オオカミの呼ぶ声 第13話 |
「学校、ですか」 朝食を終えた時間に、藤堂が一人の老人を連れて家へやってきた。 「ルルーシュ君はまだ9歳。義務教育を受けなければならない年齢だ。だから、この春から桐原小学の4年生として、学校に通う事になる」 「その折には是非、枢木スザクを連れてきていただきたい」 桐原と名乗ったその老人の言葉に、僕は眉を寄せた。スザクを学校に連れて行って何をしようとしている? 「スザクを、ですか」 「ああ、ルルーシュ君、心配する必要はない。桐原公は京都六家と呼ばれる、古来から日本の八百万の神々と対話し守り続けている家の方。スザク君の話を聞いて、スザク君にもぜひ人間の勉強をして欲しいと、この村に再びスザク君の通える学校を開校しようと動いて下さっている」 京都六家の話は以前から聞いていた。神々を守るために必要な資金を手に入れるため、財閥を築き、その資金で山里を守り、古びて人の手が離れた御堂や地蔵等を見つけては修復と管理をしているのだと言う。枢木神社も彼らの管轄で、彼らが常に村人たちに自然と神と人の共存を説いているため、こんなにも簡単にスザクが人間に受け入れられたのだ。 スザクに害となる話ではなさそうなので、真剣に話を聞く必要がありそうだと、僕は居住まいを正した。 「スザクに勉強を?」 「左様、カグヤ様よりスザク様の話は聞き及んでいる。頭を使われるのが苦手ならば、この機会に学ぶ事を教えたい」 「カグヤ様?」 「はあ!?お前、カグヤの使いかよ!」 見知らぬ人間から姿を隠していたスザクが、カグヤと言う名前に反応して、庭に姿を現した。スザクの方を向き、桐原は優しく目を細めたのを見た僕は、この人はスザクの事をちゃんと考えている。 僕は、この話は受けるべきなのだろうと判断した。 「お初にお目にかかります。カグヤ様の名代として参りました桐原にございます」 「相変わらずカグヤは人間をこき使ってんだな。じいさんもいちいちアイツの言う事、聞く必要無いぞ」 部屋に上がり、僕の横に座ったスザクのお茶を入れるため、藤堂は席を立った。 「スザク、失礼だぞ。相手が挨拶をしたのだから、次は君がするべきだろう」 僕のその言葉に、お茶菓子の羊羹に手を伸ばしかけていたスザクは、ゴホンと咳払いをした後、まっすぐに桐原を見つめた。 「この一帯の土地を守護しております、枢木の森の犬神、枢木スザクにございます。京都近郊の守護をしております、皇カグヤとは兄妹神であり、かつてはこの地を穢し、祟り神、とも呼ばれておりました」 兄妹神、京都の守護者皇カグヤ、そして祟り神。今まで聞いた事のない話に、思わず僕はスザクの顔を見つめた。そのスザクの様子に、桐原は今までの厳つい顔から想像できないほど、その顔を崩し楽しげにうなずいた。 「犬姫カグヤ様より兄神スザク様のお話は聞いておりますが。はて、この地を穢したと言う話はこの爺、聞いておりませぬ。確かに嘗てこの地の人間に祟り神と呼ばれ、貴方様が傷つけられた御話は、聞き及んでおりますが、スザク様はそれでも尚、人を祟ることなく人を愛し、この地を守り続けたのだと、カグヤ様はそう、誇らしげに兄神の自慢をされておりましたが?」 「そうでもありません。私は人間を恨み、憎み、恐れておりました。今も尚、人に仇なす闇がこの身の内に巣食っております」 今までのスザクとはまるで別人のような話し方。そしていつもキラキラと輝いている瞳には暗い淀みがにじみ出ていて、僕の体は初めてスザクに対して恐怖を感じた。知らず鳥肌が立ち、その事に気がついた僕は、この恐怖をスザクに知られてはいけないと、これ以上彼の瞳は見てはいけないと目を逸らした。