王者は誰だ 第2話   

「C.C.!C.C.!大変よ!!大変なのよ!」

その日の夜、アジトにやってきたカレンは大声で叫びながら私を探していた。

「どうしたんだカレン。私ならここだ」

アジトの奥の台所で、冷凍保存しておいたルルーシュの手作りピザを温めていた私は、その声のする方へ、ひょこっと顔を覗かせた。
その私を見つけたカレンが、ドタタタタと大きな足音を立ててこちらへ走ってくる。

「大変なのよ!どうしよう、どうしたらいいの?私もう、どうしていいのか解らないのよ!」

興奮しすぎたせいだろうか?目頭に涙をため、頭をガシガシと掻きむしりながらそう言う娘に、私はひとまず落ち着けと冷蔵庫から炭酸飲料を出してやった。
カレンの声に、何事だ?と扇をはじめとする騎士団幹部と、藤堂、四聖剣まで集まってくる。
まあ当然だろうな。基地の外にブリタニア軍でも見かけたのか?スザクに何かされたのか?それにしては落ち着きがない。年頃の乙女が髪をガシガシって、学園に居るというカレンお嬢様の親衛隊が見たら幻滅するぞ。
チン、という場違いな音が響き、私はカレンをその場において、レンジから美味しそうな匂いを漂わせているピザを取り出すと、冷蔵庫から自分の分の炭酸飲料を取り出し、ソファーに座った。
走ってきて喉が渇いていたのだろう、カレンはごくごくと喉を鳴らしながら炭酸飲料を一気飲みした。ぷはーっと息を吐き、口元を袖で拭いながら、カレンは私の前に座った。相変わらず、男らしい娘だ。少しはルルーシュにその男らしさを分けてやってくれ。
というか、ふだんはこうなのに、よく病弱設定のお嬢様を学園で演じていられるな。
そんな事を想いながら、あつあつのピザを一口ぱくりと口にした。うん、うまい。やはりルルーシュ手作りのピザに間違いはないな。デリバリーのピザも好きだが、毎日食べるならやはり手作りに限る。

「で、どうしたんだ?そんなに慌てて」
「大変なのよC.C.!ゼロが危ないの!」

その言葉に、辺りは息を呑んだ。
カレンは冗談を言う子ではない。ましてこんなに慌てて走って来たのだ。これは深刻な内容に違いない。一瞬で緊迫した空気となり、 真剣な面持ちで扇と藤堂もソファーに座り、私も手に持っていたピザを皿に戻した。

「危ない、だと?何があった、カレン」

確か今日はサヨコがアッシュフォードの用事で出かけているはずだ。
ならば、ルルーシュは授業が終わった時点でクラブハウスへ戻り、夕食の準備を始めているはず。
クラブハウスで何かあったか?いや、それなら私に連絡があってもおかしくは無い。
本人が連絡の取れない内容だとしても、カレンが先に電話をするだろう。が、わざわざ走って知らせに来た。
急ぎではないのか?電話で話せない内容と言う事か?私は数秒でいろいろな可能性を頭に思い浮かべたが、カレンの話した一言は、そのどれにも当てはまらなかった。

「ゼロの貞操が危ないのよ!どうしようC.C.!!」

その場がしんと静まり返ったのは言うまでもない。
私でさえ、その発言の意味を理解するのに、数秒必要としたのだから。
暫しの沈黙の後、私はごほんと咳払いをした。

「カレン、それだけでは、流石の私でも状況が解らないぞ。ちゃんと説明をしてくれ」
「あ、うん。そうよね。って、何でみんな集まってるの!?」

騎士団幹部が集まっている事にようやく気が付いたカレンは、立ち上がって辺りを見回した。彼らがここに居ることに、相当慌てているようだった。

「ゼロの危機なら当然だ。まずは説明をしてくれカレン」

扇に促されたカレンは、え~と、それが・・・と、言いにくそうにし、ちらりと私を見た。これはまさか。

「・・・ゼロの表の生活で、何かあったのか?」
「そう!そうなのよC.C.!」

私の問いに、カレンは大きく頷きながら答えた。
それは話せんな。こいつらの前では。

「表?カレン、君はゼロの表の生活を知っているのか?」

その言葉にカレンは「え、あ、はい。知ってます」と、小さな声で答えた。
この流れで知りません、は通らないのだから仕方ない。
女には正体ばらすのかよ!と、玉城達が後ろで騒ぎ出したが、とりあえずは放置決定だ。
そんな事よりも問題はゼロだ。

