「ふむ、そうか。では、そのように取り計らおう」
見た目が怖く普段はしかめっ面が多いため、生徒から恐れられているこの老人が、好々爺という言葉が当てはまる笑顔でそう言った。まるで可愛い可愛い孫が来て喜んでいるようにも見える。
「ありがとうございます」
手放しで受け入れられる理由はない、警戒すべきだと警鐘を鳴らす自分と、カグヤの従者を警戒する必要はないと信じ切っている自分がいる。前者は今までの生活から考えれば当然の思考。後者は周りを信じすぎている愚かな思考だ。だが、恐らくは後者が正しい。そう考えれば考えるほど、向けられる情がくすぐったい。スザクの友達でスザクが高校にいく理由になるからだとわかってはいても、ここにいる人たちから向けられる好意は、蜂蜜でできた底なし沼のように甘く纏わりつき、ずるずると沼の底へと引きずり込もうとしてくる。
彼らがいい人だという事は解っている。
だが、中には扇のような人間もいるし、学校には外の土地の者も多い。甘い沼の底で油断してまた失態を犯す訳にはいかない。
「で、身体の方はもういいのか?」
「はい、こうして歩きまわれる程度には」
「もう大丈夫」だと口で言うのは簡単だ。
だが、今の体が正常ではない事を知っているから、今後不足の事態が起きた時の事を考え、桐原には・・・いや、同席している藤堂を含め二人にはある程度把握してもらった方がいいだろう。
「いくつか大きな病院に伝手がある」
そういいながら、桐原はファイルを出した。
ファイルの中は病院の資料。俺の性格を考え、納得の行く病院を選べと言うことなのだろう。しかも、ナナリーにいい病院をと調べたときに目にした有名な病院
ばかりだ。これはカグヤの力か、桐原の力か。どちらにせよ、ナナリーに何かあった時の選択として使える駒が増えた。
資料をファイルに戻し、テーブルの上においた。
「ありがとうございます。ですが、これは病気ではありません。あちらで無理をした事が祟ったのでしょう」
碌な食事ができず、睡眠時間も殆どとらない状態で過ごしていた。若さで持っていたと言ってもいい状態。過労死ぎりぎりの所で生きていた。だからこんなに短い間に事を終わらせる事が出来たし、あとはあちらにいる者たちが予定通りに動いてくれれば、1年ほどでナナリーもこちらに来れるようになるだろう。そこまで予定通り進み、ここに戻って来た事で張りつめていた神経がゆるみ、一気に不調が出たのだ。
この体調不良はそれだけが原因ではないが、どちらにせよ病ではないし病院で検査しても結果は得られないものだから、無理をせず静養していればいずれよくなる。
「そうか。その資料は持っているといい。必要になったら直ぐに手配をしよう。学校の事だけではなく、この地で暮らすための手続きはこちらでやっておく。今はゆっくりと身体を癒す事だけ考えよ」
手続きは自分で、と言いかけたが、ここは甘える事にした。
何かを細工し、俺を貶めるようなことはしないはずだから。
「藤堂、スザク様のお屋敷は近日中に修繕させる。どう修繕するかはお二人と話し合い、報告を」
「わかりました」
「では、話はここまでだ。これ以上は身体に障る」
「お気づかい感謝いたします」
退席しようとしたとき、スザクも忘れずに連れて帰るようにと桐原が言うので、藤堂と二人思わず苦笑しながら解りましたと答えた。
「ルルーシュ君が来ているのに、何も言わずに帰ってしまうとスザク君が怒ってしまうな」
廊下を歩き、スザクとカレンがいる教室を目指しながら藤堂が言った。
今は休み時間という事もあり、部外者が珍しいのか生徒たちがこちらをじろじろと見てくる。居心地は悪いが、殺意が混ざっていないだけましか。黒髪とはいえ外国人だから余計に物珍しいのかもしれない。
「そうですね、その上学校帰りに買い物にも行ったと言えば、不貞腐れるかもしれない」
違いないと藤堂は笑った。
「それにしても、みな妙に浮かれているな」
「生徒の話ですか?それは外国人の俺がいるからでしょう」
「まあ、それはあるかもしれないが、しかし・・・」
それにしてはどうにも妙だなと藤堂は眉を寄せた。