こんなことなら、挨拶をしろなんて言わなければよかった。早く話を終わらせて、いつものあのキラキラとした瞳を見せてほしい。 「成程、そこまでご自分を理解されていると。ならば何も問題はあるまい。スザク様も4月からルルーシュ様と共に小学校へ通う事。これは犬姫様よりのご命令ですぞ」 「だから、俺は行かないって!!」 先ほどまでの口調から、いつもの口調に戻ったスザクは、立ち上がり、身を乗り出すようにテーブルに手を突いて、桐原を睨んだ。 「学校って人間がいっぱいいるんだぞ!俺は嫌だからな!!」 「はて、何やらぎゃんぎゃん犬が鳴く声が聞こえますが、どこの犬でしょうな」 桐原は、すっ呆けながら茶を啜り、スザクはガルルと唸り声を上げながら睨みつけていた。 スザクの言う闇には気づいていた。 だが、僕はそれからずっと目を背け、見ないふりをしていた。 嘗てこの村の人々が、スザクの家族を皆殺しにしたという事は、枢木神社に残された文献で知っていたから。僕がどうにか出来ることではないと、そう思っていたから。 今回の小学校の話は、もしかして妹であるカグヤがスザクの為に考えた事なのかもしれない。そうでなければ、これほど人を避けている人外のモノを学校になど、普通では考えられない事だ。 カグヤがスザクの心を癒そうとしている。これはそのための一歩。 人に負の感情を抱き続けるスザクの心から、その闇を少しでも取り除くために。 ならば。 「スザク、僕は小学校へ行く。これは人間の子供は一定年齢まで必ず行かなければならないという法律があるから、お前が駄目だと言っても行くことになる」 僕が突然口を出した事で、スザクは僕を見下ろす形でこちらを見た。まだその瞳は暗いままだ。 「絶対か?」 「絶対だ。だから僕は学校へ行くが、君は行かないんだな?」 「行くはずないだろ。俺は人間に会いたくない」 怖いから避ける、嫌いだから見ない。 だからスザクの心はいつまでも闇を抱えたままだ。 「そうか、そうなると、僕が居ない間君は一人か」 その言葉に、スザクの獣の耳がピクリと動く。 「僕が朝に学校へ行き、学校で昼を食べ、午後も学校で勉強し、帰ってくるまで君は一人でここで待ってるのか」 「・・・昼も帰ってこないのか?」 「当然だ。カレンも同じ9歳だから、カレンも遊びには来ない。僕は学校でもカレンと遊べるが、スザクは一人だな」 卑怯だとは解っている。スザクの中の闇の根底にある寂しさを揺さぶっているのだから。スザクの瞳に僅かに暗く冷たい光が顔を出し、僅かに耳を伏せ、口を噤み、眉根を寄せて僕を睨む。怒っていると言うより、今にも泣き出しそうに見えるその顔に、僕はにこりと笑いかけた。 「僕は、スザクと離れるのは寂しいな。スザクと一緒に学校に通えたら楽しいと思うんだ。・・・僕と一緒に学校に行ってくれないか?スザク」 その瞬間、スザクの耳がピンと立ち、泣き笑いの顔で僕に抱きついてきた。 「お前がそう言うなら、仕方ないから行ってやる」 「ああ、そう言えば転校生や外国人は虐められやすいと聞いたんだが」 「そうだな、お前一人だと危ないし、虐められるかもしれないからな!俺が守ってやるよ!」 僕から体を離し、僕を見つめるその瞳には、いつものキラキラとした輝きが戻っていた。 「そうだな、スザクに護ってもらえたら安心だ」 大丈夫だよ、スザク。僕が君を一人にはしない。 もし、誰かが君を傷つけ、悲しませると言うのであれば、僕が君を守ろう。 だから君は、いつも通りキラキラと輝くその瞳で、人と生きる道を歩いて欲しい。 君には暗く人目を避けて隠れる生き方よりも、日の光の元で明るく笑って生きる方が似合っているよ。 |