ぼくのヒーロー 第4話 ひみつのあじと |
新しく用意されたアジトは、かなり広々とした場所だった。 そこは旧地下街跡地の一角。 天井が崩れ落ち、封鎖されてた箇所が多く、けして広いとは言えなかったが、比較的綺麗な場所だった。 ゼロの指示の元、ラクシャータ達が電源を回復させたので、とても明るく、空調もちゃんと生きている。 その場所が選ばれた理由は、戦前その地下街に医療施設があり、いまもそのままの状態で放置されていたためである。 埃をかぶり、荒れ果てた嘗ての病院をラクシャータ達は、清掃し機材を持ち込んだ。 元病院の近くには、かつての喫茶店や書店、カラオケボックス、子供服の専門店が当時の原形をとどめており、ゼロはまず、カラオケボックスを子供たちの居住区にするべく整備を指示した。 荒らされることのなかった個室は、ほとんど清掃せずに済んだらしく、毛布を運び入れると、遊び疲れた子供たちはソファーをベッド代わりにして、すぐに眠ってしまった。 幼いカレンは、流石にここにおいてはおけないと、ラクシャータが連れて行った。 今ここにいるのは藤堂、千葉、仙波、卜部、朝比奈、玉城、そしてわたしとゼロ。 時刻は既に20時を過ぎていた。 「たまき。あのきっさてんを、しょくどうにする。つかえるようにしてくれ」 「おう、まかせとけ!」 元気いっぱいの笑みを顔に浮かべ、玉城は自分の胸をドンと叩いた。 普段は全く役に立たない男だが、今のこの状況では、何故か頼もしく見えてしまう。これが俗に言う、吊り橋効果と言う奴だろうか。 「せんば、うらべ、あさひな。あのようふくてんを、しれいしつにする。ちば、こどもふくのなかから、つかえそうなものを、わけてくれ」 「「「「承知」」」」 「とうどう、ここのしきは、まかせる。すまないが、わたしも、そろそろ、げんかいのようだ」 「承知した」 眠そうな声で、たどたどしく、たまに欠伸をしながらも指示を出していたゼロに、そこにいた者は皆、眉尻を下げて苦笑した。 その様子に、私はだんだん心配になってきていた。 「私の知る限り、幼い頃のゼロは、体があまり丈夫ではない。すまないが、明日の朝まで下がらせてもらう」 「ああ、そうしてくれ。無理をさせてすまないなゼロ」 「・・・きにするな、とうどう・・・むりなど、していない」 半分眠りかけているゼロが、こくりこくりと舟を漕ぎながら返答した。 無理をしているのは明らかで、その様子に大人たちは僅かに目を伏せた。 「よっしゃ、ここからは俺達大人にまかせて、ゼロはさっさと寝てくれ」 そんな空気を振り払うような玉城の元気いっぱいのその言葉に、ゼロは小さく頷いた。 「・・・しぃつー、わたしをらくしゃーたの・・・もとへ。・・・そのご、おまえも、さぎょうに・・・」 「おまえ、ラクシャータにも素性をばらすつもりか?」 「・・・けんさをも、じつけんも・・・まずわたしを・・・それに、おまえもいって・・・おさないころ・・・からだが・・・」 眠りに落ちるのをどうにか堪えながら、とぎれとぎれ話すゼロの頭をフード越しにわたしは撫でた。 「体調を崩せば、どの道ばれる、か。仕方ない、ラクシャータの元へ運んでやろう。だからお前はもう眠れ」 わたしはいつも通りの口調で話しながら、そっとゼロを抱き寄せた。 「・・・すまない」 その言葉を最後に、ゼロから規則正しい寝息が聞こえ始めた。 それを見ていた私を含める大人たちは、みんなホッと息を吐いた。 当然だろう。本来ならあの子供たちのように泣きわめき、遊びまわる年齢まで若返ったと言うのに、それでも指揮官として立とうとするその姿は見ていて辛い。 