本当と嘘と 第11話

教室の後ろの扉から現れた皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの登場に、ルルーシュは完全に固まっていた。僕はルルーシュに向かう陛下の視線を遮るような形で、陛下の前に立ち、騎士の礼を取った。

「枢木か。そう言えば、おぬしはルルーシュと同じクラスだったか。まあいい、それよりルルーシュに話がある」

威厳たっぷりにそう言うシャルルに、スザクは一瞬舌打ちをしそうになった。この学園が今どのような状況なのか誰よりも知っているはずなのに、なぜ堂々とルルーシュの元に来れるのだろう。今のルルーシュは皇族の記憶を消された唯の一般人なのだ。

「お言葉ですが陛下、ルルーシュ・ランペルージに一体どのような御用でしょうか」

その設定を思い出させるようにスザクは口にした。すでにフリーズから回復し、おそらく憎しみのこもった視線でどうするべきか思案しているであろうルルーシュにも、その事を思い出させる。

「もうそのような戯言は終わりだ。機密情報局も本日をもってこの学園より引き上げさせる。ヴィレッタとロロにもそう伝えるがいい」

機密情報局、教師であるヴィレッタ、ルルーシュの弟であるロロの名前まで出て、教室内はざわめきが大きくなった。

「ルルーシュ、お前が記憶を取り戻している事は、既に解っておる」
「・・・記憶ですか?何のお話か私には解りかねるのですが」

この事態に困惑している風を装い、ルルーシュはそう口にした。

「陛下、自分は」

そのような報告をしていないと続けようとしたが、シャルルはスザクの言葉を遮った。

「最も警戒をするであろう枢木に、これが記憶の戻った事を気取らせるはずがなかろう。報告は別の者から入っておるわ。バベルタワーにおいて、C.C.と接触した事も確認済みよ」

その言葉に、僕は驚き後ろを振り返ると、ルルーシュはスッと目を細め、一瞬で学生の仮面を捨て去り、普段彼がゼロとして纏っているのであろう、指導者のそれへとその気配を変えた。一般人では有り得ない凛としたその姿と、強い意志を秘めたその瞳。身に纏う王者の気配に思わず息を呑む。

「成程、では私は今まで愚かにもブリタニアに泳がされていたわけだ。それで?一体何の用だ、シャルル・ジ・ブリタニア。私の前に姿を現すと言う事は、殺される覚悟はしてきたのだろうな?」

学生であるルルーシュが絶対に使う事の無い、覇気に満ちたその声音に、皆の視線が釘付けとなった。底冷えするような寒さに教室内は満たされ、身動きを取る事さえできないその状況で、皇帝に対して使う言葉ではないそれに対し、注意を促せる者などここにはいない。
・・・はずだった。

「ルルーシュ、君が陛下の事が死ぬほど大っ嫌いな事はよく知っている。でも、ここは学園内だ。そんな威圧感のある話し方じゃ無く、今は学生らしくした方がいい。見なよ、皆普段と違いすぎる君に驚いてるだろ」

あまりにも場違いなその言葉に、凍えるような冷たい空気が一瞬で砕ける。
その通りであると言いたげな皇帝と、思わず額に手を当てたルルーシュ。
残念だが傍観者は今のルルーシュの気持ちが痛いほど解ってしまった。

「・・・スザク。お前はとりあえず黙っていろ」
「でも」
「いいから黙っているんだ。お前は今喋らない方がいい。頼むから今だけでいい、空気を読んでくれ」

なんで黙れと言われるのだろうと、不満げなスザクと困ったように話すルルーシュ。
いつもの友人同士のやり取りをする二人に、その場の空気が一気に和らぐ。

「枢木、今は儂がルルーシュと話をしておるのだ。貴様は下がっておれ」
「イエス・ユアマジェスティ」

そう命じられてしまえばスザクは従うほかない。二人の間に立つようにしていたその身を避けた事で、皇帝とルルーシュが対峙する形となった。

「ルルーシュよ、ナナリーと共に本国に戻ってくるのだ」
「・・・っ!」

威厳を込めたその言葉に、ルルーシュは、その柳眉を寄せ、皇帝を睨みつけた。ルルーシュの記憶が戻っている事が知られた時点でゲームオーバー。ナナリーを押さえられている以上、ルルーシュに逃げ道は無い。
皇帝は、不敵に笑うと、その体を扉から僅かにずらした。その後ろに居たのは、車椅子に乗り、はらはらと涙を流す可憐な少女。

「ナナリー!」

流石シスコン、たった今まで視線で人を殺せるなら、間違い無く皇帝を殺しているだろうと思わせるような目をしていたのに、一瞬で兄の物に戻っていた。

「お兄様!ご無事だったのですね!」

その愛らしい顔を喜びの涙で濡らしながら、ナナリーは歓喜の声を上げていた。
1年ぶりに直接見るその妹の姿に、ルルーシュは一瞬状況を忘れて感動してしまったが、瞬時に思考を切り替えた。

