ぼくのヒーロー 第10話    おとなたちのけつだん

「カレーうどん?」
「作れませんか?」

ラクシャータに言われた喫茶店には、あの玉城と言う男が居て、僕は仕方なく彼に食事を頼んだ。流石に彼らのアジトで、僕が勝手に何かを作るわけにはいかない。作れと言われても、カップめんぐらいしか作れないけれど。

「何で俺がてめーなんかに」
「ゼロの好物なんです」

玉城が全部言い終わる前に、僕はそう言った。僕に敵対心を持っていても、ゼロの名前を出せば、予想通り険しい表情から、驚きの表情へ変わった。
まあ、そうだろう。まさかあのゼロの好物がカレーうどんなんて、中身を知らなければ僕も驚く。いや、あの中身でカレーうどんはもっと驚く事なのかな?どうなんだろう?

「ゼロの?マジで?」
「ゼロ、食欲ないみたいだから、好物のカレーうどんなら食べてくれるんじゃないかと思うんだけど、無理ですか?」

僕のその言葉に、玉城は「そういや今朝はヨーグルトだけだよな食ったの。昨日はプリンか」と、ぶつぶつ言いだした。その内容に、僕は眉をしかめる。本当にまともに食べてないのか。C.C.は保護者を気取るなら、食事ぐらいちゃんとさせるべきだろう。

「おっし、ゼロの為だって言うならしかたねーな。待ってろ、今俺様がとびっきり美味いカレーうどんを作ってやる。オメーも食うだろ?同じでいいのか?」
「いいんですか?」

予想外の言葉に、僕は思わず食いついた。ゼロの事で混乱していたせいで忘れていたが、僕もお昼を食べ損ねていたのだ。僕のその反応に、玉城は苦笑しながら聞いてきた。

「ついでだついで。米も食うか?」
「はい、是非っ!」

思わず僕は、満面の笑みで返事をした。

「なんだなんだ、ブリキの食事よりまずいかもしれねーぞ」
「軍に居たら、日本の食事なんて。この前僕が日本人だからと、おにぎりを用意してくれたんですが、中身、ジャムだったんですよ」
「はあ?ジャム!?」
「いいブルーベリーが手に入ったからって。それでも、久しぶりのおにぎりだったので、全部食べましたけど」

あれは、ひどかった。思わず苦笑しながら、セシルさんのおにぎりの話をしたら、玉城は表情を崩した。何故か瞳を潤ませながら、こちらを見た玉城が、ぐっと握りこぶしを作った。
あ、これは何か勘違いされた。クラブハウスでは、美味しい彼の手作りの和食作ってもらってたけど、それは言わない方がよさそうだ。
空気を読まないと言われる僕だけど、ここは流石に気が付いた。

「・・・そうか、お前も苦労してんだな。よっし、そこで待ってろ。美味いもん食わせてやるからな!!」

そう言って作ったカレーうどんは、僕の予想に反して本当においしく、少量ではあるが、ゼロもちゃんと美味しいと食べてくれた。
「じぶんでたべる」と言い張るゼロと「カレーは跳ねると汚れるから駄目」と食べさせるスザク「私が食べさせる、お前は帰れ」というC.C.が居たとか居ないとか。




「世話係を?」
「そうだ、こどもたちの、めんどうを、みるものがひつようだ。きしだんのものでは、てにあまる」

夜となり、スザクが帰宅した後、子供たちを寝かしつけた私たちは、ゼロの召集で新しい指令室へ集まっていた。間に合せで作ったとはいえ、通信機器や会議テーブルもちゃんと運び込まれている。
なぜ世話係か。そんなこと、ここに居る大人たちは嫌なほど理解していた。子供たちは、ゼロとカレン以外は手が掛り、四聖剣や研究員、玉城が交代で世話をしているが、はっきり言って皆もう限界だ。
わがままな態度は子供だから当たり前、好きなことをし、遊びまわるのもあたりまえだと言い切り、走り回って遊ぶだけではなく、大人たちやゼロ、カレンにするイタズラもかなり悪質で、いっそ縛って監禁するべきじゃないのかという意見まで出た事があるほどだ。さすがの玉城も扇たちの態度があまりにも酷いので、今までは何でも扇には、扇が、俺達は、と言っていた事を反省し、まじめに藤堂達に協力してほかの団員との橋渡し的な役目を行うようになっていた。あの玉城が成長するほど、子供たちの態度は酷く、世話をする度に神経がすり減っていくのだ。
ゼロはそんな彼らの態度を、彼らは彼らなりに不安で、その不安から目を背けるために、我々の気を引くためにそのような行動を取るのだと結論づけた。
そして、今日一日スザクに(本人は否定するだろうが)べったりと甘えたせいか、ゼロは子供たちが安心できる世話係が必要だと、気が付いたようだった。

「すでに、たーげっとはきめている。さくせんけっこうは、あすの、ひとまるまるまる、しぃつーいいな」
「ああ、わかっているさ、ゼロ。明日は必ず成功させて見せるさ、誘拐をな!」
「「「「誘拐!?」」」」

どう考えても正義の味方の行動ではないと、誰もが思ったが、ゼロの言う事だから大丈夫だろうと、作戦を実行した。
何よりみんな疲れ切っていた。子供の世話に。

「で、本当に誘拐してきたんだ」

僕は呆れて思わず額に手を置いた。勿論もう片方の腕にはルルーシュを抱いている。そこは黒の騎士団の秘密のアジト、その医療施設の中の一部屋だった。そこには一人の女性が、かつて待合室だった場所のソファーに座っていた。誘拐されたのだから当り前だが、おどおどと身を縮めて辺りを伺っていた。

