夜の隣人 第9話

『色素性乾皮症?ちょっと待って。えーと、ああ、あるねそう言う病気。正式名称はxeroderma pigmentosum。紫外線からのダメージをDNAがもろに受けて、しかも損傷したDNAは修復されないみたい。たしかにこの病気なら太陽の光なんてもっての外。大火傷しちゃうよ。ああ、症状の酷い人は全身防護服・・・まあ宇宙服のようなの着ないと日中外出できないって記録もあるよ』

「そうですか。有難うございます」

カーテンを閉めて歩きながら、僕は今聞いた内容をロイドに確認した。本当はその様な病気など無く、偽の資料を僕に見せて納得させようとしている可能性もあったのだが、ロイドの証言でその可能性は消えた。とはいえ、それらの病気なのだと偽っている吸血鬼、という可能性はまだ残っている。一番簡単なのは、体の一部を太陽の日に当てさせてもらう事。吸血鬼は太陽の光で灰になるというが、色素性乾皮症ならば火傷だ。日を当てた所がどのような状態になるかで判別できるが、日に当てる事を強制するわけにはいかない。
どうしたものかと考えながらダイニングの窓を閉めていると、カチリと音を立ててドアが少し開かれ、L.L.が中の様子を覗っていた。僕は急いで最後のカーテンを閉めると「全部閉めたよ」と、声をかけた。部屋の暗さからもそれを察したL.L.はドアを開けると、照明のスイッチを操作し、明りを付けた。分厚いカーテンの為、明りが一切無くなっていた真っ暗な部屋が明るくなると、僕はホッと息を吐いた。
可能性が消えていない今、真っ暗な状況となった途端に襲われる可能性はまだ残っている。油断はまだ出来ないなと、警戒心を表面に出すことなく、部屋へと入って来たL.L.の様子を伺った。
艶やかな漆黒の髪が歩くたびにサラリと揺れ、そのシミ一つない美しい白磁の肌に影を落とす。育ちの良さを思わせる洗練された優雅なその立ち姿に思わず目を奪われてしまった。先ほどまではピザの匂いが充満する部屋に居たから気付かなかったが、僕のすぐそばを通った彼からは甘く優しい香りがした。

「お茶を入れるから、座っていてくれ」

そう言いながらキッチンへとL.L.が向かったので「じゃあ、お茶が入るまでの間にカーテン閉めてくるよ」と、僕はその場を後にした。万が一彼らに火傷を負わせることになったら困ると言うのが理由だが、これ以上彼と二人きりでいる事に、耐えられなかった。
エントランスへ戻ると、C.C.が腕を組み不愉快そうにランスロットを見つめていた。
ある程度距離を取って立っているので、ランスロットに何かされている様子は無いし、生体認識を起動しているので、僕以外触れれば警報が鳴るよう設定されていて、ただ見ていただけなのだと言う事はすぐに解った。。
僕が来た事に気が付いたC.C.は不愉快だと言わんばかりに、その表情を歪めこちらに振り返った。

「お前、人の家の中にバイクを持ち込むなんて何を考えているんだ。L.L.は吸血鬼の疑いがかけられたのだから、対魔具とか言うやつなんだろうと諦めていたが、内心あれも腹を立てている。こんなタイヤの跡まで付けて、お前は後でちゃんと清掃しろ。L.L.は怒ると怖いぞ」

言われてから、僕はエントランスの床を改めて見ると、くっきりとタイヤの跡が付いていた。泥と、タイヤの擦れた跡。家の中に乗り物を持ち込んだ上にこれだけ汚せば、誰でも怒る。僕はすぐC.C.に頭を下げた。

「すみません。玄関のドアと門も含めて、こちらで清掃と修理はします」
「当然だな。だが、ドアも壊したのか。まあ、地下で映画三昧だったからな、チャイムを鳴らされても聞こえなかったし、聞こえた所で出る気も無いから仕方ないが、これはまずいな。おい、お前。このバイクをドアまで移動しろ。近所の連中が入り込んだら面倒だ。鍵の替りに一先ずそれで塞いでおけ」

門も壊れ、ドアも壊れている事を知れば、あの人たちなら入り込んできてもおかしくない。そしてカーテンを開け、彼らを無理やり日の光に晒しかねない。僕は言われるまま急いでランスロットを移動し、ドアが開かないように置いた。ランスロットはかなりの重さがあるから、普通の人が扉を押し開けようとした所でびくともしないだろう。壊した鍵の部分から細い光が漏れていたので、そこにはC.C.が差し出した段ボールとテープで光が入らないように塞いだ。それを見て、C.C.はよし、と頷いた。

「今はこれでいいか。で、お前は何処に行くつもりだったんだ?トイレならそこだぞ?」
「お茶を入れてくれている間に、カーテン閉めてこようかと思って」
「ああ、丁度いい。私も着いて行く。あいつのパソコンが寝室にあるはずだからな」

寝室にパソコンなどあっただろうか?僕は了承を示し、階段を上がると、C.C.は僕の後ろに付いてきた。僕がドアを開けるときは、絶対に日が当らない場所で待ち、全てのカーテンが閉められると、スッと部屋へ入り照明をつけ、部屋の中が荒らされていないかを確認する。ざっと見回すと明りを消し、部屋の外に出る。それを繰り返して行くと、やがて寝室にたどり着いた。
パソコンは寝室の本の下に置かれていて、黒く、あまりにも薄いタイプだったので僕はてっきり本を置く為に置かれた台やトレーの類だと思っていたが、僕の目の前で開いて中を認していたので、ノートパソコンである事は良く解った。

