ぼくのヒーロー 第7話   こわれたはこにわ

えぐえぐと泣きじゃくるルルーシュを、硬直した男の腕から取り戻した私は、その体をしっかりと抱きしめた。

「怖かったな。よしよし、もう大丈夫だ。な、いい子だルルーシュ」

私の胸に顔をうずめ、ぎゅっと両手で服を掴み、どうにか泣きやもうと必死のその姿に、私は眉尻を下げた。優しくその頭を撫で、優しい声で、大丈夫だと何度も言い聞かせる。私の声音に安心したのか、それともスザクの手から逃れたことで、安心したのかは解らないが、泣きつかれ、今にも眠りに落ちそうな顔をしていた。
その私達の姿を、スザクは呆然と見つめていた。
泣きながらの<嫌い>と<助けて>のコンボが相当効いたようだ。

「枢木スザク。お前の言う通り、これはルルーシュだ。原因は解らないが、先日、ルルーシュを含めた数人がこのように幼児化した。この状態ではナナリーの元に帰れないからな。原因が解り、元に戻るまでルルーシュは私と共に居る」

まだショックから立ち直れないのか、のろのろと視線をルルーシュから私へ移し「ルルーシュ以外にも?」と、聞いてきた。

「ああ、近くにいた者も幼児化した。今、こちらの研究員が原因を調べている」
「なら、軍に協力を」
「馬鹿かお前、ルルーシュの立場を忘れたのか?血液検査をしただけでも、こいつが皇族だとばれるぞ?皇族の血は特殊だからな。見つかったら最後、また人質か政治の道具だ。あるいは私と同じ実験材料だな。ナナリーは可愛らしいから、どこぞの変態貴族に嫁入りさせられる」

私のその言葉に、腕の中の幼子は体をびくりと震わせ、スザクは目を見開いた。そうなる可能性を考えていなかったという表情だ。愚かだな本当に。

「だからと言って、ルルーシュにゼロのような格好をさせて、ゼロと呼ぶような君の傍に・・・」

こちらを睨みつけながら話し始めたその男の声は、段々尻すぼみとなり、視線を再びルルーシュに戻した。


さっき、ルルーシュは言っていた。
スザクに見られた、と。いったい何を?
どうしてルルーシュが僕から逃げようとした?子供の姿を見られたくなかったから?いや、違う。
明らかに彼女に助けを求めていた。助け。つまり僕が危険だから。僕が危険?ルルーシュにとって?なぜ?
スザクが怒った、嫌われたと彼が言った時、僕は何と言った?卑劣で卑怯、だがそれは彼にではなく。

答えは、もうそこまで出かかっていた。
認めたくないから、そこから出てこないだけ。
彼はゼロに似た格好をしていて、彼女は彼をゼロと呼んで。ナリタではゼロと共に彼女がいて。
彼女と出会ったときに居たのは彼で。裁判所へ向かう僕を助けに来たのはゼロで。
今、僕がゼロを否定した時に彼は泣いて。
彼の前でも何度もゼロを否定して。僕はゼロを捕まえるために何度もゼロと対峙して。
ならばゼロにとって僕は危険で。
黒い服とゼロの仮面の下を僕が見て。だから彼は。

答えなんて一つしかない。

「ルルーシュが、ゼロなのか?」

その答えに、ルルーシュはビクリと体を震わせ、泣く事で答えた。
ああ、泣かせたくて言ったわけではないのに。君に危害を加える気などないのに。
彼に近づこうと足を進めたその時、僕の足音に気がついた彼はこちらを振り向いた。

「すざくはてきだ!あっちにいけ!」

彼から言われたその言葉に、僕の思考は再び停止した。

これは、面白いな。
再び動きを止めた男を、私は冷めた目で見つめていた。
ルルーシュ=ゼロと気付いたのはある意味仕方がない。ルルーシュがこの状況では、嘘と言う盾で身を守ることも、偽りの仮面をかぶることも無理だ。
つまり今のルルーシュの言葉は嘘偽りなく、本心。
それに本能的に気が付いているのだろうスザクは、顔を真っ青にして、その場に立ちつくした。ルルーシュとナナリーのスザクに対する執着は知っていたが、スザクの方も中々のようだ。まあいい。私はこいつをこの男に渡すつもりなど更々ないのだからな。

