オオカミの呼ぶ声2

第 13 話


「まってまってまって。大体、藤堂さんが結婚するって話、誰が始めたのよ?言っときますけどね、私は今朝も会ってるのよ。むしろ一緒に朝食も食べたのよ。でもね、そんな話一切なかったわ」

根も葉もない噂を流すな!と、カレンは呆れたように言った。
だけど、本当にそうなのだろうか?
いや、藤堂先生の傍に番いになるような人はいなかったし、見知らぬ匂いも無かった。でも藤堂は常にここにいるわけではなく、時々隣町にも行ってるから、そっちに番になる予定の女性が住んでいたのだろうか?もしそうなら、藤堂はもう来てくれなくなるかもしれない。人間は番いになったら新しい家で一緒に暮らす。神社の事と新し家と道場で忙しくなって、もうあの家には来ないかもしれない。神社に行けば今まで通り会えるけど・・・。

「ほら、あんた達が変な事言うからスザクが落ち込んだじゃないの!」

カレンがぷりぷりと文句を言いながら、俺の頭をガシガシと撫でた。女性らしい優しさが足りないガサツなカレンとしては、これが精いっぱい優しく撫でているのだ。いささか乱暴だが愛情が伝わる手に、いくらか気分が浮上した。

「で、でもね、見たのよ。結婚相手を連れてきたのを」
「そうよ、すっごく綺麗な人なのよ」

ね?と、一緒に来た女子たちに確認するように彼女は言ったが、その顔には自信を感じられず、同意を示した女子たちの反応もなにかおかしかった。

「ねえ、一応聞くんだけど、あなたたちがその目で見たのね?」
「何言ってるんだカレン、見たって言ったぞ?」
「いいからあんたは黙ってて」

不機嫌に言うカレンに睨まれ、これ以上言うのは止めた。カレンは俺よりも勘がいいからこの違和感の答えを知っているのかもしれない。

「で、見たの?あなたたちが、自分たちのその目で」
「え、ええと」
「見てないんでしょ?誰かが見たっていう話を聞いただけなんでしょ?なんでそれで、結婚相手を連れてきたのを見た。なんて堂々と言えるのかしら」

反論できず口ごもった相手に、呆れたように言った。なるほど、彼女たちは誰かから聞いた話を信じているだけで、自分たちで確認してないのか。さすがカレンだ。よく気付いたなと感心する。

「私たちは見てないけど、みんなそう言ってるわ」
「そうよ、まるで私たちが作り話したみたいに言わないでよね」

楽しい話題の裏を取りに来ただけなのにと、カレンに反論されて気分を害した女子たちは、不愉快そうだった。みんなが勘違いをしているかもしれないと指摘したのに「みんなが言ってることを否定するのはおかしい」と非難してくる。意味がわからないが、口出しするとカレンが怒るのでおとなしく話をきいていよう。

「大体、私はスザク君に聞きに来たのよ。出しゃばらないでくれる?」
「そうよ。スザク君のお気に入りだからって、何でも仕切ろうとしないでよね。これは、私達と、スザク君の話なの。大体、盗み聞きなんて失礼だと思わないの?」

とんでもない主張に、俺は思わず自分の耳を疑った。
これからお昼を食べようと、席を動かしながら雑談していた場に割り込んできたのはそっちなのに、自分勝手な事を言っているんだこいつらは。カレンに対する暴言も、これ以上は許せない。こんなやつらと話すことなんてない。こいつらは敵だ。思わず低いうなり声をあげると、俺が怒っている事に気付いた女子たちは顔をこわばらせ小さな悲鳴を上げた。周りからは呆れたような溜息と笑い声が聞こえてくる。笑っている一人はカレンだ。

「ねえねえ、あんたたち、そういう陰口はスザクが居ない所でやるもんでしょ。自分がどれだけ嫌な人間か、わざわざスザクの前でさらけ出すなんて、あんたたち馬鹿なの?いっとくけどね、そういう性格の人間、こいつ大っ嫌いなのよね」
「な、あ、あなたが言わせたんでしょ!」
「人のせいにしないでよ。でも、何となくわかったわ。あんたたちは何も見てない。今朝登校した時には誰もこの話はしてなかったから、この学校に藤堂さんが誰かを連れてきた。それも、美人ってことでしょ」

違う?とカレンが聞くと、図星なのだろうか、女子たちが口をつぐんだ。でも、カレンが言い方を変えただけで内容は殆ど変わらない。やはり結婚相手を連れてきたのは本当なのか?

「その美人と藤堂先生が結婚するのか?」

黙っていろと言われたが、もう黙っていられない。
確認するように尋ねると、カレンが驚いた顔で「はぁ?」と間抜けな声 をだし、教室内は先ほどとは違うざわめきに包まれた。

「そうなのよ!ほら、スザク君だってそう言ってるじゃない!」
「あーはいはい、スザクはただ馬鹿なだけだから。ここまできてわかってないのは、あなたたちとスザクだけよ」

心底呆れたようにカレンが言うと、同意するようにクラスメイトは笑った。
どういう意味だ!?とカレンを見ると、ガシガシと頭を撫でてきた。

「藤堂さんが学校に連れてくる美人なんて、一人しかいないじゃない」

伝言ゲームって怖いわね。
あいつが聞いたら怒るわよ。と笑いながらカレンは言った。

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