オオカミの呼ぶ声 第16話 |
長い階段を上りきり、境内に足を踏み入れたルルーシュとカレンは、一面満開の桜並木を目の当たりにし、その瞳をキラキラと輝かせながら立ち止まった。 美しく雄々しい桜の花が辺り一面に咲き誇り、境内は鮮やかなピンク色に染まっていた。僅かな風が枝を揺らし、花弁が風に舞う様は、まるで夢幻の中へと迷い込んだかのような美しさ。 その壮大さに圧倒され、驚きを隠せない二人に、俺とカグヤは顔を見合わせてにこりと笑いあう。 何せここは俺たちの自慢の桜並木。これだけ驚かれれば、素直に嬉しい。 昔はよく桜を愛でに神々が集まって宴会をしていた場所なのだから。 「な、すげー綺麗だろ」 「これだけ綺麗に咲き誇る場所は、この日本国でもそうありませんのよ」 ポカンと桜並木を見つめていた二人は、力強く頷いて俺たちを見た。 「うん、すっごい綺麗!」 「ここまでとは思わなかった。桜とは本当に美しいものだな」 二人の顔も、まるで花が咲いたかのような綺麗で明るい笑顔だった。 100年ぶりに、俺の守護領域全ての桜が花開いた。 満開のその花々に、人々は俺が里に姿を見せた事が原因だと気がついたのだろう。枢木神社に多くの人間が参拝に訪れ、まるで正月やお祭りの時のように境内は賑わっていた。 桜が花開かなくなった理由を、村の人々はちゃんと言い伝えていて、ようやく俺の怒りが解けたと皆、ホッとしたように顔を緩めていた。 やはり立て札と言うのは効果があるのか、昔のように飲食をしている姿は見られるが、泥酔するほど飲むものは今のところいない。おかげで境内も桜も汚されることなく綺麗なままだった。 なにせ、カグヤとルルーシュと俺、そして桐原と藤堂でその後話し合いをし<花見の際に禁を犯した者には、枢木スザク、皇カグヤ並びに八百万の神々の祟りにあう>ことになったのだ。そして、その祟りの内容は、禁を犯した者が秘密にしている恥ずかしい思い出が暴露されると言う物で、神の存在自体に半信半疑の者たちでさえ、万が一暴露されたらという思いから馬鹿な事は出来ないようだ。昔と違う所はもう一つ、花見を楽しむ者たちが時折きょろきょろと辺りを伺っている事か。 俺が小学校に通うこととなっても、桐原の厳命で教師と学童以外は小学校に立ち入る事が出来ないため、参拝に訪れた氏子たちは俺がこの場に姿を現すかもしれないと、花を愛でながらも辺りに視線を彷徨わせているようだった。 立て札のルールの中に、俺やカグヤ、そしてこの地を訪れた神を見かけても、無闇に近寄って話しかける事を禁ずる。と言うモノがある。 知り合いなら挨拶に来たり話しかけるのは良し。ただし、それ以外は遠くから見る分にはいいが、声をかける事も許されない。 そのルールは俺やカグヤが、ルルーシュ達と一緒に花見をするために考えられたものだった。もちろん、花見以外のときでもこのルールは適用されるが。 おかげで、俺はルルーシュ、カレン、そしてカグヤと堂々と境内を歩いてはいるが、皆遠巻きに俺たちを見て手を合わせて拝む程度で、こちらに近寄る者は居なかった。 ちなみに写真を撮ったり、映像を残す事も許可がない限りは禁止されている。 参道を歩くと、拝殿の前に人だかりがあり、その中の一人が周りの空気に気がついたのかこちらを見た。 俺たちの姿を見て驚きに目を見開き、その人だかりに「スザク様が来られた」と、慌てて話しかけると、全員がこちらを見、頭を下げ、あるいは拝みながら拝殿の前から立ち去っていった。 人だかりが消えると、その向こうに疲れきった顔の藤堂が立っていて、俺たちを見て苦笑していた。 「藤堂先生、今の何?」 「この神社の氏子たちだ。