夜の隣人 第3話

組織の本部から、バイクで1時間ほどの小さな町にたどり着いた僕は、まずは腹ごしらえだなと、飲食店の並ぶ通りに入ると、手近な店を選んだ。
ドアを開けるとチリンとベルが鳴り、その音に気が付いた店員が「いらっしゃいませ」と、席に案内した。メニューから幾つか選び、料理が来るのを待っている間に、先ほど手に入れた雑誌を広げた。
それは、僕が所属している組織、ブリタニア教団が発行している雑誌で、魔物に対する不安を取り除く事を目的に毎月発行されている。
以前はこんな物は出さず、水面下で全て処理していたのだが、例の一件以来人々の関心が高すぎて「ブリタニア教団は我々の情報を軽く扱い過ぎている」「実は何もしていないのではないか」「我々に話せないような事をしているのではないか」などと人々が疑心暗鬼に取りつかれ、暴動も何度か起き、嫌がらせや、爆発物、毒物混入など、笑えない事をする愉快犯も増えてきたため、こうやって人目に着く形で報告を上げることとなったのだ。
とは言っても全てを載せているわけではないが。
僕も毎月この情報誌だけは目を通す様にしている。
どうやら、先月処理した情報件数は12,456件。
その内魔族が絡んでいたのは12件。
残り12,444件はガセ情報だったようだ。
12件に関しては、場所と詳しい情報が大きく取り上げられ、残りのガセ情報に関しては、場所と簡単な情報が一覧になって後ろの方に掲載されている。
来月には、僕が今朝報告した物、セシルさんが今処理している物、そして今回の件もガセ情報の一つとして掲載されるのだろう。
人の気配と、美味しそうな匂いに視線を上げると、店員が僕の注文した料理を運んできて、テーブルの上に並べたので、僕は雑誌を空いている場所に置き、運ばれてきたコーヒーにまず口をつけた。
そんな僕の様子を、店員の男はじっと見て来たので「どうかしましたか?」と聞くと、その男は真剣な顔で口を開いた。

「もしかしてブリタニア教団の方ですか?」
「はい、そうですが」

教団のマークを背負っているのだから、否定する理由もない。
僕が笑顔でそう答えると、男はあからさまにホッとしたような顔で僕に笑いかけてきた。

「と言う事は、あの吸血鬼を退治しに来たんですね」

僕は成程そう言う話かと、持っていたカップをソーサーに置いた。
この店員は、長身の男性で年齢は20~30。黒髪の天然パーマ。どことなく気が弱そうだが、人の良さそうな顔をしている。

「まずは調査です。ところで、この雑誌を読んだ事はありますか?」
「当然です、毎月読んでますし、この店にも置いていますよ、ほら」

指差された場所を見ると、成程、バックナンバーもしっかりと書棚に並んでいた。
だが、並んでいるのはそれだけじゃない、吸血鬼にまつわる書籍もかなり目に着いた。

「吸血鬼関係の書物を集めているんですか?」

僕がそう聞くと、男は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「いえ、あそこに住んでいる二人が吸血鬼だって解ったので、仲間と色々調べたんです。その時に手に入れた本を、ただ並べているだけで収集目的で集めたわけではないんですよ」

吸血鬼だと解った?仲間といろいろ調べた?その言葉に、僕は興味を覚えた。
もしかしてあの調査依頼を上げてきたのはこの男とその仲間達かもしれない。

「この雑誌にもあるように、通報の大半が勘違いによるものです。なのでまずは調査をし、対象が闇の眷族かを確認します」
「解っています。でも、絶対あいつらは人間じゃない」

まるで憎くて仕方がないと言いたげに話すその様子に、僕は嫌な予感を感じていた。
何度も見てきた物だが、もしかしたら彼らもそうなのかもしれない。

「ところで、写真などは撮っていませんよね?」
「もちろんです。闇の眷族を見かけた時の対処法に載っていますからね。絶対に写真や映像などに記録してはならないと。俺たちが手に入れられる機材で写すと、その映像などを媒体に、奴らに取り込まれたり、憑依する事もあると。恐ろしい話ですね」
「その通りです。当たり前の話になりますが、相手を警戒させるような真似もしてはいけません、相手の領域に侵入したり、遠くから監視をする事で、殺されたり、操られる事も珍しくありませんから」

僕のその言葉に、男はさっと顔色を変え、大変だと言いながら奥の部屋走っていった。
やはり誰かが見張りをしているのか。下手をすれば敷地内に入っているな。異質なものに畏怖の念を抱きながらも、僕達のように魔物を相手にする人間がいるのなら、自分たちにも何かできるだろうと判断し、相手に取り込まれる者が後を絶たない。
あるいは、疑われた相手は唯の人間だと言うのに、疑心暗鬼に取りつかれた人々が、集団でその対象を捕まえ、暴行を加え殺害する例は残念なことに多い。
魔物に殺されるよりも、疑心暗鬼に取りつかれた人間に殺される人数の方が多い事は何度も雑誌にも取り上げているのだが、抑止力としては弱すぎた。
すでに冷めてしまった料理を口にしながらぱらりと雑誌をめくり、目的のページを探しだした僕は嘆息した。そのページは、先月被害にあった地域、事件、そして人数が集計された表が載っていて、魔物による被害者と、魔女狩り、つまり無実の人間が同じ人間に疑いをかけられ被害にあった人数も集計されているのだ。


魔物による被害
 死亡32人
 重軽傷104人

魔女狩り被害
 死亡72人
 重軽傷268人


これが、この1ヶ月間に被害となった人数。魔物以上に恐ろしいのは人の心。
疑心暗鬼という名の鬼が目覚めた人間ほど恐ろしい物は無い。
そして、おそらく先ほどの男とその仲間も、疑心暗鬼に取りつかれている。
あの程度の情報で、既に魔物だと彼らの中で確定してしまっているのだ。
幸い、まだ被害は出ていない事だし、プロの僕が来たのだから、しっかり忠告しておけば余計な事はしないだろう。
調べてみて、もし白であれば、その後の対応も大事だから、しっかり彼らの情報も集めておかなければならない。
魔女狩りの被害は、調査で白と判定された者も含まれている。
ブリタニア教団の判定は間違いだ、自分たちの手で始末するのだと蛮行に及ぶのだ。
元々、あの程度の内容でこちらに通報してきた相手だ。今回の件も魔女狩りになる可能性は高い。調査よりもそちらが問題だなと、僕は冷めたコーヒーを飲み干した。
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