「何のつもりだ」
「言ったであろう、ナナリーと共に本国へ戻れと。アリエスも既にお前たちを受け入れられるよう手配はしておる」
「・・・それで?今度は俺達をどうするつもりだ?人質としてこの日本へ送られ、この地で死んで役に立てと言われたが、俺もナナリーも見ての通り生き延びた。また同じように生贄として扱う気か?それとも、他の使い道でも思いついたのか?」

流石にナナリーの前でゼロとして話せば、ナナリーを怯えさせかねないと判断したのだろう。普段の毒舌家であるルルーシュとして話をすることにしたようだった。口は悪いが、あの威圧感は殆どない。
ルルーシュのその言葉に、ナナリーは過去を思い出したのか顔を伏せ、スザクも目を伏せた。その様子から、その教室内に居たリヴァルとシャーリーを含めた全員が、ルルーシュの発言が真実なのだと息を呑んだ。

「お前たちは唯アリエスに戻ればそれでいい。何処にもやるつもりは無い」
「それを信じろと?」
「そうだ」
「ふざけるな。お前の言葉など誰が信じるか!咲世子!!」

ルルーシュのその言葉に、一陣の風が教室内に入り込んだ。そして一瞬のうちに、車椅子に座った少女をその腕に抱えると、あっという間にルルーシュの傍に控えた。
それは忍び装束を着た、かつてアッシュフォードにつかえ、クラブハウスでこの兄妹の世話をしていた日本人、篠崎咲世子。

「遅くなりました、ルルーシュ様」
「咲世子さん!?」
「はい、ナナリー様。お久しぶりでございます」

突然の事で身を固くしていたナナリーだったが、聞き覚えのある声に、喜びの笑みを浮かべた。

「咲世子、ナナリーをたのむ。ロロ」
「何、兄さん」

ルルーシュがその名前を呼ぶと、突然ルルーシュの横に、ルルーシュの弟、ロロが姿を現した。

「ナナリーを連れて此処を出る」
「わかってるよ、兄さん。ちゃんと下の準備もしてきたよ」

そう、スザクとシャルルを見ながら話すロロに、スザクは眉を寄せた。

「ロロ、君はやはりルルーシュに」
「そうだよ。兄さんは僕の兄さんだからね。僕は兄さんと共に生きる。邪魔はさせないよ枢木卿」

ルルーシュを背に庇うように立つロロは、いつもの人見知で、気の弱そうな雰囲気は一切無く、自身と気迫に満ちたその姿に、リヴァルとシャーリーは驚き眼を見開いた。

「兄さん?お兄様、その方は?」
「ああ、今の俺の弟だよ。皇帝が俺の監視と、万一記憶が戻った時に俺を殺すよう命じていた暗殺者だ。でも大丈夫だよ、ロロはもう俺の味方だから」
「お兄様を殺すようにですか?それに監視というのは?お兄様、何があったのですか?」

不安げに聞いてくるナナリーの頭に、ルルーシュは優しく手を伸ばし、撫でた。
そして、何時もナナリーに見せるあのシスコン全開の兄の顔で優しく話しかけた。

「大丈夫、お前が心配する事は何もないよ。1年前に俺は皇帝に見つかり、一度本国へ戻された。その時、皇帝が俺の記憶を弄り、お前に関する記憶も、母さんに関する記憶も、俺自身に関する記憶さえも全て消し去っただけの事だ。その代わりにと偽りの家族と偽りの弟の記憶を植え込まれてね。C.C.と再会できたことで記憶は戻ったが、俺も最初は驚いたよ。学園の生徒、教師は入れ替えられている上に、唯一残っていた生徒会のメンバーからお前に関する記憶が消され、その替わりにロロが俺の弟だということになっているし、この学園の至る所に監視カメラや盗聴器が仕掛けられているんだ。もちろんクラブハウスにもね。24時間の監視態勢で俺を見張り、俺の行動を事細かく記録をしていた。・・・たしか、皇帝直属の機密情報局はそれを<飼育日記>といってたよな、スザク」

にっこりと笑顔付きで、ルルーシュはそうスザクに訊ねた。その表情から、ルルーシュはここまで酷い状況となったのだから、開き直って全部暴露する気満々のようだった。
嘘の無い世界とはこういう事だよな?と言わんばかりの笑みを向けられ、僕は背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、思わず顔が引き攣ってしまった。

「えーと、それは」
「スザクさんは何を御存じなのですか?お兄様は行方不明で見つかっていないとおっしゃっていましたよね」
「ナナリー、スザクを責めてはいけないよ。お前にはそう言うしかなかったんだ。スザクは皇帝の勅命で俺を監視している機密情報局の最高責任者だ。俺の記憶が戻ったらロロが俺を殺すよう命令されていたと言っただろう?スザクは皇帝に、俺の記憶が戻ったらナナリー、お前を殺すよう命令されていたんだ。だから俺とお前を守るためにも、スザクは真実を伝える事が出来なかったんだよ。俺達の友人で幼馴染だからと、皇帝はその役目をスザクに与えたんだ」
「お父様、どういう事なのですか?」

顔を青ざめたナナリーは、皇帝へその顔を向けた。
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