わたしがスザク君と何度も会っていると聞いたらしくて、どうにかスザク君の姿を一度でもいいから拝めないか、とな」 「俺の姿を?」 「ああ、君たちが来てくれたおかげで助かった。朝からあの調子で、流石に疲れた」 辺りを見回すと、先ほどまで飲食をし、花を愛でていた者たちもこちらに手を合わせ、あるいは地に頭をつけ、俺を拝んでいた。 その様子に、カグヤがにこりと笑い、拝殿の賽銭箱の上にぴょんと飛び乗った。 「カグヤ!そこは上ったら駄目だ!」 「あら、いいじゃありませんか」 「後で金の神の罰が当たるぞ」 「大丈夫ですわ。前もって話は通してありますもの」 にこりと話すその様子に、これからカグヤがする事は、元々計画していた事だと嫌でも悟らされ、思わず鳥肌が立った。 カグヤが絡んだことで、いい思い出はあまりない。 思わず身震いをしてしまうような思い出ばかりだ。 俺の変化に気がついたのか、ルルーシュが不安げにこちらを見てきた。カレンは「カグヤ様かっこいい!」と、何故かカグヤの行動にあこがれのような眼差しを向けている。 その瞼を閉じ、カグヤが深呼吸をすると、辺りの聖域がその呼吸に反応した。 この聖域を作るときの基盤となったカグヤだからこそ出来る干渉。 鈴の音のような声と凛とした気配を纏い、押えていた神気をその体から迸らせている。太陽神の使いであるカグヤの神気は光。後光が差し、清浄な空気が辺りを満たす。 再び瞼が開かれた時、そこに居るのは先ほどの妹神とは異なる気配を放つ大神、皇カグヤだった。 「人々よ。本日はわが兄、スザクの神域たる枢木の地の、我ら八百万の神が誇るこの桜を愛でによくぞ訪れた。わらわは京都の地を、そして天の御子を守る守護神カグヤ。人と神の交流が断たれて久しいこの現世において、我らは再び姿を現し、言葉を交わす機会を得、今日と言う日を迎える事が出来た事、とても嬉しく思う。この枢木の地は、我ら兄妹が生まれた地。この枢木神社は人と神が手を取り合い、地を切り開き創った日本国でも数少ない聖域。故に我ら神々の神気がこの地に根付き、こうして人と交わる事のできる聖地となったのです。人々よ、我が兄の怒りを呼び醒ます愚を犯してはならぬ。我が兄は優しきオオカミ、人が牙を剥かぬ限り兄はこの地を慈しみ、守り続けよう。この地を守り、この地を愛し、この地に生きる人々よ、心無き人の行いにより、穢された桜を。わが兄が封じ、守り続けたこの桜を。再び咲き誇ったこの桜を存分に愛でていくがよい」 カグヤの言葉を、人は地に伏しながらその心に刻み込むように聞いていた。 流石大神。その威厳と神々しさは俺の比ではない、が。 「ほら、話は終わったんだろ、さっさと降りろ」 「え?きゃあ!」 いつまでも偉そうに踏ん反り返っているカグヤの腕を引き、賽銭箱から下ろした。 いくら金の神と話をつけているとはいえ、やはりそこに乗るのは間違いだし、誰かが真似をしたらどうする気なんだ。 「もう少し女性に対して親切にはできませんの!?」 先ほどの威厳など微塵も感じさせない、いつものカグヤの不貞腐れた表情で、頬を膨らませ、文句を言ってきた。 その様子に、ひれ伏し固まっていた人たちの硬直も解け、苦笑とともに人の動く気配や話し声が再び聞こえ始めた。 「親切にされたいなら賽銭箱に乗るな!前もって言えば台ぐらい用意するんだから、それこそあの石ころを持ってきてもよかったんだ」 「石ころというのは、あの偽の神体でしょうか?あれも丁度いい高さでしたわ。次はあれをここに置いて乗りますわ!」 良い事を知ったと言いたげに、カグヤは手をパンと叩き笑ったが、何で高い所に登ろうとするのかが俺には解らなかった。