オオカミの呼ぶ声 第15話 |
「おかえりなさい、スザク!」 家に帰ると、長い黒髪の着物のような衣装を着た少女が出迎えてくれた。 誰だ?今まで見た事は無いが、スザクの名を呼んだのだから、スザクの関係者か。学校で席順を決めるくじを引いてから、スザクが妙に不機嫌なのと関係があるのか? よく見ると、少女の頭にもスザクによく似た耳が生えていた。スザクは髪の毛と同じ茶色、少女はそれより若干薄い白に近い茶色だった。つまり耳の色と髪の色はイコールではないということか。 僕はいろいろな可能性を予想しながらスザクを見ると、スザクはものすごく嫌そうな顔でその少女を見つめていた。 「カグヤ・・・やっぱり来てたのか」 「あら、気付いていましたの?それにしても、久しぶりに可愛くて、愛しい妹に会えたんですから、もっと喜んだらどうですの?」 スザクとは対照的に、にこにこと笑顔を絶やさない少女はスザクの妹だと名乗った。 だが、スザクは9歳の僕とほとんど変わらない姿だが、彼女はどう見ても14・5歳。見た目だけで言うなら、カグヤが姉でスザクが弟に見える。この辺もやはり神と言う存在ゆえのモノなのだろうか? ひとまず座敷へと上がると、そこには既に桐原がいて、お茶とお茶菓子を用意して待っていた。桐原の横にカグヤ、カグヤの正面にスザク、その横に僕が座り、用意されたお茶に口をつけた。 よほど喉が渇いていたのか、まだ熱いお茶を一気に飲んだスザクは、はあと溜息を一つ吐くと、その不機嫌な顔を改め、少し困ったような兄の顔になっていた。 「ルルーシュ、俺の妹のカグヤだ。カグヤは生まれた時からその神気が強くて、京都を守護する神に選ばれた。だからちっさい頃にこの枢木から京都に移ったんだ。大神として育てられ、京都がこの国の首都であった頃から、京都近郊を守護している。俺なんかよりよっぽど力のある神だ」 「はじめましてルルーシュ様、皇の地を守護しております、皇カグヤと申します。いつも愚兄がお世話になっております」 スザクに似た緑色の瞳をまっすぐに向け、凛とした声音でそう名乗ったカグヤの表情が、スザクと被る。ああ、本当に兄妹なのだ、と気がついて何故か僕は安堵した。 スザクは一人なのだと勝手に思っていたが、こうして離れていてもちゃんと家族がいた。彼も僕と同じ、妹を持つ兄だったのだ。 「はじめましてカグヤ様。ルルーシュ・ランぺルージと申します。私は普通の人間ですので、様など付けず、スザクのように呼び捨てにしてください」 「あら、ではルルーシュ様も、わたくしを呼び捨てにしてくださいませ」 「え?ですが神様相手に」 「ですが、スザクは呼び捨てにしていますわ。わたくしはスザクの妹、ならば呼び捨てにして何も問題はありませんわ」 にこにこと笑いながらも、すでに決定事項だと言わんばかりに言い切るあたり、ああこの辺もそっくりだと思わず苦笑してしまう。スザクと同じように言うのであれば、わたくしの決めたわたくしのルールです。と言ったところだろう。ならばこちらが折れるしかない。 「わかったよ、カグヤ」 僕がそう言うと、コロコロと嬉しそうに鈴のような笑い声で「それでいいのですわ、ルルーシュ」と言った。 「で、何しに来たんだ?カグヤ」 スザクは、先ほどまでの兄の顔から一転、どこか警戒したような表情で、カグヤに訊ねた。 「そんなに警戒しなくても大丈夫ですわ、スザク。今日は貴方と遊びに来たわけでは御座いませんもの」 遊び。その言葉にスザクが僅かに顔をしかめたが、違うと解り「じゃあなんだよ?」と理由が思いつかないと言いたげに訊ねた。 