オオカミの呼ぶ声 第12話

ナオトが、時折玉城の口をふさいだり、訂正させたりで、話がごちゃごちゃしていてなんだかよく解らなかったが、玉城の話は要約すると「交尾する相手の顔は舐めてもいい」という物だった。なんで交尾限定なんだ。人間はめんどくさい。
狼の姿ならいいのかと聞いたら「狼に襲われていると勘違いされる」と言う事で、結局駄目だと言われる。
なんで好きなやつの顔舐めちゃだめなんだよ。人間は本当にめんどくさい。
午後からの作業はそんな不貞腐れた気持ちだったせいか、あまり楽しくは無かったし、相変わらず扇はびくびくとこちらを伺っている。
皆が帰り、ルルーシュは紅月家に夕食を食べに向かった。俺も誘われたが、扇の事もあるから、やはりこれ以上の人間と会いたいと思えなくて、一人家に残った。
ルルーシュも残って、夕飯も作ると言ってくれたのは嬉しかったが、まだ料理に慣れていないのだから紅月母からしっかり料理を学んでこいと、送りだした。
先ほどまでにぎやかだった部屋がしんと静まり返り、一人ポツンと待って居るのはつまらなかったし、お腹もすいたので、俺は一度枢木の杜へ戻る事にした。
枢木神社の周辺は俺の神域だ。衰弱していた俺を癒す為に作られた聖域でもあるので、ここに居るだけで空腹も満たされる。体の傷も、心の傷も、俺の神気に染まったこの衣服でさえ、ここに居るだけで全ての傷が跡形もなく消え去る。
癒されないのは寂しさだけ。
俺は枢木の杜で一番背の高い木の上に登り、村を見下ろした。辺りが暗くなるこの時間、家に明かりが灯り始める光景は、ずっと羨ましかった。俺はここで見ていることしかできなかったから。
誰も居ないから今は真っ暗だけど、アイツが帰ってきたら、あの家にも明りは灯り、俺もその中に加われたのだと思うと、思わず口元がほころぶ。紅月家にも明りが灯った。アイツが帰るときは車か自転車に乗せてもらっているから、どちらも神社の前の道に光が動くのですぐに解る。
毎日ここから村を見ていた。
トードーセンセに会う前からずっと。
人を恨んでいたときもずっと。
一人になってからずっと。
ルルーシュは人間で、いつか皆のように俺を置いていく。その事が悲しくて、寂しい。
トードーセンセがくれたこの衣服は、未だにあの当時の綺麗なままだった。ずっと着ていたから俺の神気に染まり、朽ち果てることなく、破れてもこの聖域に戻れば元に戻る。汚れすらも浄化される。ならば、まだ幼いルルーシュも俺と一緒にずっといれば、俺の神気に染まり、俺を置いていかなくなるかもしれない。
トードーセンセは出会った時からじいちゃんだったから駄目だったけど、ルルーシュはまだ幼いのだから。
ルルーシュがじいちゃんになるまでずっと一緒に居れば、もしかしたら。
有り得ないとは解っていても、その僅かな可能性を胸に、俺はじっと村の明かりを見つめていた。未来を想い不安を抱くよりも、今は一緒に居る事を喜び楽しもう。



「君は馬鹿か!なんでこんなに冷たくなってるんだ!」

ルルーシュが家に戻ったのを確認し、しばらくふらふらと彷徨ってから家に帰ると、ルルーシュに怒られた。まだ春になったばかりで夜は底冷えのするこの時期に、神域の外ものんびり歩いていたせいで、体がすっかり冷えてしまっていた。

「お風呂の用意はできているから、早く脱ぐんだ」

この程度の寒さなど何でもないが、ルルーシュが心配してくれるのがうれしくて、言われるまま衣服を脱いで一緒にお風呂に浸かった。冷え切っていた体に温かいお湯は、最初痛みを伴うほどの熱さに感じられたが、すぐにその感覚は薄れ、じわじわと体を温め始めた。
ふう、と満足げに息を突くと、ルルーシュはほっとしたように微笑んだ。

「午後からずいぶん機嫌が悪そうだったが、玉城に何か言われたのか?」
「ん?顔を舐めるのは交尾のときだけだって言われた」

俺が不貞腐れる様にそう言うと、ルルーシュは顔を真っ赤にしてこちらを見た。

「こっ・・・ああ、いや、うん」
「俺は嫌だ。なんで人間は交尾限定なんだよ。俺は俺の好きな時にルルーシュを舐める!それが俺の決めた俺のルール!」
「そのルールは認めないと言ったはずだ!」
「そうだっけ?」
「初めて会った日に、ちゃんと言っただろ」
「あれとこれとは違うだろ。あれは怪我、これは愛情」
「どっちも駄目だ」

