夜の隣人 第4話

お食事の邪魔をしてしまったので、と店員の男は、僕がコーヒーを飲み干したのを見て、空になったカップにコーヒーを注いだ。にこりと笑うその顔が、僅かに引き攣っているように見えて、何か裏があるなと感じた僕は、有難うございますとお礼を言うと、暖かいコーヒーに口をつけた。
その時、この店の駐車場に慌ただしくワゴン車が停車し、ガラの悪そうな男が運転席から降りるのが見えた。その男は、不機嫌そうな顔でこの店のドアを乱暴に開けた。

「おい、扇。どういう事だよ、監視をすぐに中止しろってのはよ」

チリンというベルの音も遮る大声で、ガラの悪そうな男は、店員・・・扇というらしいその男に詰め寄っると、バン、と手近なテーブルを掌で叩きつけた。
成程、落ち着いた雰囲気と、そこそこ美味しい食事とコーヒーを出す店だと言うのに、昼食時のこの時間に客が誰もいないはずだ。こんな乱暴な男が出入りする店で食事をしたい人間などいないだろう。僕も今回の任務が終われば、二度とこの店には入らないと断言できる。
それにしても、二人の会話は日本語か。久しぶりに聞いたな。

「おちつけ玉城。ブリタニア教団の方が調査に来てくれたんだ。失礼だろう」
「へ?教団の?」

扇が「ほら、あの方だ」と、僕を指差すと、玉城という男が、にっこり笑いながらこちらに近づいてきた。20代半ば。細身で身長はそんなに高くは無い。見た目もそうだが、言動からもチンピラだと解る。

「いやー、ワリぃな騒がしくして。お前がブリタニア教団の?」
「はい、今回の件の調査を担当することになりました、枢木です」

腰に手を当て、こちらを指差しながら言う失礼な男だが、僕は笑顔で会釈した。

「枢木?東洋人かとは思ったが、日本人か!?おー!俺たちもな、日本人なんだよ!いやー、これはあれだな、神様のお導きってやつだな!しっかし若いな兄ちゃん、そんなんで大丈夫かよ」

にやりと笑いながら、日本語でそう言うと、玉城はなれなれしく僕の肩をバンバンと叩いてきた。改めて、失礼な人だなと正直苛立ったが、ここで波風を立てるのは得策ではないと、僕は苛立ちを隠して顔に笑みを乗せた。
今必要なのは情報。それも対象と、彼ら住人の両方だ。

「玉城、枢木さんの話では、相手に警戒させる行動は駄目らしいんだ。あいつらの敷地に入ったり、監視するだけでもこちらに危害が及ぶ事もあると教えてくれた」
「なっ!?そうなのかよ!?」
「写真や映像でさえ危険なんです。直接なら危険度は跳ね上がるのは当たり前です」

何でこんな当たり前の事を思いつかないのだろうか?相手を煽る行動を取れば、怒らせると気付きそうなものなのに。あからさまに驚くその玉城と、困ったように眉尻を下げる扇のその様子に、とうとう我慢できずに眉が寄る。この分だと、もしかしたら相手をかなり怒らせるような事もしているのかもしれない。

「調査対象を怒らせるような真似など、していませんよね?」

少し強めの口調でそう訊ねると、二人は顔を見合せながら口ごもった。もしかしたらじゃない、間違いなく何かをしている。本当に相手が吸血鬼なら、大事になるかもしれない。
反対に普通の人間だとしたら、よほど寛容なのか、さほど気にしていないのか、何かしらの手を打つ準備をしているのか。どちらにせよ、何をしたのか詳しい内容を確認しなければと、僕は胸ポケットに入っている携帯を操作し、会話を録音することにした。そしてポケットから組織のマークが入った手帳とペンを取り出すと、こちらの様子をうかがっている二人に目を向けた。
僕達は盗聴する許可を国から得ているから、その事を伝える気は無いが、何かしら記録をするという態度は見せることにしている。相手も真剣に話さなければと、気持ちを切り替えるからだ。

