夜の隣人 第7話

吸血鬼ではないかと調査対象となっていた二人は、座り心地の良さそうなソファーに座り、互いに抱きしめあいながら、怯えたような眼差しで、僕を見ていた。
椅子に座り、怯えたような?僕はその事に違和感を感じた。その時、僕の後ろから再び悲鳴が聞こえたので、反射的に振り返ると、そこには巨大スクリーンが置かれており、かなり古いと思われる映画が流れていた。
真っ白な・・・そう、純白の花嫁衣装に鮮血が飛びちり、吸血鬼---あからさまに作り物とわかる牙を口に嵌めている---がその女性を追いかけまわしていた。

「・・・え?」

僕は思わず間抜けな声を出して、呆然とその画面を見つめていたが、突然その画面はブラックアウトした。それと同時に、部屋の照明が灯る。突然明るくなった視界に思わず目がくらんでしまったが、僕はその照明を付けたのであろう女性へと目を向けた。女性はあからさまに激高していると解るその顔で、片手にリモコン、片手を男性の背に回したまま、こちらを睨みつけていた。男性の方は、女性に腕をまわしたまま、呆然とこちらを見ているだけだった。
血の匂いなど欠片もしないこの部屋には、替わりにピザの匂いが充満しており、その匂いの元は、女性の席の横のテーブルを見れば明らかだった。食べかけのピザとポップコーンにコーラ。そして重ね置かれたDVDのケース。

「貴様、何者だ?そのマークはブリタニア教団か。教団が私達に一体何の用だ」

リモコンをテーブルに置き、空いたもう片手も男性の頭へと回し、まるで彼を守るように抱きかかえるその女性の様子に、僕は完全に混乱していた。女性はまるで彼を隠すように、こちらを睨んだまま体をずらす。

「何の用か聞いているんだが、何だお前、言葉が通じないのか?」
「えー、と。・・・これは?」

何も言わないのはまずいと、僕はとっさに後ろのモニターを見ながら、そう聞いた。我ながら間抜けな質問だ。どう見ても巨大なモニターで、彼らが見ていたのは吸血鬼映画、聞こえていたのは俳優があげた演技による悲鳴。うん、解ってはいるんだ。
女性は、何を聞いているんだと言いたげに眉根を寄せて、呆れたような口調で答えた。

「これと言われても解らないな。見ていた映画の事か?20年以上前のB級映画という奴だ。タイトルを言った方がいいか?よほどの映画好きではない限り、言って解るとはおもえないし、お前は有名な物しか見ないタイプだろう」
「・・・はい」

確かに有名どころしか見ない僕は、頷くしかなかった。
タイトルを言われても僕には解らないし、コアな内容を話されても理解はできない。

「とりあえず、銃は下ろしてくれないか。どうして来たのか理由は解らないが、今は私達を撃つ気はないのだろう?」

冷え冷えとした声音で言われて、僕は未だに銃を構えたままだとい事に気が付き、慌てて銃を下ろした。ようやく銃が下ろされた事で、女性はホッと息を吐き、男性の背中をポンポンとまるで宥めるかのように叩き始めた。

「えと、彼は大丈夫?」

先ほどから微動だにしないその様子に、持病か何かを持っていて、驚かせすぎた事で発作でも起きているんじゃないかと、とたんに不安になってしまった。眉尻を下げ、申し訳なさそうに言う僕に、多少警戒心を解いた女性は、「ああ、これか」と、自分の胸に埋める様に抱きかかえているその人物に目を移した。

「貴様がいきなり飛び込んで来たから、驚いて思考が完全に停止しているだけだ。すぐ戻るから心配はいらない。それで、私達に何の用だ?」

心配は無いと言うその言葉に僕は胸をなでおろした。ここまで騒ぎを起こしたのだから、ちゃんと説明をしなければいけない。僕は姿勢を正し、女性と向き合った。

「自分はブリタニア教団特別派遣部隊の枢木スザクです。お二人には魔物・・・吸血鬼との疑いが掛けられたため、調査のためやってきました」
「・・・ほう、私達が吸血鬼だと?まあ、私達のこの美しさだ。人を惑わすほどの美しさがある吸血鬼と間違われても仕方がない。まったく、美しすぎるのも罪だな」

女性は不敵な笑みを浮かべながらそう言ったが、自分で自分を美しいとか言うかな普通。ナルシストなのか?本当に口を開かなければ綺麗なのにもったいない。口には出さなかったが、僕の表情から何かを読みとったらしい女性は、不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。

「なんだ、私達が美しくないとでも言いたいのか?」
「いや、君たちは凄く美人だよ。だから疑いも掛けられたわけだし。で、聞いていいかな?」
「何をだ?吸血鬼映画の事なら何でも聞いてくれ。小説や漫画でもいいぞ。なんならコレクションを見せてやろうか?」

幾らでも聞いてくれ、語りあかそうと、表情こそ不敵なままだが、周りに漂う空気がそう言っているようで、思わず顔が引き攣った。なんだろう、これでは唯の吸血鬼マニアじゃないか。あの会話も、おそらくその日に見た吸血鬼映画の話を二人でしていたと言う所だろう。なんて紛らわしい。

「・・・吸血鬼好きなんだね。いや、その事はどうでもいいよ。君たちは日中外に出ないようだけど理由は?」
「どうでもいいだと!?失礼な男だな貴様。・・・まあいい、この、美しき私達が夜にしか行動しない事がそんなに気になるのか?まあそうだろう、何せ私達は美しいからな、日の光の元で見たいと言う輩は多い」
「って、そう言う話ではないだろう!いい加減離せC.C.!!」

その声にハッとなり、先ほどまで硬直していたはずの人を見ると、どうにか彼女の拘束を解こうと、もがいていたが、当の彼女はそんなこと気にもせず、腕に力を緩めるどころか、反対にぎゅうっと力を込めているのが解る。
窒息しかねないその状況に、僕は慌てて駆け寄ると、女性から彼を引き離した。よほど苦しかったのか、彼はぜえぜえと肩で息をしていた。

「なんだ、もう終わりか。せっかく可愛らしく驚いて呆然としていたから、この私の胸にその顔を埋めて介抱してやっていたと言うのに、男なら喜ぶべきことだろう。しかもこんなに美しい私の胸だ」
「何を考えているんだC.C.!そんなはしたない事をするな!!」
「別にいいだろう?相手はお前なのだし、減る物でも無い」
「そう言う問題ではない!・・・まったく、枢木といったか。すまないな、こいつが相手では中々話が進まなかっただろう?悪い奴ではないのだが、どうも話が脱線しやすくてな」

C.C.と呼ばれた女性を叱りつけた後、こちらを見ながら頬を染めたその微笑みに、僕は目を奪われ息を呑んだ。その事に気が付いたのだろうか、女性は不機嫌そうな顔をし、僕と彼の間に割って入った。

「C.C.」

失礼だぞというその声を無視し、C.C.と呼ばれた女性は、腕を組み、僕を睨みつけた。

「夜にしか行動しない理由だったな。簡単な話だ、それは私とL.L.が病気だからだ」

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