オオカミの呼ぶ声2

第 25 話


「・・・なあカレン。ルルーシュどうしたんだ?」

不愉快そうな顔で風呂場へ向かったルルーシュの背を見送りながら、恐らくは元凶であろうカレンに聞いたが「大したことじゃないわよ」と、笑いながら言われた。まあ、こうして笑っているなら本当に大したことはないのだろう。

「はい麦茶」

ちゃんと水分取りなさいよといいながら、カレンはよく冷えた麦茶をグラスに注ぎ、テーブルに置いた。グラスには氷が沢山入っていて時折溶けた氷がカランと音を立てる。
冷たい麦茶は夏というイメージがあるが、ルルーシュが戻ってきてからは冷蔵庫に必ず入っていた。ルルーシュ曰く、安いし冷蔵庫に入れておけば勝手に出来るから楽なんだとか。

「カレンは風呂に入らないのか」
「帰ってから入るわよ。明日も学校あるし泊っていけないもの」

一応、勉強の名目で来ているのだから、着替えは持ってきていないという。さっきナオトからも帰るときは迎えに来ると連絡があったらしい。昔とは違い、この地に来る観光客が増えたから治安がいいとは言い切れないし、ルルーシュとカレンを守る呪い(ルール)は即発動するとも限らないから、迎えに来てくれるならその方がいい。

「なあカレン」
「なに?」

勉強道具など既に鞄の中。ナオトが迎えに来るまでゲームをしようと準備を始めていたカレンに、前から気になっていた事を聞く事にした。

「カレンは大人になったらここを出ていくのか?」

カレンはピタリと動きを止め、驚いた顔でこちらを見た。
ああ、きっと今まで考えた事もないんだなとわかりほっとする。

「なになに、今度は誰に何を言われたのよ?」

ゲームはやめやめ!と、カレンはさっさと片付けをして戻って来た。

「大人になったらここを離れるやつ多いだろ」
「・・・まあそうね。ここで就職とか難しいもの」

何せここは田舎だ。
神社の傍に多少店が出来たり、少し離れた場所にショッピングモールが出来たりはしたが、そんなものだ。ここで働くなら選択肢は少なく、競争率は高い。カレンとルルーシュが望めば桐原達が動いて働く場所ぐらいどうにでもなるだろうが、二人はそれを良しとはしないだろう。 となれば、答えは簡単だ。
ここを離れ、都会に行ってしまう。
カレンもここを離れて好きな男が出来れば戻らないと玉城は言っていた。

「う~ん・・・大学に行くから一時的に離れるけど・・・」

桐原は前々から大学もここに作ろうと考えていたが、カレンが拒否していた。ルルーシュにも確認したらしいが、こちらも同じ。目指すべきものがあるなら、それを得意とする大学を受験し、学ぶべきだと返された。だから、ここに大学を建ててもルルーシュとカレンは通わない。
ルルーシュはナナリーをここに呼びたいと言っていたし、目と足が不自由なナナリーの療養もと言っていたから、大学を卒業後はここで暮らすと思うけれど、カレンは?ああ、どちらにせよ、高校を卒業したら二人はここを離れてしまうのか。この地に縛られていなければついて行けるのに。
でも、それはそれで大変か。
カミサマは、ニンゲンの気持ち次第でバケモノ扱いされ討伐の対象になる。
バケモノのトモダチも対象にされるか、討伐する側に回る。
それが、ニンゲンという種だ。
それまで、仲の良かった人たちが。
それまで、神様と崇めていた人たちが。
クワを、カマを、武器を手に殺せ殺せと口ずさむ。
疑心暗鬼という名の鬼が心の内で成長し、人を操り襲ってくる。
魑魅魍魎・悪鬼羅刹よりも、人の姿をした鬼の方がはるかに恐ろしい。
いや、恐ろしかった。
俺は、かつてそれで死にかけ、ニンゲンに救われた。
昔の事を思い出すと頭がずきずきと痛む。
・・・ああ、あんな何百年も前を思い出さなくても、最近起きたじゃないか。それで手傷を負って、寝てる間にルルーシュを連れて行かれたんだ。ニンゲンの裏切りは時代が変わっても変わらない。

「ちょっと、どうしたのよ。お腹でも痛いの?」

こつんと、頭に小さな衝撃があり、見ればカレンが不安そうなめで顔を覗きこんでいた。目が合うと、「痛いなら痛い。辛いなら辛いって、言葉に出して言いなさいよ」と頭をがしがしと乱暴に撫でてくる。それだけで、不安は霧散した。

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