そう言いながらルルーシュは湯船を出て洗い場に移動し、俺はもう少し温まろうと、湯船に手を突いてルルーシュの方を向いた。泡を立てて髪を洗っているので、俺はカレンがくれた水鉄砲に水を入れて、ルルーシュに向けて打った。不愉快そうにルルーシュは頭を洗いながらこちらを見た。

「駄目って言われても、これは本能とかいう奴だってセンセが言ってたぞ」

そのままでは話が出来ないのか、洗い終わった頭の泡をお湯で流すまでルルーシュは答えなかった。

「本能なのは解っているよ。だけど、人間の姿でやることが問題なんだ」
「ナオトに、狼の姿だと本当に襲われてるように見えるだろうから、駄目だって言われた」

ルルーシュは、体を洗いながら、しばらく何やら考えていたので、体も温まったし、聖域に居たから体を洗う必要は無いのだが、一緒に俺も洗おうかなと浴槽を出た。

「確かに人目につく道や、見知らぬ人たちが見ている場所だと問題はあるかもしれないが、見知った人しかいない場所なら、襲われているとは思わないよ」
「・・・つまり、今ならいいってことか?」
「え?」

お湯で体の泡を流していたルルーシュの目の前で、俺はその姿を変化させた。俺本来の、日本狼の姿へ。突然の俺の変化に驚いて「うわぁ」という声と共に椅子の上から滑り落ち、ルルーシュは床に尻もちをついた。
その両目は驚きに見開かれていて、俺はしまったと思ったが、もう遅い。
いくら狼が人に変化していると受け入れることが出来ても、実際にそれを目の当たりにした人間は恐怖し、俺から逃げる。狼の姿は人間にとっては獰猛な獣で、幼い子供が受け入れられるものではない事を俺は知っていたはずなのに。長い間人間と関わりを絶っていたせいか、そんなことも忘れるなんて。俺はその見開かれた目から逃れようと、身を後退させた。

「スザク」

呆然としたように呟かれたその声にびくりと、俺は体を竦ませたが、その表情に思わず目を見開いた。キラキラと瞳を輝かせ、大輪の花がふわりと花開いたかのように、ルルーシュは笑っていた。ルルーシュのそんな表情を見るのは初めてで、俺は今抱いていた不安すら忘れて、その場に立ち尽くした。

「スザク、おいで」

尻もちをついていた体を起こし、嬉しそうな声音で、両腕を広げてそう言うので、俺は恐る恐る脚を進めた。近づいた俺の首にふわりと抱きつきその頬を寄せてきたので、俺も思わず目を閉じた。

「狼の姿のスザクを初めて見た。とても暖かいんだな」

怯えを含まないその声に、俺は嬉しくなって顔をルルーシュの頬へ擦りよせた。腕を離したルルーシュは、キラキラとした瞳で俺の顔を見て、その手で俺の顔をなでる。

「瞳の色は変わらないんだな。目が丸いからかな?狼と言うからもっと凶暴な姿かと思ったのに」
「怖くないのか?」
「怖い?スザクが?・・・ああ、僕が椅子から落ちたのは、お前がいきなり狼になるから驚いただけで、けして怖かったからじゃない。今度からはちゃんと言ってから姿を変えてくれないか」

どうして怖いんだと反対に不思議そうに聞かれた後、椅子から落ちて尻もちをついた事が恥ずかしかったのだろう、すぐに不貞腐れたような声音でプイと背けた顔がさっきより赤くなっていた。

「ルルーシュ!」
「え?うわぁっ」

俺は嬉しくなり、ルルーシュに飛びついた。
狼の姿となっても、人の子供と変わらない大きさだ。俺を支えきれなかったルルーシュは再びその場に尻もちを突く。人間の姿じゃないから俺は支える事が出来ず、ルルーシュは痛みに顔をしかめた。でも、そんな事は気にせず、ルルーシュの顔をペロペロと舐め始めると、とたんにルルーシュが笑い始めた。

「スザク、やめろくすぐったい」

人間の姿のときとは違い、嫌そうな顔ではなく、嬉しそうに笑うルルーシュに、俺はさらに嬉しくなって舐め続けた。

「こら、いい加減にしろスザク。もう解ったから」

人の姿か狼の姿か、それだけの差で、どちらも俺なのに、これだけ相手の受け取り方が変わるのか。ちょっと納得できない部分もあるが、狼の姿で許されるなら、今度から狼の姿で舐めればいい。

「・・・ってスザク!何処舐めってるんだ!こら!スザクっ!」

調子に乗って顔以外も舐め始めた俺の頭に、ルルーシュの拳が落ちた。
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