オオカミの呼ぶ声2

第 9 話


「あっ、おれが拭くって言っただろ!」

風呂場から戻って来たスザクは、文句を言いながら俺の手から雑巾を奪い取った。再会してからずっとぷりぷりと怒っているように見えるが、その表情が緩んでいるので、再会を喜んでくれている事は解る。

「別にこのぐらいなんでも無い」
「駄目だ。おまえ1日以上寝てたんだぞ!」

それを言われると弱い。
まさかこんなに寝るとは思わなかったから。

「疲れてたんだよ」

嘘ではない。
向こうにいる間は2時間寝れるかどうかだったから。俺を道具扱いする豚どものおかげで自由に動ける時間はとても少なく、人目につかないよう動ける時間は更に限られていて、なにをするにも時間が足りなかった。寝ている時間が惜しかった。無理を通した体に蓄積された疲労に見て見ぬふりをしていた。
ようやく解放され、ここに帰ってきた途端に睡魔が襲ってきて、着替える余裕も無く寝てしまったが、まさかこんなに長い時間眠るとは想定外だったな。

「ルルーシュ、水飲んだか?」
「ああ、さっきペットボトルを1本貰ったよ」

それだけ寝ていれば喉も渇く。
冷蔵庫には飲み物が数種類と軽食が入っていたので、遠慮なく頂いた。

「そっか、ならいいや」

にこにこと笑うスザクはあの頃のままで、ああ、本当に帰ってこれたんだなと安堵し、ふわふわのその癖毛に手を伸ばした。スザクは嫌がることなくなせさせてくれて、むしろニコニコと嬉しそうに笑っていた。

「ただいま、スザク」
「おかえり、ルルーシュ」
「おまえ、怪我は大丈夫なのか?」
「怪我?」

キョトンとした顔で首を傾げるスザクに、おいおいまさか忘れたのかと内心冷や汗をかいた。スザクはそこまで馬鹿だったか?俺の記憶ではもう少し賢かったはずだが、あれは過去を美化した結果だったのか?まさか、俺の記憶違い・・・いや、それは無い。こいつが馬鹿なだけだ。そのはずだ。

「お前、撃たれて大けがしただろう?」
「え?あ、ああ!あれか!」

よかった。やはり撃たれたのだ。いや、撃たれた事自体は良くないが。

「・・・そうだ、それだ。それで、傷は痛むか?」
「あんなのとっくに治ってるし、痛みなんてないぞ?」

当たり前だろ?と不思議そうな顔で言うのだが、あれだけの怪我がちゃんと治るのか、障害は残らないのかこちらはずっと心配していたんだ。お前にとっては当たり前でも、俺にとっては当たり前じゃないんだ。と言った所で意味は無いだろう。まあいい。傷の有無に関しては、どうせこの後一種に風呂に入るんだろうし、その時確認しよう。

「ルルーシュ、大人になる前に帰ってこれたんだな」
「大人になる前にってなにがだ?」

大人になる。それが指し示すものはいくつもある。法的な年齢、肉体的な成長、精神的な成長、あるいは。

「人間の子供は、大人と一緒に暮らすんだろ?でも大人なら、大人と暮らさなくてもいいから、ルルーシュが大人になったら帰ってこれただろ?」
「つまり、成人したら親のしがらみから解放され自由になれるから、戻って来れるはずだという話か」

確かに普通の家庭ならそうだろう。
大人となり自立すれば、他の大人・・・縁を切りたい親族の干渉からも逃げられる。一人で誰も知らない土地に行き、そこで働き生活することも可能だろう。ただ、俺の家は普通ではないから、成人しただけでは自由にはならないが、その話をする必要はない。

「また捨てられたんだよ」
「は?捨てられた?また?無理やり連れ帰ったのにか!?」
「安心しろ、もう連れ戻しには来ないよ」

何せ頂点に立つあの男が、俺を捨てると明言したのだ。もう二度と敷居をまたぐなと言ったのだ。そうせざるを得ない状況を作りあげたのは俺だが、あの男はそれを理解していただろうか。本当にあいつらが有能で、俺を無能だと判断したのだろうか?まあいい、気付いていようがいまいが、こちらの望むままの結果が出たのだ。せいぜい俺が残した数々の不始末のしりぬぐいをしてくれ。そしてお前たちが有能だとした豚どもの無能さに苦しめばいい。
俺が裏で手を回し作り出したお前たちの成果もすべて幻となって消えるのも時間の問題だが、有能ならそのぐらいどうとでもできるだろう。

「ほんとうか!?じゃあルルーシュはずっとここにいるんだな!」
「ああ、お前が嫌じゃなければここにいたいと思う。出来ればナナリーも」
「ナナリーなら大歓迎だ!いつ来るんだナナリーは?」

馬鹿なスザクだが、ナナリーの事は覚えていてくれたらしい。
大きな目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに言ってくれるので、こちらも自然と笑顔になる。

「あの子は身体の事があるからまだ向こうにいるが、再来年・・・早ければ来年の末には来れるようになる」
「そっか、ルルーシュもナナリーも、俺が守ってやるからな!」

ああ、スザクは変わらないな。と安心し、にこにこと笑う犬神の頭をもう一度撫でた。

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