学校などここの小学校に通ったきりの自分としては、何が妙かは解らない。なにせあの当時はスザクが傍にいるだけで周りから注目されていた。正しくはスザクが注目されていたのだが、好奇の目で見られていた事に変わりはない。
「考えても仕方ありませんよ。スザク達の教室はあそこですか?」
聞いていたクラスの標識が見えたので尋ねると、そうだと藤堂は言った。
そのクラスは人だかりが出来ていて、「毎日毎日、私達は動物園の動物か!と言いたくなるぐらい見物人が来る」とカレンがぼやいていたので、標識が見える前からあそこだろうなとは気づいていた。動物園の動物ではないが、人間に化けられる狼だから、まあ、見物人が一人二人いてもと思いはしたが、それにしては多すぎる。廊下にいた生徒がこちらに気付き、俺の方を指さしながら妙なテンションで騒ぎだした。人を指さすだけでも失礼だというのに、何なんだ。藤堂がどうこう言っているが、何人もが同時にきゃっきゃと変なテンションで騒いでいるから良く解らない。
外国人を連れてきたとでもいいたいのか、失礼だな。
日本人は人種差別が少ないと聞いたが、それは嘘だ。
不愉快だなと眉をよせたとき、教室内から聞き慣れた声が聞こえた。
「わかった、ルルーシュだ!」
それと同時に走りだす音。
「ちょっと、待ちなさいスザク!」
こちらも知った声。走りだす音と共に、カレンと他の生徒らしい悲鳴のような声も上がる。絶対近くにいた女子生徒にぶつかるかなんかしたな。あいつはいつになったらお淑やかになるんだ。ナナリーを見習え。と考えていると教室から予想通りスザクが駆けだしてきた。
勢いよく駆けて、こちらに気付き、スピードを落とすことなく体当たりしてきた。いや、スザクやカレン、藤堂から見れば抱きついた、なのだろうが、タックルだろうこれはと言いたくなるほどの衝撃に思わず「ほわぁぁぁぁ!?」と、間抜けな悲鳴を上げてしまった。後ろに勢いのまま倒れるかと思ったが、幸いにも隣にいたのは藤堂。余裕で支えてくれた。助かった。間抜けな悲鳴だけではなく、間抜けな尻もちをつく所だった。
「こらスザク、危ないだろう」
藤堂がいなければこの固い廊下に尻を打ちつけていたぞ!と叱りながらかがめば、そこには反省の色など欠片も無い満面の笑みのスザク。
「ルルーシュ!俺に会いに来てくれたんだな!!」
断言しながら首に抱きつかれ、いや違うぞと云いそびれてしまった。
ここまで喜んでいるのに違うというのは可哀そうな気もする。
「ルルーシュ、大丈夫?」
カレンが苦笑しながら歩いてきた。その後ろには、小学校の頃に同じクラスだった面々の成長した姿が並んでいた。先ほど失礼な態度を取り騒いでた面々は何やらざわざわと新たな騒音を出しながら彼らの後ろにいる。何人かが、そんな生徒に「あれが、スザクの親友のルルーシュだよ」と言っている。
「ああ、悪いな騒がせてしまった」
「いいのよ、元々騒がしかったから。あんた出歩いて大丈夫なの?」
「買い物ついでに桐原・・・校長に挨拶をしに来たんだが」
思いのほか引きとめられ、2時間以上居座ってしまった。
いや、今思えば昼時になるよう引きとめられていたのかもしれない。
あの男はタヌキだからありえる。
「買い物?もう行ってきたのか?」
ようやく首から離れたスザクが目をキラキラさせていった。
「いや、これからだ。近くに大きなショッピングモールがあると聞いたから、藤堂さんに連れいってもらうところだ」
「あー、だから藤堂さんもいるのね」
納得したとカレンは言った。
ここから離れているため、行くには自転車か車が必須なのだ。
「私は荷物持ちだよ」
藤堂は笑いながら言う。
「俺も!俺も行く!俺も荷物持つぞ!まかせろルルーシュ!」
「じゃあ私も行こうかな。あんた荷物少な過ぎだもの、服とか買うものいっぱいあるでしょ。お鍋とかも新しいの買わなきゃいけないし。あー、調味料も必要よね。という事で、先生!紅月カレンと枢木スザクは早退します!」
カレンが手をあげながら宣言するので振り返ると、何人もの教師がそこにいて、これは仕方がないねと笑いながら許可してくれた。