夜の隣人 第6話

夜のうちに特派へと戻ったスザクは、画像と会話の確認がしたいと言うロイドに機材一式を返却し「呼ぶまで休んでていいよ」と、体よく追い出された。
簡単な食事を取った後、格納庫内にある自室で仮眠を取っていると、4時間ほど眠った頃だろうか、機械的な呼び出し音に起され、まだ眠い目をこすりながらスザクはロイドの元へと移動した。

「これだけでは判断は出来ないけれど、ホント綺麗な二人だねぇ」

眠そうにしながらやって来たスザクに、ソファーに座っていたロイドは、昨夜写した写真を確認しながらそう話しかけてきた。
ロイドの正面のソファーに座り、印刷された写真を手に取ると、ああ、やはり夢ではなかったのだと、写真の中に確かに写っているその姿を見つめた。
こんなに美しい人を見たのだ、やはりその印象が強かったのだろう。
スザクは夢の中でもこの人に会っていた。
明るい日差しの中で、まるで友人のように他愛の無い話をしながら、菜園の手入れを手伝っているだけだったが、それはとても幸福な時間で、目を覚ましてそれが夢だったのだと残念に思うほどだった。
それと同時に、この人を昨夜見たこと自体も夢だったのではないかと考えたのだが、こちらはちゃんと現実だった。
写真を見つめていた僕に、ロイドはいつの間にかコーヒーを淹れてくれていたので、僕は遠慮なくそれに口を付けた。少し苦めの熱いコーヒーを口にした事で、一気に目が覚めた気がする。

「ロイドさんはどう思いますか?」

それらの写真を眺めながら、コーヒーを美味しそうに飲む上司へ質問をした。

「人間離れした美貌っていうだけでも、今の時代畏怖の対象になるからね。そこに夜にしか行動しないと言う話が出れば、魔物と噂されてもおかしくは無いと思うよ。この写真、いるなら持っていいよ。僕は後でまた印刷すればいいし」

そうロイドが言うので、僕は遠慮なくそこにあった写真を全て集めて、胸ポケットへ仕舞った。

「その上、あの会話。まあ、間違い無く魔物だ、とは言わないけれど、吸血鬼が家庭菜園ねぇ。しかも近隣住人が荒らしているのを知っていながら、放置?まあ、家庭菜園をするような吸血鬼なら、その辺の感覚も変わっているのかもしれないし、やっぱりこれだけの資料じゃぁ否定も肯定も出来ないかな」

だけど、確率はぐんと跳ね上がったかもね。と、空になったカップを手にロイドは給湯室へ歩いて行った。僕は胸ポケットから写真を取り出すと、その写真の中で綺麗に撮れている物を3枚選び、手帳にはさめた。そんな僕の様子に、入れたてのコーヒーを啜りながら戻って来たロイドは薄く目を細めた。

「あまり見過ぎない方がいいよ。いくら僕特製の対魔具でほぼ0の状態まで魔力を除去できても、人間か魔物かなんて関係ないほどの美人だからね。この写真だけで見た者を魅了しかねない。で?今日仕掛けるに行くんだよね?」
「はい、彼らの話をそのまま受け取るのであれば、今日何かあるはずですから」

本当に吸血鬼であるのなら、今日新たな被害者が出る事になる。スザクのその答えに頷きながら、ロイドはソファーへと座ると、再びコーヒーを傾けた。この人は一体1日に何杯飲んでいるのだろう。常にコーヒーを口にしている気がするのだが、胃を痛めたり体を壊したりする様子は一切ない。

