ぼくのヒーロー 第9話   つかのまのへいおん  

「くしゅんっ」
「ほら、だから言っただろ?」

小さくくしゃみをした幼子の手からバスタオルを取り上げると、スザクは手早くその体と髪を拭いた。

「じぶんでできる!」

幼子は、不貞腐れた顔で、バスタオルを奪い取ろうとするが、既に粗方拭き終わっており、スザクはその小さな体をバスタオルで包んだ。

「君が自分で全部できることぐらい分かってるよ?でも、今日は寒いからね。早く拭いて、暖かくしないと風邪をひいてしまうだろ」

そう言いながら立ち上がると、用意してあった着替えを手にとり、再び幼子の前で膝を着く。

「すざくもだろ!」
「僕が心配なら大人しく服着ようね、ゼロ」

にっこり笑いながらそう言われてしまうと、ルルーシュは何も言えず、頬を膨らませながらも、スザクの手を借りて着替えを始めた。
旧病院跡のお風呂場から、そんなにぎやかな声が聞こえてきており、私たちはくすりと笑った。
今ここに居るのは私とラクシャータ、そして藤堂。
お風呂場にはスザクとルルーシュ。
カレンは千葉が食事に連れて行ったのでここには居ない。
いくら私とルルーシュがスザクのことを信用していると言っても、やはり玉城達が心配だというので、藤堂が見張りも兼ねてここで二人を待っていて、ルルーシュは昨日の夜、微熱が出ていたので、その辺も気にしていたラクシャータが、二人が上がる頃を見計らってここに来ていたのだ。

「こうやって聞いていると、ゼロもちゃんと子供に戻ってるのよねぇ」
「そうだな、彼だけは今まで通りなのかと思ったのだが、やはり無理をしていたのか」
「ああ。理由はどうあれ、ゼロが泣いたのはスザクを見たからだし、ああやって甘えられるのも、相手がスザクだからだろう」
「そう言えば、今まで一回も泣いてなかったわよね」
「人前で泣くなど、本来あれのプライドが許さないのだが。本当にゼロにとってイレギュラーな存在だよ、枢木スザク」

悔しい。すごく悔しい。私も天使とお風呂に入りたかった。が、私と入るのは恥ずかしがるし、昨日藤堂と入ったが、無骨な男は幼子を風呂に入れるのがものすごく下手で、溺れかけていた。スザクはその点、ルルーシュには甘いからか、問題なく入浴を終えたようだ。悔しい。ここでこいつが失敗すれば、仕方がないと私の天使も諦めただろうに。
私の前でも泣かなかったアイツをあっさり泣かせたのも悔しい。まあ、あれは驚いたのが一番の理由かもしれないが。そんな内心を表面には微塵も出さず、私はいつも通り感情を込めずにそう言った。

「すみません。お待たせしました」

既にお面まで付け終えたルルーシュを片手で抱き、もう片手でガシガシとタオルで自分の髪を拭きながら、スザクは風呂場から姿を現した。

「いや、スザク君助かった」

昨日の事で懲りたらしい藤堂は、本心からそう言っているようだった。

「じゃ、そのままゼロを連れてこっちに来てくれる?体温が落ち着いたら熱、測るから」

ラクシャータに促されるまま、スザクはその後を着いていった。

「すざく。ちゃんとふかないと、かぜをひくぞ」

ルルーシュの髪はドライヤーですっかり乾いているが、スザクの髪はまだ水滴が滴り落ちている。その水滴がぽたりとルルーシュの手に当たり、スザクは慌ててそれをタオルで拭うと、少し私を見て考えた後、ようやく私にルルーシュを返してくれた。

「ふぇ?すざく?」

無言のまま、スザクが私に自分を渡した事で、ルルーシュはしつこく言い過ぎてスザクを怒らせたのかと思ったのか、不安げにスザクを見つめた。

「え?どうしたの、ゼロ?」

スザクは、両手でタオルを掴み、ガシガシと髪を拭きながら、どうしてそんな声で僕を呼ぶの?と不思議そうに首をかしげた。

「なっ!なんでもない!さっさとふけ!」

無意識に出た言葉だったのだろう、自分の発言に気が付き、仮面の下でおそらく顔を真っ赤にさせながら、ルルーシュはスザクとは逆方向に顔をプイと向けた。

「ん?うん、わかってるよ?ちょっと待っててね、すぐ終わるから」
「何を待つんだ?もういいだろう、私がゼロを抱く」
「え?何で?」

私の対応に、予想外だと言わんばかりにスザクは驚き、私を見た。
いや、自分がルルーシュを抱いているのが当然だ、と言う顔で今まで居た事の方が驚きだぞ、私は。
敵同士だと言う事を忘れてないかこの男。

「もう全部見て回っただろう、いい加減軍に帰ったらどうだ枢木スザク。ここはお前の敵、黒の騎士団のアジトで、これはその首魁ゼロだ」
「停戦中だろ?いいじゃないか、ここに居ても。僕は今日一日休みなんだし。ほら、返して」

急いで髪を拭き、手櫛で簡単に髪を整えたスザクは、その手をルルーシュへ伸ばしたので、私は体を捻ってそれを避けた。
その私の行動に、スザクは眉根を寄せ、目を据わらせた。
ふん、尻に殻の付いたひよっこに睨まれたところで痛くも痒くもない。
私達の不穏な空気にルルーシュは気付かず、キョトンと首をかしげて私たちを見つめていた。きっと可愛い顔でこちらを見ているに決まってる、ああ、そのお面を外したい。

「そういえば、ゼロはお昼何を食べたんだい?朝は、ヨーグルトしか食べてなかったわよね?」

ラクシャータが投げかけたその言葉で、私とスザクのにらみ合いはあっさり終わった。なぜなら。

「ああ、忘れてた」

スザクのせいで、すっかり食事を取る事を忘れていたからである。
そういえば、外出した理由の一つは食事だったな。今何時だ?14時すぎか。あはははは、きれいさっぱり忘れてた。

「忘れてって、じゃあ今日はヨーグルトしか食べてないの?」
「いらない。おなかはすいてない」

驚きの声を上げるスザクとは対照的に、しまった、ばれた、と言わんばかりの声音でルルーシュは言った。確信犯かお前は。小さくなってから、食欲がないとは言ってたが。駄目だろう、それは。

「駄目だよ駄目!君、それでなくても食細いのに、ごはん抜くなんて絶対駄目!何か食べる物ないんですか?」
「この病院の向かいにある喫茶店で、玉城が食事を作ってくれるわよぉ。意外よねぇ、軽食とはいえ玉城に料理が出来るなんて」
「わかった。C.C.、ゼロはしばらく君に預ける。僕は食事を用意してくるから、待っててね、ゼロ」

ルルーシュに笑顔を向けた後、スザクは慌ただしくその場を走り去った。
預けるって何だ、預けるって。これは元々私のモノだ。

「元気ねぇ」
「スザク君に任せておけば、ゼロは大丈夫だな」

と、皆好き勝手言っている中

「すざく・・・」

スザクが行ってしまった、と言うよりは、いらないのに、という想いを込めて、ルルーシュはその名をつぶやいた。
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