「ゼロの貞操が、と言ったな?枢木スザクが関係しているのか?」

その言葉に、再び周りがしんとする。弟子の名に、藤堂はピクリと眉を動かしていた。
当然だろう。ゼロは男だ。そこに男の名前。反応しない奴がいたら見てみたい。

「スザクも関係あるけど、スザクだけじゃないのよ、今回は」
「今回は、か。まさか、あの箱庭の女帝絡みか?」
「うん、そうなのよ!」

箱庭の女帝、ミレイ・アッシュフォードがまた何かを始めたか。と言う事はアッシュフォード学園絡みのイベントということになるが。

「ゼロはその事を知っているのか?」
「ううん。知らないわ。もしゼロにばらしたり、ばれたりしたら、私達も被害を受けることになってるの」

既に周りは固め済みか。この分だとアイツに情報は一切流れていないだろう、流石だなミレイ。鬼籍に入った皇族二人を7年間匿い続けている箱庭の番人だけ有り、重要な情報を外部に絶対に漏らさせない人心把握と情報操作能力は賞賛に値する。
そこまで聞いて、私はふむと、両腕を組み、天井を見上げた。
このメンバーの居る中で、あまり細かい情報を聞くわけにはいかない。まずは今得た情報から整理してみるか。

「ここまで慌てて来たという事は、既にその件は決定事項で、尚且つ期日が迫っている。スザクだけではない、と言う事は複数人に狙われると言う事。当のゼロは気付いてない。ここまでは間違いないな?」

その私の言葉に、カレンはこくりと頷いた。

「あの箱庭の女帝が、ゼロを使って遊ぶ事があったとしても、ゼロの身に危険が及ぶような真似を絶対にするはずがない。 ということは、やり様によっては貞操の危機だ、と言うだけで、実際に出された内容は別の言い方がされているな」

再びカレンはこくりと頷く。

「・・・賞品にでもされたのか?」
「そうなのよ!凄いわC.C.よく解ったわね」

まるでゼロみたい!と、驚きながらカレンは言うが、私はその内容に頭痛がした。

「しかも、ある程度勝者の自由が利く賞品と言うわけか?」

私はちらりと、壁にかかっているカレンダーへ眼を向けた。
たしか今度、体育祭があると言っていたな。しかも部外者も立ち入り可能、参加可能なイベントも兼ねた体育祭。それか。

「1回だけゼロに好きな願いを叶えてもらえる、というのが賞品なのよ」
「それはそれは。確かにゼロを狙う輩が大喜びする賞品だ」

私は思わず顔をひきつらせ、ぎこちなく笑った。
なんて事をしてくれたんだミレイ。お前にその気がなくても、野獣の群れに、美味しくてか弱い羊を放りこんだような物だぞ。
アレの人気を知らないとは言わせない。男女逆転祭り以降、それまで少数派だった男どもからもラブレターが大量に来るようになって、何だこの嫌がらせは!新手のいじめか!?と、憤慨していたからな。カレンの話だと、その事に気がついたスザクが、それまで以上にルルーシュに張り付いて、周りに威嚇と、怪しい男どもに制裁を加えていたからしく、今は落ち着いているようだが。スザクがいない時はカレンが病弱設定を最大限活用してルルーシュの側にいるようにしているらしい。あの体力のないルルーシュは、女ならともかく男に襲われたら、間違いなくアウトだからな。
その事態に顔を青ざめた私とは違い、周りの幹部は完全に置いてけぼりで、ゼロが表で賞品になったから何だと言う顔をしている。
駄目だ。ああ、全然駄目だ。何も解ってないこの危険を。

「なあ、カレン。君がゼロを好きなのは解るが、いくらゼロが賞品になったからと言って」
「このド阿呆が!甘い、甘いぞ扇!お前は知らないから言えるんだ!」

思わず大きな声で、扇の発言を打ち消した。
立ち上がり、手を突き出しながら話す私に、全員の視線が集まる。

「いいか、あのゼロはあんな仮面をしてはいるが、中身は美形だ。その美形っぷりは、この私以上だ。頭と顔に関しては天下一品なんだよ奴は。その上、老若男女問わず引き付けるカリスマの持ち主だ。仮面を被った不審者全開のゼロで、あれほど人を引き付けるんだぞ!?仮面を外した超美形が、どれ程人を引き付けるか考えてみろ!今年のバレンタインなど地獄だったからな!ああ、バレンタインに私が持ってきた段ボールの山は、ゼロが表で渡された物の一部だ。それだけでも想像できるだろう、あいつのモテっぷりが!」