「うんうん、じゃあ、頑張ってデータ、取ってきてね~。僕のランスロットの準備は、完璧に整えてあるからさ」

ロイドはそう言うと、こちらの背を向けたまま手をひらひらと振り、そのまま自分の研究室へと姿を消した。 僕は呑み終わったカップを洗ってから自室へ戻ると、シャワーを浴びて身支度を整えた。
ランスロットへ向かう途中、ふと手帳を開き、先ほどの写真を手にした。
他の写真は全て自室に置いてきたので、今手元にあるのはこの3枚だけだ。
その写真の人物に誘われるように指先でそっと触れる。無意識にした自分の行動に驚き、僕は手帳を慌てて閉じると、急いでランスロットに乗り、本部を後にした。
日が昇り、朝を迎えたその町は車通りも殆どなく、ランスロットのエンジン音が妙に大きく聞こえる。
昨日通った道を再び巡り、僕はあの古びた館の前へとやって来た。
昨夜はランスロットを館の外に隠していたが、今日は戦う事も前提に動くため、鍵が閉っている鉄の門を壊してランスロットと共に中へと入った。
万が一普通の人であった場合は、組織が迷惑料を積んだ上で大至急修理するので、この程度の破損はなんとでもなる。館の扉の前に立ち、念の為にチャイムを鳴らす。
1回、2回と押してみるが、反応は無い。
ここで何事もなく二人の内どちらかが出てきてくれれば、疑いが晴れて終わるのだが、やはりそうはいかないようだ。
仕方がないと、僕はその扉に力を入れ、出来るだけ物音を立てないよう、鍵を破壊する。バキリ、と木の割れる音が響いてしまったので、僕は十分に警戒しながらゆっくりと扉を開いた。
屋敷の中はしん、と静まり返っていた。
当然だ。もし彼らが吸血鬼なら今は就寝時間。その上日が昇っているのだから、もし目が覚めていても日の当らない場所に身を隠すはずだ。僕は辺りを警戒しながら、手近な窓に近寄ると、その重厚なカーテンを開き、外の光を屋敷の中へと取り入れた。
薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出していた古びた館だったが、こうして日の光の元でみると、綺麗に清掃されていた。
華美な装飾は無く、洗練された雰囲気が漂うエントランスのカーテンをすべて開けてから、ランスロットを中まで移動させ、手当たり次第に扉を開いていった。全ての部屋のカーテンを開き、人が入れそうな場所は無いか探し、棚やクローゼットも開いて中を確認していく。三階建ての屋敷なので、それなりに時間はかかったが、全ての部屋を確認することが出来た。が、何処にも人の姿は無かった。
気付いて逃げた?
寝室のベッドを確認するが、誰かが寝ていた痕跡は無かった。
ベッド横に置かれている本にはしおりが挟まれており、間違い無く誰かがこの部屋を普段使っているようなのだが、その誰かが見当たらない。
逃げられたとしたら昨夜のうちにか。僕が潜り込んだ事に気づかれたのだろうか。残した物は窓辺に設置した盗聴器1つ。それも見て解らないように隠しているし、もし見つかっていたとしても、それだけで逃げ出すだろうか。
あと、可能性があるとすれば、ベタな話になるが吸血鬼は地下室に寝室があり、棺桶に寝ているとよく言われている。
ならば先ほどの部屋はフェイクで、地下に寝室があるのかもしれない。
衣類などは箪笥に入っていたが、どの部屋も綺麗すぎる。人が住んでいるならもう少し乱雑に物が置かれていたり、使用されていない部屋には埃があったりするのではないだろうか。よほど几帳面で潔癖症じゃない限りは。
僕は1階へ戻ると、再び全ての部屋を確認した。だが、何も見当たらない。どうするべきかと考えていたその時、僕の耳に微かに声が聞こえた。
どこだ?僕は微かなその声を頼りに、壁を探った。すると、階段横の壁に仕掛けがあり、ガタンと言う音と共に、階段の奥の壁に扉が現れた。
隠し部屋。なるほど、これは一見しただけでは解らないな。
僕は一度深呼吸をした後、その扉をゆっくりと開いた。
その途端に聞こえてくる大きな悲鳴。
明らかに若い女性の物だった。
必死な、助けを求めるその悲鳴に僕は地下へと続く階段を全力で駆け降りた。段々近づくその悲鳴と、不気味な笑い声に昨夜の会話が呼び起こされた。

『あの血の吹き出方に美しさがあったのかという話をだな』
『もっと彼女を美しく見せる方法で血を流させるべきだ』

それは、何かしらの凶器を使い、相手を切りつけると言う事。
僕は階下に見えた扉へ駆け寄ると、いっそう大きく響き渡る悲鳴と共にその扉を勢いよく蹴破った。

「ほわあぁぁぁっ!!」
「うわぁぁぁぁっっ!!」

扉がガシャンと大きな音を立てて部屋の奥の壁にぶつかると同時に、僕は部屋の中へと転がり込み、体制を整えると銃を前方へ向けた。僕の銃の先、そこには、僕が飛び込んだ事に驚き、抱きしめあうあの美しい人がいた。
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