ぼくのヒーロー 第2話  ひみつのことば

私の腕には、その体よりも大きなパーカーを着て、大きなフードを被り、その顔にゼロのお面をつけた幼児が抱かれていた。
ちなみに、このパーカーは、今日ここに来る際に私が着ていたもので、当然女性用、しかもピンクだ。
ブリタニア人とわかる透き通るような白い肌を出来るだけ隠すため、袖は指がぎりぎり見えない場所で折り、足は長めのパーカーのおかげもあって見えない。
さすがに首回りが空いてしまうので、そこはゼロのスカーフをそのまま巻き付けた。タイピンは危ないので却下だ。
そんな幼児を抱きかかえながら階段を下りる私を、ものすごく残念そうな顔で皆が見ていた。
その様子に、ゼロがどうにかしてくれるのではないか、と言う期待が少しはあったのだなと見て取れた。
お前達ゼロに頼り過ぎだ。まったく。
それなりに時間をかけて降りてきたんだが、未だ子供たちは泣きやんではいない。
泣き叫ぶ子どもと、立ちつくす大人、そして彼らと対峙する天使・・・いや幼児ゼロを抱いた私。なんだこの光景は。
腕の中のゼロは、周りの様子に、驚いているのだろう。体を僅かに強張らせながら、辺りを伺っていた。
幼児になったとはいえルルーシュは賢く、そのうえ今までの記憶も全てある事は確認済みだ。
自分の置かれた状態も把握し、1階の惨状も説明したとはいえ、実際に目の当たりにするとやはり違うのだろう。
精神や感情は幼児のそれになってしまっているらしく、不安からその指はぎゅっと私の服を掴んでいる。可愛い。なんだこいつのこの可愛さは。
出来る事ならこのお面とフードを取り払ってしまいたい。

「・・・その子供が、ゼロか」
「ああ、これがゼロだ。残念だが、見ての通りゼロもこの状態だ。あまり期待はするな」
「ってか、ガキに戻ったのにまだ顔を隠すのかよ!?いいだろ別にガキなら見せても」
「このド阿呆が。ゼロの顔は、解る者が見れば、すぐに素性がばれてしまう。それがたとえこの幼さでもな」

私は固まったままのゼロを抱えたまま、ゼロがいつも座っているソファーの中央へと腰をかけた。
さて、どうしたものか。私は自分の方に向けていたゼロの体をくるりと回転させ、周りが見えるような形で抱え直た。
腕の中にしっかりと収まり、呆然としていたゼロは、ようやく硬直が解けたのか、ハッとしたように腕を振り上げた。

「おまえたち、よくきけ。まずは、このじょうきょうにかんして、かんこうれいをひく。けして、がいぶにもらすな」

突然の幼子の言葉に、皆の視線がゼロに移る。

「たまき、そーこから、じゅーすと、おかしをもってこい。こどもは、たいていそれで、なきやむ。いそげ!」

どたどしいながらも、それでもいつもの口調で、ゼロが玉城を指差し(袖で指は見えないが)指示を出す。

「へ?え?あ、わかった!すぐ持ってくるからな!」

玉城は一瞬呆けた後、慌ててトレーラーから飛び出し、倉庫へ向かった。

「ちば、あさひな。おまえたちは、こどもふくをかってこい。このままでは、みなかぜをひいてしまう。かーどは、おうぎのうちぽけっとに、はいっているはずだ。らくしゃーたは、ふたりがきがえてくるまでに、どのさいずのふくがひつようか、めもにかきだせ」
「「承知!」」
「はいよぉ~」

朝比奈が扇のポケットからカードを取り出し、その間に戻ってきた玉城が、ジュースとお菓子を渡した事で大人しくなった子供達のサイズを、ラクシャータがさらさらと紙に書き出して行く。
KMFの設計者だからか、それとも元医療系だからなのか、ラクシャータは躊躇うことなくサイズを書き出している。
ゼロの方もちらりと見ただけでペンを動かしていた。やるなこの女。あれか、スリーサイズも見ただけで解る能力の持ち主か?
私はそのラクシャータに、ゼロの分には手袋と、頭髪が見えないようにするため、フード付きの衣服を買うよう指示を出した。