クラブハウスのエントランスを埋め尽くしたチョコの中から、市販品でかつルルーシュ宛てと解らない物だけを選んでこちらに持ってきたのだ。
それだけでも相当な箱数だった。学園外からも来るし、男からも渡されているし、本当に何だったんだあれは。手作りチョコなど、中身が恐ろしくて、知り合い以外全処分したからな。何せ髪の毛がはみ出した物まであったのだから、ルルーシュでさえ無言で捨ててたぞ。まあ、ルルーシュの場合、毒を警戒していただろうけどな。
幹部達もあのチョコの量を思い出したのだろう、マジで?と呟く声が聞こえてくる。
どうする。これはかなりまずい。本気でまずい。特に枢木スザク、あいつは間違いなく狙ってくる。こんな機会逃すやつではない。
こうなったら仕方がない。リスクは承知の上だ。あいつの貞操を守る事を私は最優先する!いざとなったら、ルルーシュとナナリーを連れて地の果てまで逃げてやるとも!

「いいかよく聞け。ゼロはブリタニア人だ。そして、カレンのクラスメイトだ」

私のその言葉に、カレンが「C.C.!!」と怒鳴り、辺りはざわめき出した。

「ブリキのガキがゼロだってのか?」
「それは本当かC.C.」

日本人幹部が質問してくるが、私はとりあえず無視をした。

「藤堂。ゼロはルルーシュだ。覚えているか、7年前の人身御供の兄妹を。開戦の為に死んでこいと、日本に差し出された生贄を」

その言葉に、藤堂は両目を見開き、驚いた。
私が藤堂に話しかけた事で、辺りが再び静寂に包まれる。

「まさか、生きていたのか?」
「鬼籍に入り死んだ事になっているが、二人とも生きている。7年前、枢木スザクが守ったからな」
「そうか、スザク君が。成程、だからゼロはスザク君を味方に、と言っていたんだな」
「ああ、そしてゼロがルルーシュだからこそ、桐原とキョウト六家も全面協力している。ルルーシュの、ブリタニアに対する憎しみの深さも、全てを知るお前なら解るだろう。そして、素性を隠さなければいけない理由と、素性が知られた時の危険性も解るはずだ」

藤堂は、険しい顔で深く頷いた。

「当然だ。彼がゼロなら、生きている事はもちろん、その素性も知られてはならない。だからこその仮面か」
「そうだ。そして幼いあいつの容姿も覚えているな?あれが、成長したんだ」

その私の言葉に、藤堂は思わず目を閉じ、額に手を当てた。知っているはずだ、人形のような愛らしい兄妹を。そしてその二人に対する、スザクの執着を。
藤堂は目を開くと立ち上がり、力強い眼差しで幹部を睨みつけた。

「今ここで聞いたゼロに関する事は、けして外部に漏らしてはならない。確かに彼はブリタニア人だが、間違いなくブリタニアの敵であり、我ら日本人にとって味方である事は私も保証しよう。だが、彼の存在は諸刃の剣。彼の生存も、その素性もブリタニアに知られれば、ゼロだけではない、我々も戦う力を殺がれてしまう。日本解放のために、ゼロの正体も、ゼロ自身も我々の手で守るのだ」

藤堂の迫力に気押されていた幹部たちは、例えブリタニア人であっても、桐原に次ぎ、藤堂までも認めるゼロを守る事に、異存は無かった。
力強く頷く彼らの反応に、私は口角を上げた。これは、予想以上だ。
私はソファーから離れ、ペン立てから赤のマジックを一本取って壁へ足を向けた。

「ゼロにこの事が知られれば、カレンにも被害が及ぶ」

私はカレンダーの、体育祭の日に赤のマジックでキュッと丸を書き、カレンダーをバシンとその手でたたいた。

「ならばゼロには何も知らせず、当日、我々が勝ち、賞品であるゼロを手に入れる」
HTML表
1話
3話