「気付いたか。まあいい。ナナリーには言うなよ?じゃあな」

さすがにもう限界だろう、眠りかけているルルーシュを抱き直し、私は足を進めた。

「だめだ!行かせない、ルルーシュは返してもらう」
「・・・まだ言うか」

硬直から解けた男は、私達を邪魔するように立ちふさがった。その様子に私は眉を寄せる。いつの間にか立ち位置が変わり、スザクが扉側になっていたのだ。

「いまならまだ引き返せる。ルルーシュが子供に戻ったなら、なおさらだ。ゼロをやめて、平穏な生活に戻ってもらう」
「ルルーシュに死ねと言うのか、お前」
「なに?」
「前に私も、ルルーシュがゼロになるのを止めた事がある。手足を撃ってでも行かせまいとした事が。その時ルルーシュはどうしたと思う?」
「・・・どうしたんだ?」
「その手に銃を持って、自分の頭に銃口を向けたよ。邪魔をするならここで死ぬと私を脅したこいつの眼は本気だった」

私の言葉に、スザクは目を見開き、その視線をルルーシュへ向けた。

「こいつを止めると言う事は、そういう事だ。だから私はこいつを死なせないため、傍にいる」
「なんでっ!何でルルーシュは自分から平穏を壊すんだ!」
「馬鹿かお前。あの箱庭はもう長くない。箱庭の番人であるミレイとルーベンが力を尽くしているが、もうじき壊れる。それをルルーシュは知っている」
「壊れる?」
「なぜミレイに見合い話が来るか解るか?箱庭を少しでも維持するための手段だ。ミレイとルーベン以外のアッシュフォードの人間は、ルルーシュとナナリーを利用し、爵位を取り戻そうと動き始めている。ミレイが爵位持ちと結婚すれば、爵位は手に入るからな。それでどうにか一族を押えようとしているが、まあ無理だろうな。爵位が手に入れば、今度はさらに上の地位を求める。当主のルーベンと次期当主のミレイが拒み続ければ、当主を交代させろ、自分たちで皇帝に進言を、となるだろう?もう、時間がそう残っていないんだよ。タイムリミットは・・・そうだな、最長でルルーシュがアッシュフォード大学へ行き、そこを卒業するまで、だ」

本当に気づいていなかったのだろう、顔面蒼白と言った顔で、スザクはこちらを呆然と見つめていた。

「最短では、あと数日といったところだな。枢木スザク、軍に所属するお前がそばにいるだけでもハイリスクな状況だったのは、お前でもわかっていたはずだな?その上皇女殿下の騎士・・・いや、騎士候補か?すでに色々と探りが入っている。今はまだルーベンとミレイがうまくやっているが、ルルーシュとナナリーの生存が知られた場合、ルルーシュはナナリーを連れ姿を消すことになる。そうなれば、お前と二度と会うことはない」

その内容に、ますます顔色を悪くしていくその男に、私は呆れてしまう。この男も自分と友人だと知られることのリスクを最初は警戒していたはずなのにな。

「解っただろう?もう邪魔をするな」

私は立ちつくすスザクの横を通り過ぎようと足を進めたその時、腕を掴まれた。

「しつこいな」
「・・・どこに行くつもりだ?」

青い顔を俯けながら、スザクはそう聞いてきた。

「黒の騎士団のアジトに決まっているだろう?こいつはゼロからな」
「そんな状態のルルーシュを連れていくのか!?」
「連れていくも何も、さっきまでそこにいた。お面の事なら気にするな、予備はちゃんとある。この状況を幹部は全員知っているし、幼くなってもルルーシュの賢さは健在だ」
「こんな小さいのに、まだゼロを」
「それがこいつの望みだ。こいつを生かす為なら、私はこいつの望みを叶えるだけだ」

私のその言葉に、スザクは苦しそうに顔をゆがめた。
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