オオカミの呼ぶ声 第18話

「ルルーシュが!?」

血相を変えて走ってきた扇の言葉に、俺は目を見開いた。
扇達の話ではルルーシュが珍しい蝶を追って行ってしまい、追いかけたがどこにも見つからないのだと言う。玉城が扇の胸倉をつかみ上げ「何してんだよ扇!」と怒鳴りつけ、カレンが泣きそうな顔で俺を見、俺たちと一緒に居た子供たちも、一様に混乱し、探しに行かなきゃと騒ぎ出した。
玉城が「俺が行くからオトナ呼んで来い」と走り出そうとしたので、俺はそれを制した。

「忘れてないか?俺はオオカミ、人間と違って匂いで追えるし、人間より足も速い。俺が行く」

俺はそう言い捨てると、全力で走り出した。
後ろからカレンや一緒に虫取りをしていた子供たちが「絶対見つけてきて!」と叫ぶ声が聞こえた。人間が動くのなんて待ってられない。俺の領域だから大体の位置は感知出来ている。あの辺りに崖はあっただろうか、川はあっただろうか。大きな穴でもあいていただろうか。怪我はしていないか?一人ぼっちになって泣いているんじゃないか?
気持ちばかりが焦る。ルルーシュの匂いは何処だ?

「くそっ、だから俺の傍に居ろって言ったんだぞ!」

人の姿で森を走るのは時間がかかる。
走りながら俺はオオカミの姿へとその身を変えた。
ルルーシュが消えた。その言葉に俺は冷静さを失っていた。少し考えれば違和感に気が付いたはずなのに。蝶を追いかけるなんてルルーシュらしくないと。
珍しいと言うその蝶の姿を目に焼き付けて、後で図鑑で調べるぐらいはするかもしれないが、捕まえようとなんて、追いかけようなんて絶対しない。
扇も、扇と一緒に来た子供も俺の顔を一度も見ようとせず、俯いたままだった。
扇の匂いをたどって走っていると、その向かう先はルルーシュの存在を感じていた場所で、それ以前に扇からルルーシュの残り香がしていた。
まるでルルーシュを抱えて運んだような、そんな奇妙な残り香。
他にも違和感はたくさんあった。あったのに、気付けなかった。
その事に気がついたのは、この腹に灼熱のような熱さと痛みを感じた後だった。
走っていたその勢いを支えきれず、前のめりとなり何度か体を回転させてから、地面に倒れ伏した。傷つき、身動きのとれなくなった俺の元に、硝煙の匂いを漂わせた男が近づいてくるのが視界に入った。人間の大人が3人。そのうちの2人に見覚えがあった。

「ほほう、本当に獣の姿なのだな」

横腹に受けた傷から血を流した俺を見下ろし、にやにやと醜悪な笑みを向けて話すのはカラレス。
そしてその横で同じように醜悪な笑みを浮かべている男はアプソンと言ったか。
硝煙の匂いをさせている男は見知らぬ顔。手には猟銃を持っていた。
その銃口はまだ俺の方を向いている。

「・・・人間、俺を殺すつもりか」
「おや、まだ喋れるとはな。安心しろ、喋るオオカミなど珍しいからな、記念に剥製にでもして飾ってやろう」
「・・・ルルーシュもお前たちが?」
「ああ、あの黒髪の少年かね。安心するといい、彼はまだ無事だ。・・・何と言ったかな?そう、冥途の土産と言ったか。死ぬお前に教えてやろう。シナリオはこうだ。我々は、野犬が出たと言う近隣住民の通報から、猟友会のメンバーである彼と共に許可を得て山に入った善良な市民だ。そんな我々が偶々此処を通りかかった時、その野犬が襲いかかってきたので、止むを得ず撃ち殺した。そして、近くに血痕の付いた子供の衣服の一部が見つかり、野犬に襲われたのだろうと言う結論となる。もちろん野犬の体から少年の血液も発見される。ああ、安心したまえ、少年を殺すつもりはない。幼いながらもあの器量だ。私は美しい者に目がなくてね。私の元で大切に飼うつもりだ」