「スザクの小学校入学祝に」 「嘘だな」 警戒をにじませたスザクの言葉と、コロコロと笑いながらのカグヤの言葉が続く。 「貴方の友人であるルルーシュに会いに」 「嘘だな」 「スザクが人間と仲良くしているかを確かめに」 「嘘だな」 「枢木神社がちゃんと管理されているのかを調べに」 「嘘だな」 「スザクが元気かを確認しに」 「嘘だな」 「一つぐらい信じてくれてもいいんじゃございませんか?」 「カグヤが言うと、どれも嘘にしか聞こえないんだから仕方ないだろ。日ごろの行いってやつだ」 ふん、と顔を背けるスザクと、少し眉根を寄せながら「困った兄ですわ」と苦笑するカグヤ。短い付き合いだが、この反応でよく分かった。スザクは口では嘘と言いながらも、カグヤがそれも確認しに来た事に気が付いているし、カグヤもスザクの否定が口だけだと解っているようだった。 この反応は、お互いの照れ隠しなのかもしれない。表面上はあまり仲良くは見えない二人だが、本当はとても仲のいい兄妹なのだ。 「仕方ありませんわね。今日ここに来たのは、枢木神社の桜の件ですわ」 「枢木神社の桜?」 その言葉に、スザクの顔が若干ひきつっていた。 「・・・春に咲く花だったか。だが枢木神社には咲いていなかったのでは?」 僕は何度か足を運んだあの神社の境内を頭に浮かべるが、花の咲いた木など目にはしていなかった。 「ええ、今は咲いておりません。ですが、百年ほど前まではそれはもう、美しい花を咲かせておりましたのよ」 写真や映像では何度も目にした事はあるが、実際に桜の花を見た事は無かったので、自慢げに語るカグヤのその顔に、ああ、その頃の桜を見てみたかったと素直に思った。 カグヤはちらりとスザクをみると、頬に手を当て、わざとらしく溜息をつき「スザクが、罰を与えてからは咲かなくなりましたの」と僕に訴える様に視線を向けながら言った。 「罰?スザクが?」 横に座るスザクを見ると、プイと顔をそ向けられ「当たり前だろ」と、不機嫌そうに言った。そして、なぜかは解らないが、頭の耳は伏せられていた。 「あいつらが、あそこで花見をするのは別にいいけどさ、酒飲んで暴れて、枝を折ったり幹に傷をつけたり、根を掘り返したり、神社荒らしたり。ゴミは捨てていくし、境内のいたるところに吐いていくし、桜に小便は掛けるし、いくら俺が住むの止めたって言っても、あそこ俺ん家だぞ?俺が怒って悪いか!?」 その状況を思い浮かべ、それは流石にスザクじゃなくても怒るなと納得した。 「だから、花見を出来ないように、俺の守護区域の桜は咲かないようにしたんだ。って言っても全然咲かないと問題もあるから、季節をずらしてちょっとは咲くんだぜ?」 スザクは僕の方を時折ちらちらと覗いながら、不機嫌そうに話した。未だに耳が伏せられている事も考えると、僕に怒られると思っているのだろうか。 じっとスザクの目を見ると、その瞳に僅かに怯えのような色が見えた。僕がすっと手を上げると、びくりと震えて目をつぶったので、ああ、やっぱり叱られると思っていたのかと思わず苦笑する。 そのまま手をスザクの頭の上に乗せ、今朝と同じようにぐしゃぐしゃと乱暴に撫でると「痛いっ!ルルーシュ痛いって!」と、僕の手から逃れる様に、体ごと横へ移動した。 不貞腐れたような目で僕を睨み「何すんだよ!」と文句を言う。くしゃくしゃになった髪を直していた手をどけると、その耳はいつものようにピンと立っていた。 「何となく、だ。所でその話は100年ほど前の事なんですよね?」 「そうですわ」 僕たちのやり取りを優しい微笑みで見つめていたカグヤは、また先ほどまでのにこやかな笑顔で答えた。 