猫じゃあるまいし。 どうせ拝まれるなら、と拝殿の扉をすべて開き、その中に入ってルルーシュとカレンの母が用意したお弁当を広げた。 桜の木の下で食べないのか?とルルーシュとカレンが言ったが、毛虫と小さな虫が上から落ちてくるけどいいのか?と聞くと、二人とも顔を青くして首をブンブンと横に振った。 開いた扉から見える桜も綺麗で、花より団子の俺達にはそれで充分だった。 花を愛でるときは愛で、食べるときは食べる。それでいい。 拝殿の中に俺たちが居るので、氏子たちが次々に賽銭箱の前にやってきてはお金を入れ、拝んでいくその光景は昔を思い出させる。 昔は正月や祭りになると、ここで参拝に来た氏子たちと、いろいろな話をしたものだ。 ルルーシュの作ったお稲荷さんを口に頬張っていると、境内に先ほどとは違うざわめきが起きていた。 「なんだろう?なんかあったのかな」 カレンが立ちあがり、境内を見ようとつま先立ちで覗うが、流石に見えなかったようだ。 参拝に来た氏子たちも、後ろを振り返り、怪訝そうな表情で様子を覗っていた。 「しゃーねーな。見てくるか」 最後のお稲荷さんをパクリと口に放り込み、俺は拝殿を出、騒ぎの元へと足を進めた。 「私も行く」 カレンも慌ててフォークで刺していたウインナーを口に入れ、俺の後に付いてきた。 俺を通すように、人が左右に分かれて道を開く。 その先には、見知らぬ男がいて、藤堂に喰って掛っているようだった。 人波が割れ、道が開けた事に気がついた藤堂が、こちらを見る。 それに気がついた男も、俺の方へ視線を向けた。 「スザク君、カレン君来たのか」 疲れたような、困ったような表情の藤堂に、俺は嫌な予感を感じていた。 「藤堂先生、何かあったのか?」 「スザク?このチビが噂のスザク様か?この人間の子供が、この神社の神様だと?全く日本人と言うのは、浅はかで、愚かなのだな」 やれやれと言いたげにブリタニア人と思われる男が首を振った。 その男の言葉に、周りに居る氏子たちがざわめく。 「どう思う?アプソン。君にはこの薄汚い子供が神様に見えるかな?」 「いいえ。カラレス様、これは日本人が我々を騙そうとしているのではありませんか?」 にやにやと笑いながら、もう一人のブリタニア人が俺を指差し馬鹿にする。 「ちょっと!いいかげんに」 カレンが怒りにまかせて怒鳴ろうとするので、俺は手でそれを制した。 う、と言葉に詰まったカレンは、渋々ながら口を噤んだ。 その様子に、ブリタニアの男たちは、更に薄汚い笑みを顔に乗せた。 「これはアレかね?我々がこの近辺の土地を買いたい、と言っているのに売ずにいることと関係があるのかね?まさか、神の居る土地なのだから、もっと高く買え、と言うアピールじゃないだろうね」 この近辺の土地を買う?初めて聞く話だが、人間のルールで売り買いされたからと言って俺の領土には変わりないんだけどな。 何も言わない俺に、苛立ちを覚えたのか、アプソンと呼ばれた男が、一歩こちらへ近づいてきた。 「いいか坊主。神様ごっこは他でやるんだ。ほら、これで何か買いなさい」 そう言いながら、財布から金を取り出し、俺に渡そうと差し出した。 その様子に、俺は眉をしかめ溜息をついた。 「なあ、お前ら、そこの立て札は読んだか?ちゃんと理解した上で俺に話しかけてるのか?」 差し出された金を受け取らずに、呆れたように言った俺の言葉に腹を立てたアプソンは、フンと鼻を鳴らし腕を組んだ。 「そこの男が口うるさく言うからな、内容は知っているが、貴様のような小僧に話しかけるなだと?馬鹿にするのもいい加減にしろ!」 