「怒らせるような事をすれば報復を受けます。でも、それは相手が魔物ではなく、一般人だったとしても同じ事ですよね。違いますか?」
「じ、じゃあ、俺らもあの化け物に狙われるかもしれないのか!?」
「でも、枢木さんが来たんだ、もう大丈夫だ。助けてくれますよね?」

顔から血の気が引いたその男達は、明らかに動揺し、僕に助けを求めてきた。ここまで動揺すると言う事は、いったい何をしたのだろう?不法侵入と監視だけではなさそうだ。

「では、まずは何をしたのか話してもらえますか?」

扇と玉城は再び困ったように顔を見合わせるので「正確に話していただけないと、調査が進まないのですが」と、低く、脅すような口調で二人に告げると、玉城は慌てて僕の前の席に座り、扇は「飲み物を持ってきます」と、自分の分も含めたコーヒーをテーブルに用意し、同じく玉城の横に座った。

「では、何を調査対象に行ったか教えてもらえますか?自分がやられたら不愉快に思うようなことでしたら、些細なことも全て話して下さい」
「えーと、庭に咲いていた珍しい花があって、全部刈り取った」
「・・・なぜですか?」

僕はサラサラとメモを取りながら、視線を扇に向けた。

「綺麗な花だったし、調べたら結構値段の高い花だったので」
「その花はどうされましたか?」
「その、知り合いの女性に・・・」

扇は僕の視線から目を逸らし、口ごもりながらそう言った。

「成程、調査対象の庭に不法侵入し、そこで栽培されていた高価で美しい花を見つけ、知り合いの女性へのプレゼントにするため、無断で刈り取ったと」

考えるまでもなく普通に犯罪じゃないか。僕は思わず目を細めて扇を睨みつけた。

「言い方によってはそうなるかもしれないが」
「化け物が育てた花を、人間様が有効活用したんだ。別にいいだろう」

困ったように頭をかく扇と、間違った事はしていないと踏ん反り返っている玉城に、呆れてしまう。
言い方も何もない。間違いなく犯罪だが、相手は魔物だと思い込んでいるので罪悪感は無く、やった事を後悔していないため、反省の色なし。その点も踏まえ、僕はペンを走らせた。

「他には?」
「裏庭に家庭菜園があったので、収穫してから全て引き抜いた」
「きっと、何かの薬を調合したりするのに使う気だったんだぜ?危なかったよな」
「定期的に新たな苗が植えられるので、実った頃に全部引き抜くようにしている」

ここまで来ると、疑心暗鬼で済ませていいのだろうか?なんかもう、酷過ぎる。家庭菜園で、しかも収穫して食べて問題の無い野菜類。つまりその辺の店でも買える物なんだよね?それを自宅で育てていると怪しげな薬の材料扱いされるとか、有り得ないんだけど・・・頭大丈夫なのかな。
定期的に植え直していると言う事は、よほど根気の強い人なのだろう。悪意のある人なら、実りかけている野菜に何か仕掛ける所だ。だが、調査対象はまだその手は使っていない。

「つまり、調査対象の庭へ不法侵入し、栽培している野菜類を勝手に収穫、盗み出した上で、それらの植物を引き抜き、畑を荒らしたと言う事ですね?」

僕はわざと、盗み出したなどの犯罪をにおわせる言葉を使って話したが、彼らはその意味に気付いてくれなかったようだ。これだけやれば相手が誰であろうと怒らせることぐらい気づくはずなのに、頭が残念すぎる。

「あとは、庭の木の枝を折ったり、芝生を荒らしたり、石を投げたり、ゴミを庭に投げ込んだり」
「壁に出ていけ!って書いたりな、俺達に出来る事は何でもやってるぜ!」

・・・もういいです。頭痛くなってきた。
何で自慢げに話せるんだこんな内容を。完全に犯罪者だこの人たち。
同じ日本人として非常に恥ずかしい。
僕はこのお店を出たらまずロイドに報告し、調査対象の安全のために、【対魔女狩り用特例行使】つまり、こう言う犯罪者の逮捕又は拘束をお願いすることから始めようと、決心した。
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