。これはまず、カレンの誤解を解いてから、スザクに教えるべきだろう。

「カレン」
「ルルーシュ、任せて。貴方は私が守る!」
「ってルルーシュを守るのは俺だ!」
「あんたからルルーシュを守るのよ!この変態!スケベ!」
「何わけわかんないとこ言ってんだ!!」
「二人とも落ち着きなさい」
「カレンも落ち着いて、な?とりあえず座らないか?」

二人共藤堂とナオトの声も無視して、互いに体を前へと進めようとする。僕は一つ息をついて、にらみ合う二人の頭に拳骨を落とした。とは言っても大した力入れていない。それでも、僕に殴られた、という事でようやく二人は僕の方を見た。

「何でも暴力で解決しようなんて、野蛮人のすることだ。まず話し合いをして、互いの意見を聞くことが先じゃないのか?」
「でもこいつが!」
「だってスザクが!」
「まずは二人とも、そこに座れ!」

いまだ喧嘩腰の二人に、思わず怒鳴りつけると「「はいっ!」」と、二人とも驚くほど素直にそこに正座をした。よく見るとスザクの耳が垂れているので、僕に怒られると思っているのかもしれない。僕の一言であっさりと喧嘩を止めた二人に、周りの年長者は一瞬目を見開いた後、苦笑した。
後から聞いた話だと、この時の様子は、悪戯をした犬を躾けのため叱りつける飼い主に見えたのだと言う。

「カレン」
「はいっ!」
「スザクが犬神だと言う事は理解しているな?」
「はいっ!」
「犬神、スザクの場合は狼だが、狼などのイヌ科の愛情表現の一つに、相手の顔を舐める、と言う物がある。スザクは人の姿を取っていてもその本質は狼のモノだ」
「え?じゃあさっきのって、ワンちゃんが顔を舐めてくるのと同じ事なの?」
「そうだ。スザクの場合、人の姿でやったから、おかしく見えただけなんだ」

暫くじっとスザクの顔と頭の上の耳を見つめていたカレンが「あーそっか。狼だもんね」とようやく納得し、にこやかに笑いながら「ごめんねスザク、私勘違いしてた」と謝った。スザクはまだ事態が飲み込めていなかったが、カレンが素直に謝ってきたので「解ったんならいいよ別に」と、そっぽを向きながら答えた。

「スザク。顔を舐めるのは狼などのイヌ科の愛情表現ではあるが、人間の姿でそれをやると、今のカレンのように周りに勘違いされる。だから、今後、人の姿で人の顔を舐めるのはやめるんだ」
「なんでだよ!トードーセンセは駄目って言わなかったぞ」

昔一緒に住んでいたと言う老人の発言が、スザクにとっての善悪の基準となっている。だからトードーセンセが許可した事はやってもいいと胸を張って言うのだ。
まあ、老人の顔を孫が舐めているようにしか見えないのだから、トードーセンセ本人も、周りもほほえましく見ていた可能性は高いか。

「トードーセンセが居た当時がどうだったかは知らないが、少なくても今の時代では駄目だ。人間同士になると、恋愛の方の愛情表現になるんだ」
「れんあい?れんあいってなんだ?」

キョトンとした目で、スザクが僕を見た。
そうきたか。狼相手にどう説明するべきか迷っている僕の後ろから「何々、そう言う事はこの玉城様に任せろ」と、玉城がズカズカとこちらに歩いてきた。

「こう言う話は男同士でするべきだからな、ちょっと来いよスザク」

スザクは頷くと、素直に玉城の後について部屋を出て行った。

「って、まて玉城!何を教える気だ!」

呆然とその様子を見ていたナオトが、我に返り慌てて二人の後を追っていく。
玉城の方が僕より年上なのだから、僕が説明するより解りやすいかもしれないし、ナオトもいるなら大丈夫だろう。僕は藤堂が開けてくれていた瓶を手に台所へと戻った。

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