オオカミの呼ぶ声2

第 8 話


真冬の今時期は、風の音と家鳴りしか聞こえないため、とても静かだった。しかも今は真夜中。人間も獣も眠っているから、近くを通りかかる事も無い。碌に街頭も無いぐらいの田舎だから、雪の積もる冬に暗くなってから出歩く人間はまずいなかった。
そんな静かな夜に、ふと目が覚めた。
雨戸も全て閉じられた日本家屋は、本来夜は真っ暗になるのだが、今は廊下の明かりは点けっぱなしにしていたので、部屋の中は薄暗闇に覆われていた。
何で目が覚めたのだろう?と不思議に思いながらも、まあいいか、寝ようと目を閉じかけて、ハッとなった。

「・・・、・・・?・・・!?・・・!!!」

慌てて体を起こし、きょろきょろとあたりを見回した後、両目をこする。寝ぼけていない、見間違いでもない。夢でもない。・・・いない。ずっと自分を抱きしめていた腕が、傍にあった温もりが無くなっていた。部屋には、自分以外誰もいなかった。

「ルルーシュ、どこだ!?」

だが、返る言葉は無く、家の中はしんと静まり返っていた。
寝室から廊下に出る。ひんやりとした空気と冷たい床に体が震えた。

「ルルーシュ!」

居間を覗いても姿は無く、声をかけても返事は無い。
ふと、玄関の方が匂いが強いことに気付き、まさかまた寝ている間に連れて行かれたのか!?と、慌てて駆けだした。下駄を履く時間も惜しいと、裸足で雪が降り積もる外にでた。そもそも下駄だから裸足でも冷たさは変わらない。なれた冷たさに頭もしっかり目を覚ました。
このあたりには外灯は無いが、雪の止んだ空には月が出ており、元々夜行性の狼である自分にはそれだけで十分周りが見えた。
先ほどまで降っていた雪は玄関前にも降り積もり、家から外に続く道には足跡が無くなっていた。今日は家に帰ったカレンの足跡も残っていない。下を見ると、雪に埋まった自分の足の傍に、一人分の足跡が残されていた。
その足跡は間違いなくルルーシュのもので、表の道ではなく裏庭の方に続いていた。当然匂いもその方向に続いている。
人の姿である時間が長いからか、嗅覚より先に視覚へ意識が向いてしまい、惑わされた。連れ去りではないのだとわかり安堵する。庭へ向かう足跡と匂いを雪をかき分けながら進むと、こちらに背を向け庭にたたずむ人影が見えた。
暗闇に溶けてしまいそうな黒い髪と黒いコートは、キラキラと月灯りを反射する純白の雪の中に浮かび上がってみえた。ほっそりとした身体のせいか、未だに帰って来たのだと言う実感が乏しいからか。無言のまま星の空に浮かぶ月を眺めるその姿はとても儚く、今にも消えてしまいそうに見えた。神である自分でさえ声をかけるのもはばかられる光景に見入られ、どのぐらいそこにいただろう。
こちらの気配に気づいたからか、夜空を見るのに飽きたのか、あるいは寒さからか。ルルーシュはこちらに振り返った。

「・・・ああ、スザク。すまない、起こしたか?」

優しい声と柔らかな微笑みに泣きそうになった。
だけどそれは知らない声で、子供たちの声が変わったように、ルルーシュの声も変わってしまい、それが少し悲しかったが、この声も好きだと思った。なにより、その笑みが幼い頃のルルーシュと変わらず、それが嬉しかった。

「ルルーシュ、起きて大丈夫なのか?」

この前雪かきしたばかりだと言うのに、庭はひざ下まで積っていた。ふんわりと軽く積もっていた雪をかき分けながら、ルルーシュは近づいてきた。

「目が覚めてびっくりしたよ。お前が一緒に寝ていたから」

日付を見て目を疑ったよ。こんなに寝たのはいつぶりだろうな。と、笑いながら近づいてきたルルーシュの手を取った。

「冷たっ!おまえいつから外にいるんだ。風邪ひくだろ」

早く帰るぞと手を引けば「はいはい、そうせかすな」とルルーシュは笑いながら歩いた。

「起きたんなら、俺を起こせよ」
「ぐっすり寝ていたからな」
「寝てても起こせよな」

起きるのを待ってたんだぞと睨めば、ルルーシュは困ったように眉尻を下げた。子供のころと変わらない表情に、ああ、やっぱりルルーシュだと再確認する。身体の大きさも、匂いも声も変わったが、あの頃と変わらない紫の瞳に安堵する。

「悪かった、そう怒るな・・・って、お前、裸足じゃないか」

玄関に入ったルルーシュは、俺の足元を見て眉を寄せた。

「袴も雪まみれで濡れてしまってる・・・やはり風呂を入れるか」

シャワーを使おうと思ったが、温まった方が良さそうだと言う。

「あ、じゃあ俺用意してくる!」
「あ!こらまて!濡れた足で上がるな!せめて拭け!」
「あとで拭くから!ルルーシュは部屋で暖まってろ」

駆けだした俺の後ろでルルーシュが苦笑するのが聞こえた。

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