ざわり、と背筋が震え、思わず窓の外を見た。
勘違いか?とも思ったが、ざわりざわりと体に走る感覚は1度ではなく、なんだろうと外を見回しても雪に覆われた真っ白いグラウンドが見えるだけで何も無い。
でも体は何かに反応し、ざわりざわりと訴える。
「・・・?どうしたのよスザク?」
勘のいいカレンは、違和感を感じたのだろう。眉を寄せてこちらを見た。
「なんか、ざわざわする」
なんだろう?解らないけど、体がざわつく。
なによそれ?と、言いながら伸びてきた手が俺の額にふれる。
「う~ん、熱はなさそうね。というか神様って風邪ひくのかしら?神様がかかる病気とかあるの?」
不安そうな瞳でこちらの顔色をうかがうカレンに、「俺は風邪なんかひかないし、病気じゃない」と言っても、「わからないじゃない」と一切こちらの言葉を信じず、先生に一言断りを入れてから携帯を取り出した。かけている先はどうやら桐原らしい。
「だから、病気じゃないって」
桐原が知れば、カグヤも知ることになる。
それは非常にめんどくさいから止めろと手を伸ばすが、カレンは立ち上り更には上履きを脱いで机の上に立った。出会った頃とは違い、中学3年になったカレンは身長は伸びている。前はこちらも机に立てば届いたのに、今は届かない。ジャンプすれば届くが、カレンがバランスを崩して怪我をしても困る。こういう時のカレンは、わざとバランスを取らず、本当に机から落ちるのだ。自分の体を人質に取るずる賢さは、カグヤの入れ知恵だった。
「念のためよ。念のため。あんた神様なんだから、こっちの病院にも入れないでしょ。違うなら違うってはっきりした方が私は安心なの」
私のために連絡するんだから、邪魔するなと文句を言う。
「カレン、行儀悪いぞ!机の神に祟られるからな!」
「残念。先にカグヤ様経由で神様に許可もらってまーす」
机以外も許可もらって、あんたの関係で乗ってもバチは当たらないようにしてるのよ。と、自信満々にいう。本当か嘘かはわからないが、カグヤならやりかねないし、これ以上言っても無駄か。
「カレン、パンツ見えてるぞ、降りろ!」
「あんたに見られた所で何とも思わないわよ」
カレンの席の周りは女子だから、位置的に覗き見れる男は他に居ない。そんな男がいれば、他の女子たちが黙っていない。それも分かっていてやっているのだ。
「お前、女だろ!」
女なら恥ずかしがるんじゃないのか!
「なら、あんたは男でしょ。女性のスカートの中覗くな!顔上げるな!あ、桐原さん?こんにちは、カレンです」
邪魔する事も出来ず、電話がつながった。
こうなったら逃げるが勝ちか。
ざわざわは先ほどより強くなっていて、妙に気持ちが落ち着かない。
ここじゃない場所に行きたい。
もしかしてカグヤがここに?
だから、本能的に逃げたいと思っているんじゃないか?
あー、ありえる。
カグヤがまた悪戯でも仕掛けに来るんだ。
「カレン、俺、帰る!」
まずい、早く逃げなきゃ。
俺は迷わず窓を開けた。
しんしんと降り注ぐ雪が、冷たい冬の空気と共に窓から吹き込む。
「え?」
突然吹き込んできた冷気に、カレンは驚き目を瞬かせた。
うー、寒い。
マフラーを口元まで引き上げ、3階の窓から飛び降りた。
「あっ!こらスザク!逃げるな!」
カレンの声が一瞬遠くに聞こえ、ぼふんという小さな衝撃の後、視界が白くなった。
思いのほか積もっていた雪に全身が埋まったのだ。
「冷たっ!」
いつの間にこんなに積もっていたんだと、手足をばたつかせながら慌てて飛び起き、見上げると、俺を追って飛び降りようとするカレンを皆が止めていた。窓枠に片足をのせ、今にも飛び降りようとするカレンを、三人がかりで押えている。
「カレン駄目!危ないから!」
「大丈夫よこのぐらい!あいつだって平気じゃない!」
「スザクと一緒に考えるな!お前は人間だろ!!」
「こらー!スザク!!戻って来い!!」
「だから病気じゃないって!大体弱ってるなら神社に行けば治るだろ!」
あの場所はそのための場所だ。
重傷を負った俺が、どこで眠り続けていたのか忘れたのか。
カグヤだって何もできなかっただろ!
言われて気付いたらしいカレンは一瞬動きを止めたが。
「それでも!逃げるな馬鹿!」
カレンの怒鳴り声を背に、俺は走った。