「ゼロ、誘拐は駄目だろ?」

僕は腕の中の彼に、叱るように額のあたりをこつんと叩いた。

「しかたがないだろう、これがいちばん、かくじつだからな」

叩かれたたお面の部分を片手で押えながら、少し申し訳なさそうに答えた。

「君、自分で正義の味方って名乗ったんじゃなかったの?」

今だ状況の飲み込めない誘拐された女性は、目の前に居る少年と幼子を、呆然と見つめた。
ブリタニア軍に所属し、ユーフェミア皇女殿下が自分の騎士に、と報道陣の前で宣言した名誉ブリタニア人枢木スザク。
そして、黒の騎士団のゼロだと名乗る、ゼロのコスプレをした幼児。
どちらも本物だとすれば、とてつもない有名人だ。そんな2人がほのぼのとした(内容は物騒だが)会話を繰り広げている。
先ほどまで、突然見知らぬ男たちに拉致されて、猿轡と目隠しをされ、悲鳴を上げる事も出来ず怯えていたはずのその女性は、そんな様子に少し落ち着きを取り戻し、首を傾げながら声をかけた。

「あ、あの。ゼロ、なんですよね?私に何か用があるんでしょうか?」
「ああ、すまない。あなたに、おりいってたのみがある」

枢木スザクとのほのぼのした会話とは一転し、幼児は思えぬほどしっかりと受け答えしたゼロに、女性は思わず居住まいを正した。

「私に、ですか?申し訳ありませんが、どのようなお話でも受ける事はできません。私は行方不明になったカレンを・・いえ、カレンお嬢様を探さなければいけないのです」

そう、カレンの名前を辛そうに話すその女性は。

「おかーしゃん?」

幼い女の子の声が、奥の通路から聞こえてきて、その女性はハッと顔をそちらに向けた。

「お、おか・・・おかーしゃ・・・」

通路に立っていたのは、ラクシャータに連れられてやってきたカレン。フルフルと震えながら、ラクシャータの足にしがみついていた。次第にその両目が潤み、涙がポロリと落ちた。

「おかーしゃ・・・おか・・・」

自分だと気づくわけがない、だけど。幼いカレンはそこから動く事が出来ず、ただ泣きながら母親を呼んでいた。

「え・・・?・・・カレン?カレンっ!!」
「・・・っ!!おかーしゃん!」

母の力だろうか?その幼子が17歳から3歳に姿を変えた娘だと気が付き、それまでのおっとりした雰囲気からは想像できないほどの速さで立ち上がり、走り出した。涙をこぼす娘の元へ「カレン!カレン!」と、名前を呼びながら、両手を広げて駆け寄った。カレンも、その母親の姿に、まるで金縛りが解けたかのように「おかーしゃん!」と、両手を広げ、走り出した。

「カレン、無事でよかった。カレン」

と涙を流す母と言葉も出せず泣くカレン。

「この状況を無事と言えるのかしらねぇ」

と、二人の様子に、ラクシャータはとても穏やかな表情で苦笑した。
2人が落ち着いてから、ゼロとカレンは今起きている現象と、カレンが黒の騎士団に所属している事を母親に告げた。

「おかーしゃん。わたしは、こうづきかれん。にっぽんじんなの。だから、にっぽんをとりもどすの。おにいちゃんのゆめをつぐの」

目を真っ赤に腫らしながら、カレンは母親と真剣に向かい合い、そう告げた。

「そう、それがカレンのやりたい事なのね」
「うん、わたしは、にっぽんじんとして、いきたいの。かれん・しゅたっとふぇるとじゃない、こうづきかれんとしていきるの」

真剣に話すカレンを、何の感情も見せず静かに見つめていた母親は、僅かに眉根を寄せ、真剣な表情でカレンを見つめた。

「わかった、カレン。貴女のやりたいようにやりなさい。ただ、条件が一つだけあるの」
「じょうけん?」

母親はゆっくりと両目を閉じた。ごくり、と固唾を呑んで、その条件を母親が話すのを、カレンは姿勢を正して待った。目を閉じていたのは、ほんの数秒。母がその瞼を開いたときには、それまでの真剣な表情を崩し、優しく笑った。

「お母さんも、黒の騎士団に入るからね。シュタットフェルト家からはお暇をもらってきますから、いいわね?」
「え?でも、おかーしゃん、あのおとこがすきなんでしょ?だからあのいえにいるんでしょ?」

母親は昔の男に縋って生きている。そう信じていたカレンは、驚きにその大きな眼を見開いた。そのカレンの言葉に、反対に驚いたような顔をした母は、次の瞬間、それはそれは可笑しそうに笑った。

「あら、カレン。そんな風に思っていたの?私はもうあの人の事は何とも思っていないわ。私はただ、貴方の傍にいたいだけ。駄目?お母さんは邪魔?」
「じゃまじゃない!おかーしゃん、いっしょにいて!おかーしゃん、ごめんなさい!」

カレンはぶんぶんと首を振りながら、再びその瞳から大粒の涙をぽろぽろと流した。


この日、黒の騎士団に紅月カレンの母親が加わった。
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