スザクは「何となくって何だよ」と、文句を言いながら僕の横に座り直す。 「ならスザク、もう良いだろう?その罰を解いて桜を咲かせてくれないか?」 「でも、また荒らされることになるぞ」 「ならばちゃんとルールを決めればいい。君は得意だろ?俺ルール」 「ルール?」 その言葉に、スザクはキョトンとした目で僕を見た。 「そう、枢木神社での花見は、枢木スザクが決めたルールに従う事を前提に許可を出すんだよ」 「守ると思うか?人間が」 「人間に守らせるには、まず境内に、禁止事項を記載した立て札でも立てたほうがいい。そこにはもちろん罰則も記しておく」 「罰則?」 「そう、何せ神の神域で、神の住処を荒らすだけではなく、神が取りきめたルールまで破るのだから、それ相応の罰は与えてもかまわないだろう?」 「たとえば、どのような罰でございましょう?」 「そうですね、あまりやりすぎない程度に。僕の知り合いの女性ならきっと、自分の恥ずかしい秘密を暴露したくなる、とか、丸一日、男なら女装、女なら男装をしたくなる、とか、3時間ゴミ拾いとか書くでしょうね」 いろいろと面白い事を考えては、僕たちを振り回していた女性を思い出し、そう言うと、カグヤは顔を輝かせ、両手をパンと叩いた。 「それは面白そうですわ。それならば、神域ではなく聖域のルールとしてわたくしが組み込めば、スザクよりもより精度の高い罰を与える事が出来ますわ」 どうやら神域と聖域の違いは、神域はスザクだけの領域で、聖域は他の神々も関わって作られる、神域よりも強い力を持つ領域なのだろう。 だからこそ、土地神であり犬神であるスザクの神域でのルールよりも、大神であるカグヤが聖域でルールを設定する方がより確実で精度の高い祟りを起こせる。 死人やけが人が出る可能性を排除できるならと僕が頷くと、スザクは自分の承諾なしに話が進んでいる事に不満だったのか「俺は嫌だからな。このままでいい」と、口をとがらせて言った。 スザクの了承がなければ、流石にカグヤでもスザクの祟りを解く事は出来ないだろうし、余計にスザクの機嫌を損ねるだけだ。 どうしましょう?と言いたげにカグヤは僕へと視線を向けた。桐原も同じように僕を見る。これも、学校と同じくカグヤがスザクを救うために投じた一石であるならば、僕はスザクの意思で機嫌よく了承させる方へ持っていくだけだ。 「スザク」 「なんだよ、俺は嫌だって言ったぞ。祟りを解くつもりは無いからな」 「僕は桜を見た事がないんだ」 その言葉に「え?まじで?」と驚き、僕を見た。 「知識では知っているし、写真や映像でなら見た事はあるから、どんなものかも、綺麗だということも知っている。だけど実際にこの目で見た事は無いんだ。すごく綺麗なんだろうな、本物の桜は」 「当たり前だろ。特に枢木神社の桜は、桜の神が厳選して植えたからな。あの神社の境内一面が桜に覆われて、すっげー綺麗なんだ」 その当時の光景を思い出したのだろうか。キラキラと瞳を輝かせ、僕にその美しさを説明してくれる。 「なあ、スザク。僕も君の神社の桜を見てみたいな。きっと、僕が想像するよりも綺麗なんだろう」 写真だけでもあれほど壮大で美しい花の木なのだから、桜の神が厳選した桜は、それはきっと見事なものだろう。 本当に見てみたいのだと言う気持ちを込めて、そう言うと、スザクはしばらく考える様に口を閉ざした後、僕から目を逸らして頭をガシガシと掻いた。 「あーもー、仕方ないな。ルルーシュが見たいって言うなら、見せてやるか。仕方ないから、お前たちのその案に乗ってやるよ」 諦めたように苦笑しながらスザクはそう答えてくれた。 |