夜の隣人 第2話


・古びた洋館に最近越してきた。
・それまで荒れていた洋館の庭が、いつの間にか綺麗に手入れをされている。
・日中姿を見せず、洋館のすべての窓に分厚いカーテンが引かれている。
・夜中に徘徊している。
・チャイムを鳴らしても、ノックをしても姿を見せない。
・毎日のように、夜になると宅配便が届いている。
・黒髪と緑髪の二人連れで、人とは思えないほど美しい容姿をしている。


「ロイドさん、これだけですか?」

2枚目の用紙に書かれていた、通報の理由に僕は思わず眉を寄せた。

「恐ろしい事にね、それだけなんだよ。上から来た内容は」
「夜の仕事とか、昼夜逆転生活の人なら殆ど当てはまりそうですよね。洋館に住んでいる事も、庭を綺麗にした事も理由にならないと思うんですが」

たったこれだけの内容で、近隣住人はここに住んでいるのは吸血鬼だと通報してきたのだ。チャイムを鳴らしたのは何時頃だ?日が出ている時間に行ったのだろうか?日中寝ているなら鳴らしても起きないだけかもしれない。
全ての窓にカーテン?どうして知っているのだろう。これは庭に勝手に入り込んだと言っているような物、つまり不法侵入だ。
昼夜逆転生活をしているなら、通販で生活に必要な物を買っている可能性は高く、もしかしたら仕事に絡んだ物が届いているのかもしれない。
こんな内容で特派を動かそうと考える上司もどうかしていると、思わずこめかみに手を当てた。

「どんなに下らない内容でも、確認はしないとね。幸いすぐ近くだし、暫くの間、毎日様子を見に行ってもいいんじゃないかな?ああ、でも下手に終わらせると、次が来るからね。こっちの件が終わるまで長引かせてくれないと困るよ?」

こっちの件、つまりシュナイゼルに今までの内容を暴露し、上をどうにかするまでは、この近所の洋館の任務で暇をつぶせと言う事。
住所を確認すると、車で1時間ほどの場所で、あまりの近さに苦笑するしかなかった。




世界中の人が、魔物に過敏になっている事には理由がある。
今から100年ほど前の事である。当時、魔物とのパワーバランスは、人間側が優勢で、俗に魔界と呼ばれる場所へ通じる洞窟を発見するに至った。
当時各国の政府は挙って遠征軍を組織し、幾度も攻め込んでいた。魔界を自らの領土とするため、そして魔物を捕獲し、研究、あるいは奴隷とするためである。人間界に入り込んだ魔物もかなりの数いるのだが、隠れ住む彼らを探すよりも確実だと、侵攻を続けたが、その状況も長くは続かなかった。遠征開始から2年経った頃、その洞窟から三つ首の巨大な獣が姿を現したのだ。
純白の体毛に覆われたその獣は、地獄の門番とも呼ばれる凶悪な魔物で名をケルベロスという。魔界に置いて、人類の侵攻を幾度となく妨害してきた凶悪なその種族が人間界までやって来た事は歴史上例は無く、各国の軍隊と、組織は全勢力を持ってケルベロスに挑んだ。ここで打倒す事が出来れば、今後の魔界侵攻が楽になる。だが、この戦いで人類が負けてしまった場合、その時点で世界は魔物によって蹂躙されることが決定してしまうのだ。
その様子は全世界に生中継され、人々は固唾を呑んでこの戦いの行く末を見守っていた。だが、3日3晩暴れ回ったケルベロスも、数で押した人類の前に、とうとう力尽き倒れた。人間が勝利し、全て終わったかに見えたが、その後更なる問題となる火種をケルベロスは残していた。
闘いの最中、ケルベロスの3つの頭が叫んでいた言葉である。