にたりといやらしく笑うその男は、また一歩俺に近づいた。
その手には、いつの間にか先端を刃物で削った木の棒が握られていた。鋭利なその先端をカラレスがは俺に向ける。それで俺を刺し殺すつもりなのだろう。
愚かだ。神を殺す事の意味を知っているのだろうか。

「貴様のあのふざけた呪いのせいで、私がどれ程恥をかいたか。簡単に死ねると思うなよ獣」

カラレスはそう言うと、その木の棒を勢いよく振り下ろした。
木の棒は易々と俺の背中に突き刺さる。
俺は痛みに耐える様、強く牙を噛み締め、カラレスを睨んだ。

「声も上げないか。流石化け物だな」

カラレスは木の棒を引き抜き、再び背中に突き刺さした。
このまま死ぬわけにはいかない。ルルーシュを助けなければ。俺は痛む体を叱咤し、四肢に力を込め、全身を震わせながら、立ち上がった。その様子に、カラレスは棒から手を離し「まだ動けるか化け物め!」と、俺の傍から離れ、猟銃の男はいつでも打てるようにと銃を構えた。
俺は痛みに耐えながら、瞳を閉じ、深呼吸をする。
それは俺の力の流れを変えるための呼吸。
俺の体から発せられる神気が、その気配を僅かに変化させた。
これは、枢木神社でカグヤが桜を愛でに来た人々に話した時にも行われた事。
神と呼ばれるモノたちは、普段その強い力を身の内に封じ、外界に影響を及ぼさない程度の神気で生活をしている。
神として、人と語る。
その為に、この内なる封印を解く。
人の姿とは違い、本来の狼の姿で解かれた封印は、その容姿をも変化させた。
全身が茶色だったその毛は白銀色に輝き、全身から光を放つ。
スザクの神気もまた、妹カグヤと同じ光。後光が差し、清浄な空気が辺りを満たす。
神気に当てられ、その変化に畏れ慄いた男達は身を震わせ、その場にへたり込んだ。

「・・・神殺しが受ける祟りを知りながら、我を殺めるか、人間」

その声音も凛としたモノに変わり、穏やかだった眼差しは鋭く、それはまさに獲物を見つめる狼のそれだった。
怒りのこもった神気は祟りと変わらず、対象となったモノの生気を侵食する。恐慌に陥った男たちは、まるで宙を泳ぐかのように腕をばたつかせ、どうにかこの場から離れようと足掻いていた。
俺とルルーシュに仇なす存在、このまま逃がすつもりはない。
俺は空を仰ぎ、太陽に向かって神気を込めた遠吠えをした。
その遠吠えに呼応するかのように、木々がざわめきはじめる。ざわめきは次第に大きくなり、その男たちを取り囲うかのように木は枝を垂れ下げ、草はその体に絡みついた。
男達は声にならない悲鳴を上げ、きょろきょろと辺りを見回し、身を寄り添わせた。
そんな中、ざわめきにかき消されることなく、遠くで狼の遠吠えが聞こえ、鼓膜が破れるのではないかと思われるほどのざわめきが、その瞬間ピタリと鳴り止んだ。

「お前たちの裁きは、他の神の手に委ねられた」

俺がそう声を出したその時、男たちの真下にあるはずの地面が消え、悲鳴と共に地の底へと彼らは落ちていった。
悪いが、お前たちを裁く余裕は俺には無い。
誰が相手をするかは解らないが、神殺しの祟りよりはマシなはずだ。
俺はふらつく体でどうにか足を進めた。
あの男たちからルルーシュの匂いはしなかった。
ならばこのまま扇の匂いを追うまでだ。
ルルーシュを背負って枢木の杜へ向かおう。
この程度の傷、俺の神域であり聖域である、あの場所へ行けば治るのだから。
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