かといっても、この混乱する状況にゼロなしで対応など不可能に近かった。 無茶をさせたくは無いが、頼らざるを得ない。3歳の幼子に頼り切っている自分達の不甲斐無さを、痛いほど実感していることだろう。 そして、これだけ幼くても限界まで無理をしているのだ。普段もどれだけ無理を重ねていたかを知ったはずだ。 「しっかし、ずっりーなぁ。ラクシャータは。ゼロの正体みれるのかよ~」 口ではそう言うが、このゼロの様子を見ていたからだろうか。俺にも見せろ、親友なんだからな、と言ってこないとは驚きだ。この短時間で随分と成長したものだ。 「私も、今日一日で藤堂に続き、ラクシャータにまで正体を明かすなど、思いもしなかったぞ」 深く嘆息しながら私は呟いた。 「え?藤堂さん、知ってるんですか?ゼロの正体!」 朝比奈が真っ先に食いつき、全員の視線が藤堂に集まった。 ああ、しまった。本当に疲れているんだな私は。こんな事を言ってしまうなんて。すまんゼロ。すまん藤堂。不可抗力だ。 「あ、ああ。それは、だな」 藤堂がどうしたものかと眉を寄せて言葉を詰まらせた。大丈夫だ、責任は私が取る。 「ゼロは戦前、藤堂と面識があった。だから今回の事で、藤堂には教えたんだ。おそらくラクシャータもゼロを見れば、その素性に気づくだろうな」 「戦前に?ゼロは日本人じゃないんだろ?戦前から日本にいたのか?」 「ああ。戦前から彼はこの日本に住んでいた。その事は桐原公もご存じだ」 玉城の質問に、藤堂は応えたが、ちょっと待て。桐原の名前は出していいのか? 桐原と藤堂と面識があるなんて人物はそうは居ないが大丈夫か?まあ、問題ないか。面識と言っても正式ではなく、隠れてのはずだしな。 藤堂、お前やっぱり平気な顔してるけど、相当疲れているだろう。 「桐原公がゼロと面識があったと聞いてはいたが、戦前の話だったのか」 仙波が、腕を組み、ふむと頷いた。 その様子を見て、ようやく失態に気がついた藤堂は、しまったと僅かに顔を顰めた。 これ以上この話を引きずるのはまずい、非常にまずい。こんなグダグダな会話がばれたら私の天使が悪魔になってしまう。・・・それはそれで可愛いかもしれないが。 だが、これ以上心労を増やすわけにいかないし、何より信頼を失うわけにはいかない。ちびゼロを抱っこする権利は私の物だ! 「この話はもういいだろう?私はゼロをラクシャータに預けてくる。間違ってもゼロの正体を覗きに来るなよ?」 「おう、安心しろって。これ以上ちっさくなったゼロに負担掛けるわけにはいかねーからよ!」 本当にどうしたのだろう。頼もしいぞ玉城。私の中の玉城への高感度がぐんと上がった。とはいえマイナスからプラスに変わった程度だが。 玉城がひらひらと手を振っているので、私は軽く頷き、眠るゼロを抱いて病院へ足を向けた。 ラクシャータと私とゼロだけが居るその部屋で、私はゼロの仮面を取った。 予想通り、ラクシャータはすぐにゼロの、いやルルーシュの素性に気がついた。 ブリタニア人で黒髪、そして素性を隠さなければならない経歴。瞳の色は紫だぞ、と言うと。そうよね。と呟いた。 ガニメデの研究もしていたラクシャータは当然だがマリアンヌの事も、過去の事件も知っていた。母を失った幼子の末路も含めて。 ラクシャータはキセルを咥えながら、しばらく真剣な顔でゼロを見つめた後、私の方へ視線を向けた。 「ゼロの正体はうちの連中には教えないわ。ゼロの検査も私一人でやるわよ。それでいいね?」 私はその答えに、思わず笑みを浮かべ頷いた。 小児科から運んだと言う幼児用のベッドに眠るカレンの横にゼロを寝かせ、私は作業のためにその場を後にした。 |