『我々が人類を許す事はない。あの洞窟はすでに塞がれた。わが眷属は人の使えぬ別の道から、この世界へやってくるだろう』
『僕たちの国に攻め込み、同胞をあれだけ虐殺しておきながら、自分たちは殺されないと、攻め込まれないと思っていたのか?ふざけるな!』
『俺の友達を殺した人間を、絶対に許さない!』
『人間以外は存在してはいけないという、君たちの考えは間違っている。そう思うのであれば、こちらの世界に来るべきではなかった』
『忘れるな人間、我々は決してお前たちを許さない。近い未来に必ずその罪、償ってもらう』

その言葉も全て報道されていたため、全世界に魔物への恐怖心が瞬く間に広まった。
それからだ、このような下らない内容でも、闇の眷族かもしれないと疑心暗鬼に駆られた人たちは、警察を通し通報してくるようになった。

ケルベロスの残した言葉に関しては、色々な説があるが、現在有力なのは2つ。

1.彼らの寿命は人間の比ではない。彼らの近いは数百年後をさしている。
2.死に間際に、人類へ恐怖心を植え込むため、残しただけの言葉である。

つまり、今すぐに害がある内容ではない、あるいは偽りの情報だというものである。
なぜなら、確かに7年前に比べたら、魔物たちの活動は増えたが、増えたと言っても3倍程度で、十分人類も対応できる量だったのだ。
だが通報に関しては当時は1万倍に増え、対処しきれないほどだったと言う。
流石に今では当時の1/60ほどまで減ったが、ガセ情報はいまだに多い。
今回の件はガセの中でもかなり酷い方だ。いや、まだ確認が済んでいないのだから、ガセと断定するのは早いか。

「ランスロットの準備は完璧に整えてあるから、データの方も宜しくね~」

コーヒーを呑み終えたロイドは、こちらに背を向けたまま手をひらひらと振ると、給湯室へとその姿を消した、僕は立ち上がると、ロイドが鼻歌を歌いながら、新しいコーヒーを入れている給湯室の横のドアを開け、真っ白い通路へと足を踏み入れた。
ひやりとした空気が漂うその通路の先には厳重な扉があり、静脈認証パネルに手をかざすと、ピッと言う動作音の後、スッと音もなく扉が開いた。扉の先には、やはり白で統一された高い天井と、広々とした空間が広がっている。ただこちらは、先ほどの書類だらけの部屋とはうって変わって、綺麗に整頓されていた。
ここは特派専用の格納庫で、その中央には、白に金で装飾をされた美しいバイクが一台置かれていた。特別派遣部隊主任であるロイドが心血を注いで制作している、対魔物退治用バイクZ-01ランスロット。組織が開発を進めている対魔物用の装備が備え付けられているのだが、僕はいまだに実戦で使った事は無い。
ロイドは、その世界では有名な対魔具製作者らしいのだが、変人でも有名で、普通の人では扱えないような物ばかりを制作するのだと言う。このランスロットもまた扱いが難しく、僕が引き抜かれた理由は、たまたまこのランスロットの適合率が並はずれて高かったからというものだった。
僕は格納庫奥にある自分に与えられている部屋へ向かうと、シャワーを浴び、組織の制服に着替えた。部隊により多少形に差はあるが、やはり色は白で統一されていて、僕の制服はランスロットと同じく白と金の装飾のされたライダースーツと、同じく白に金の装飾のジャケット。どちらにも背中に大きく組織・・・ブリタニア教団のマークが描かれていた。
携帯や財布の類もジャケットのポケットへと移すと、僕はランスロットを押して格納庫の奥にある、地上への直通エレベーターへと移動する。静脈と網膜認証を行うと、ピッと言う確認音の後、エレベーターは一気に地上まで登っていき、組織のメイン格納庫出入口の横に出た。
メイン格納庫を使って作業をしている組織の人間が、こちらに視線を向けてくるが、彼らと話す事は無い。差別と嘲笑を込めた視線を向け、陰口をたたく人間と仲良くなる気など無い。
僕はランスロットに跨りエンジンをかけると、急ぎその場を後にした。
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