「せんば、うらべ。ほかにも、こどもになっているものがいないか、あじとを、みてまわってくれ」
「「承知!」」

仙波と卜部がトレーラーから走り出した。

「たまき、えんにちようの、おもちゃをいくつかもってきて、にかいのおくのかみんしつで、しばらく、そいつらとあそんでいてくれ」
「任せとけゼロ!ほら、おめーら上に行くぞ、上に」

機嫌のよくなった子供達を連れて、玉城は二階奥の倉庫兼仮眠室へ移動した。
千葉と朝比奈が私服に着替えて戻ってきたので、ラクシャータが書いたメモを渡すと、すぐに買いだしに出て行く。

「らくしゃーた、げんいんをしらべる。まずは、おなじようなげんしょうが、ほかのばしょでもおきていないか、しらべることはできるか?おまえのちーむのものには、このじょうきょうを、せつめいしてもかまわない」
「まーかせてぇ、ゼロ。うちの連中と大急ぎで調べるわぁ」

ラクシャータはキセルを咥えながら、トレーラーを後にした。
ここに残っているのは私とゼロと藤堂の三人だけとなった。

「とうどう、わたしはみてのとおり、しばらくのあいだ、うごけない。きたばかりの、おまえに、たのむことではないのだが、しばらくのあいだ、きしだんをたのむ」
「・・・心得た」

大きく藤堂が頷き、ゼロも応えるように頷いた。
こんな幼子の指示だと言うのに、やはりゼロが指示を出したという効果なのか?仙波と卜部に指示が出た頃には、皆の顔色が元に戻り、その表情から不安の色が消えていた。
流石私の魔王だ。流石私の天使だ。
「わたしはつねに、しぃつーと、こうどうするつもりだが、このじょうきょうでは、どうなるかもわからない。だから、とうどう。まんがいちのために、おまえには、わたしのすじょうを、おしえておく」

その言葉に、私と藤堂は目を見開いた。

「藤堂を信じていいのか?ゼロ」
「しぃつー、いまのわたしは、かんじょうも、せいしんも、こんとろーるしきれない。だからこそ、おまえいがいのみかたを、ひとりそばにおきたいのだ」
「そうか、お前がそう思うのであれば、私に嫌は無いさ」

視線を藤堂へ移すと、藤堂は真剣な眼差しで私の視線を受け止めた。
私は見定めるように、じっとその瞳を見つめ続ける。

「とはいっても、このばでかおをみせることも、なまえをいうこともできない。わたしのへやいがいは、ひとのでいりがおおい。とうちょうきや、かめらのそんざいは、ひていできないからな」

たどたどしくしゃべるゼロの言葉を、藤堂は一字一句聞き洩らさないようにと、その表情は真剣だった。

「せんぜんの、はなしだ。わたしは、おまえとあっている」
「戦前に私と?」
「そうだ。おまえのどうじょうで、わたしたちはあっている。さいごにあったのは、とあるもりの、さんどうだ」

過去を思い出しているのだろか、藤堂は顎に手を当てながら、思案していた。
だが、それだけの情報では、思い当たる人物が居ないようだった。
道場と山道だけでは、当てはまる人物が多すぎるのかもしれない。

「わたしのあんさつのめいを、きりはらからうけていただろう?わすれたか、とうどう」

その言葉に、藤堂は驚きに目を見開き、ゼロを凝視した。

「まさか、君は」
「どうじょうでは、わたしのともが、おまえにわざの、くんれんをうけていた。わざのなまえを、おぼえられないと、ともはいつもいっていた」
「・・・その技の名は?」
「ひのぼりりゅう、まこといちしき、せんぷうきゃく。いや、くるくるきっく、というべきか?」
「・・・そうか、生きて、いたのか」
「にほんでは、いきはじをさらしている、というのだったか?」

苦笑するように言ったゼロのその言葉に、藤堂はそれまでの厳しい表情を和らげ、私が今まで見た事もないほど、穏やかな笑みをその顔に浮かべた。
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