夜の隣人 第8話 |
「病気!?」 僕はその言葉に、驚き目を見開いた。美しい容姿と現実味の無い佇まいという以外、健康そうに見えるこの二人が病気だという話は、とてもではないが信じられなかった。 しかも日中外出できない病気なんて、聞いた事も無い。 「光線過敏による色素性乾皮症(しきそせいかんぴしょう)という病気だ。まあ、お前は知らんだろうな」 「色素性乾皮症?」 聞いた事も無い病名に、僕は眉根を寄せた。 「太陽の日差しが強い日、つまり夏などに肌が日に焼け黒くなるのは、ごく普通の健康的な人間の肌で、おそらく枢木もそのタイプだろう?だが、中には日の光に当たると、黒くならずに赤くなる者もいるのは知っているか?」 「まあ、それはいるね。ブリタニア人には多いみたいだし」 肌の白いブリタニア人は太陽の光に弱く、友人も日に長く当っていると、その部分が真っ赤になって、ひりひりと痛むのだと言う。赤くはれたその見た目も痛々しいものだ。 焼け方が酷い時には、水や氷で冷やしている事もあり、これだから夏は嫌いだと、よく文句を言っていた。 「色素性乾皮症というのは、それをさらに悪くしたものだ。早い話が紫外線に極端に弱い。私達はその病の中でも症状がひどく、症状は真っ赤になるなんて可愛げのあるものではなく、本当に火傷をしてしまう。普通の火傷のように紅斑や水疱ができるし、痛いなんてものではない。長時間日に当たると、皮膚が焼けただれ、剥がれ落ちるから、誤って天気のいい日に全裸で太陽になんて当ったら、全身大やけどで即死亡するな。ちなみに、日に当たると皮膚がんになる確率が跳ね上がるのもこの病の特徴だな。私は生まれた時からこの病と付き合っているが、L.L.はこの年になってから発症した。おかげで今は二人揃って日の出る時間は引き籠るはめになった」 「この年になってから?じゃあそれまで君は普通に暮らしていたの?」 僕はC.C.の背に隠されていたL.L.を覗きこむように視線を向け、そう訊ねると、ソファーに座り優雅に足を組んでいたL.L.は忌々しいと言いたげに頷いた。 「ああ。全く不便な病だよ。おかげで布団は干せないし、洗濯をしても乾燥機を使うか室内干しになってしまう。天日で干したほうが気持ちが良いのにな」 まあ、その分生地は傷みやすくなるが、やはり天日干しした後の布団は最高だろう! 「布団・・・洗濯・・・」 その美しい容姿からは想像できない内容が飛び出し、僕は思わず彼の言葉を復唱した。本気で言っているのだろうかと一瞬疑ったのだが、彼の表情は真剣そのもので、僕を馬鹿にたり惑わせようと言う意思は一切感じられなかった。 そもそもこんな話題で惑わす意味は無い 「L.L.の思考は主婦だからな、太陽の光で布団が干せなくなったと気付いた時のこいつの落ち込みようは、子供の頃から知ってる私でも初めて見るほどだったぞ。あと、夜の行動は電気代が無駄に掛ると煩い」 「煩いとは何だ!昼間活動できるなら使わずに済む電力を、この体質のおかげで使わなければならないんだぞ。こんな無駄な事があるか」 「そうでもないだろう。私は元々この体質だ。前まではお前が昼、私が夜起きていたのだから、二人一緒に行動する今、以前より電気代はかからないはずだ」 なんだろう、この物凄く生活感のある会話は。屋敷の中がモデルルームのように綺麗で生活感の欠片も感じられなかったのに、この二人の容姿も生活感からかけ離れているのに、会話だけは生活感丸出しだ。絵画の中から抜け出してきたと言われても信じてしまいそうなほど麗しい人の口からこんな言葉が飛び出すなんて、誰が予想できるだろうか。 勝手に作り上げたイメージとはいえ、それが次々に壊されて行き、次第に二人を身近な存在に思えてくるから不思議な物だ。まあ、ワインにチーズならともかく、ピザにコーラ、ポップコーン片手に映画鑑賞している時点で、麗しさと優美さなんて欠片もあるはずがない。 L.L.の隣のテーブルに置かれているのは、紅茶と食べかけのイチゴタルトなので、まだこちらの方がイメージに近い・・・か?甘い物が好きなのだろうか?ピザよりましだが、やはりその容姿からは想像できないほど可愛らしい食べ物ではある。 「・・・まあいい。言葉で説明するより、どのような症状かはパソコンで検索して見せた方が画像も載っているから解りやすいと思う。上には医療書もあるし、何より医者の診断書もあるから、それを見せよう」 診断書。その言葉に「はい、お願いします」と、僕は即答し、それに頷いたL.L.が立ち上がろうとしたところ、C.C.は待て、とL.L.を制止した。 「先ほどから気になっていたんだが、階段がやけに明るくないか?照明の明かりにしては妙だ。肌も少しピリピリする。枢木スザク。もしかしてとは思うが、お前カーテンを開けて来たんじゃないだろうな?」 片手を腰に当て、片手でこちらに指差しながらC.C.は尊大な態度でそう言ってきた。その言葉に、僕は思わず「あっ」と声を上げると、やはりそうかと、不機嫌そうに眉根を寄せたC.C.は「さっさと全部閉めて来い!」と声を荒げて命令した。 「・・・枢木、ひとまずエントランス付近と、ダイニングを閉めてきてくれ。今日は天気がいいから、今出ていけば俺もC.C.も間違い無く病院送りになってしまう」 L.L.のその言葉に、僕は「すぐ閉めてくるから」と、階段を駆け上がった。 |