その言葉に、俺はにっこりと微笑んだ。 「よかった、ちゃんと解ってはいるんだな。なんも知らないで話しかけてきたんなら、ちょっと可愛そうかなって思ったんだ。そのルールは俺の神域じゃなくて聖域の方にカグヤが絡めたから、俺には解除できないし」 「まだ言うか小僧」 「このルールは、ある程度余裕を持たせてあって、多少俺達に話しかけたり、触ったところで罰なんて当たらない。ただ、俺たちが不愉快に思ったら駄目。覚えておくといいぞ、異国の人間。触らぬに神に祟りなしって言葉が、この国にはあるんだよ。神は祟るものなんだ。恨むなら、無闇に煽った自分を恨め」 多少の事で罰が当たるなら、ルルーシュやカレンにも適応されてしまう。だからこそ、の余裕なんだけど、今回は意味は無いよな。 「なんだと小僧!いいかよく聞け!俺は高校に上がるまでオネショをしていたんだ!」 アプソンが放ったその言葉に、周りは水を打ったような静けさとなった。 暫くの間、自分が何を行ったか理解できなかったのだろう。 やがて真っ青に青ざめたアプソンは、自分の口を手で押さえたが、もう遅い。 「中学生の時、初めて書いたラブレターを間違えて男の机に入れてしまい、卒業するまで周りからホモだと言われ続けたんだ」 「な、何を言いだしているんだアプソン!やめないか、私など先月の地震に驚いて漏らしてしまったんだぞ!」 口を押さえ、青ざめながらも話し続けるアプソンを止めようとしたカラレスの口からも恥ずかしい話が飛び出す。 「しかも小ではなく、大の方だ」 わなわなと顔を震わせ、青ざめながらも男二人の暴露は続く。 次々と人には知られたくない話を口にし、周りはその姿を静かに見つめていた。 うーん、これは思っていた以上にキツイ罰だな。 ルルーシュの知り合いって結構性格悪いんじゃないか? 「これは・・・スザク君」 「俺に言っても無駄だよ」 藤堂は、流石にこれ以上はと思ったのだろう。でも、無理な物は無理。 「言っただろ?このルールは俺の神域に絡めているなら解除出来るけど、カグヤが聖域に絡めたんだ。俺に解除は無理。それに、俺なら一つ二つの恥ずかしい話で解除するよう組むけど、カグヤは俺より容赦ないからな」 男二人はとうとう暴露を続けながら、転がるようにこの神社から逃げだした。 「ふふふふふ、あははははははははっ!これは凄いですな。祟りなどこの年になって初めて見ましたぞ」 いつの間にか俺の後ろに立っていた桐原が、楽しそうにそう言った。 その横にはカグヤと、眉根を寄せたルルーシュ。 「でも、これではやり過ぎだ」 「あら、ルルーシュ。先ほどスザクも言っていたではないですか、触らぬ神に祟り無し、と。馬鹿な事をしなければ祟りなど起きませんわ」 コロコロと笑いながらカグヤはルルーシュの腕に手を回す。 「って、何してるカグヤ!ルルーシュは俺のだって言ったろ。返せ!」 慌てて俺はルルーシュの腕を引っ張り、カグヤから離した。 突然腕を引かれたことで、ルルーシュは不機嫌そうに眉根を寄せ、カグヤはケチ、と頬を膨らませた。昔から俺のものを欲しがるのがカグヤだ。油断したら取られかねない。 「で、あれはどのくらいで収まるんだ?」 「罪の重さに比例するようにしましたの。我が兄スザクを馬鹿にした罪は重いですから、今日一日はあの調子だと思いますわ」 この騒ぎで、立て札の禁を犯したら、本当に罰が当たるのだとあっという間に村に広まった。おかげで村の人々はこの後も桜と神社を綺麗に保ち、美しい桜はその後も毎年人々を楽しませることとなる。 その人々の姿は八百万の神々を喜ばせ、時折スザクとカグヤ以外の神も訪れる様になるのはまだ先の話。 |