「他の部屋のカーテンは、夜になったら閉めるからいい。L.L.の所へ戻るぞ」
「いいの?」
「この部屋も、他の部屋も、お前は人の居そうな場所を探しただけで、荒らしていない事が解ったからな。それにこれ以上待たせるとL.L.が不貞腐れる」
「不貞腐れる?彼が?」

そんな行動とは縁遠いようにしか思えないと、僕が驚きの声を上げた事に、C.C.は驚いたようだ。

「なぜそう驚く・・・まったく、私達が美しすぎるからと、皆勝手な想像をしてくれるからな。見た目はどれ程美しく、可憐で清楚で、優美であったとしても、所詮見た目だ。私達は、ごくごく平凡な生活をしている一般人に過ぎない。だがまあ、近所の連中が吸血鬼と勘違いしてくれたのは助かったよ。おかげで庭はともかく、屋敷に入り込む者はいなかったからな。前の所では、引っ越して1週間も経たずに男共が押し寄せてきた」

感情のこもらない声と表情でそう言うC.C.を僕は思わず凝視した。その内容に、僕は嫌な想像しかできなかった。

「それって、どういう・・・」
「お前はそう言う事は理解が早いと思ったのだが、勘違いか?これだけ人目を引くほど美しい私達が近所に越して来たのだ。しかもたった二人きりで、護衛のような者は誰もいない。こんなか弱い容姿の二人だ、自分の身を守る力もあるようにも見えないだろう?そんな私達を前にして、狼どもが食指を動かすのは当然だと思うが?」

想像通りの内容に思わず絶句してしまい、そんな僕を見たC.C.は呆れを込めた溜息をついた。

「・・・吸血鬼と勘違いされていることぐらい、私は知っていたさ。あれだけ日中騒ぎ立ててくれればな。屋敷の壁を見てみろ、あんな落書きをされて気付かない方が難しいぞ。だが、その噂が私達を男共から守ってくれていたが、限界だな。この調査で吸血鬼ではないと雑誌に乗れば、よからぬ連中が押し寄せるだろうし、吸血鬼とされれば、退治しなければと、やはり押し寄せてくる。吸血鬼ではないとはいえ、日の光にさらされれば、この病が私達に死をもたらす事に変わりは無いからな。・・・門と扉の修理と清掃は何時でもいい、私達は明日にもここを去る」

C.C.はそう言い残すと、パソコンを手に寝室を後にした。
彼女の言い分は尤もだ、これだけ美しい二人が近くに居て、何も感じない者などいないだろう。線の細い二人は、僕のように体術が使える様にも見えない。だから家に押し入り二人を襲う事は難しくは無いだろう。これだけ大きな屋敷でありながら、窓にも玄関のドアにもセキュリティらしきものは見当たらないが、あった所で救助に来たその警備の者が彼らにとって安全である保証もないから、あえて契約していないのかもしれない。
もし僕がその立場なら間違いなく監禁し、二度と自分以外の人の目に触れさせないだろう。僕にさえそう思わせるほど美しいのだから、同じような事を考える者は、掃いて捨てるほどいる筈だ。
口と態度の悪さとは対照的に、優雅に歩くC.C.の後ろについてダイニングに入ると、ふわりと紅茶のいい香りが漂ってきた。ダイニングテーブルには三人分の紅茶の用意と、クッキーが乗せられたお皿が置かれていた。

「遅い」

声のする方へ視線を向けると、キッチンで何やら生地を捏ねていたL.L.がムスリとした表情でこちらを一瞥した。確かに不貞腐れている。でも、美しい人は、それさえも美しく見えるものなんだと、変に感心した。C.C.はパソコンをテーブルの上に置いてから、作業をしているL.L.の元へ向かった。
不貞腐れているL.L.は、先ほどまでと違い、美しさだけではなく幼さも感じさせていて、その様子に、僕よりもずっと年上なのだろうと思っていたが、もしかしたらそんなに離れていないのかもしれないと思った。そう言えば僕はこの二人の年齢すら知らないのだ。

「すまないなL.L.。所で何を作っているんだ?パンならまだ残っているだろう?」

先ほどまでの不遜な態度とは違い、甘えを滲ませた声音で、生地を捏ねているL.L.の手元を覗きこんだC.C.は、機嫌を損ねた子供をあやす様に、その艶やかな黒髪に指を滑らせ、優しく梳いた。甘く見える行為だが、弟を慰める姉の姿にも見えた。見た目だけで言うなら、L.L.の方がC.C.より年上だが、先ほどからのC.C.の言動から考えると、もしかしたらC.C.の方が年上なのかもしれない。変わった名前の二人だ、姉弟と言われても納得できる。

「・・・ピザのストックが無くなったから、その生地だ。もう終わるから紅茶を飲んで待っていてくれ」
「そうか!ピザ用か!さすが私のL.L.だ!」

まるで別人のように瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みで喜ぶC.C.はとても幼く見え、その様子から、彼女もまた僕が思っているよりも若いのかもしれないと、そう思った。
彼女の先ほどの話が真実なら、この二人はこの見た目のせいで、悲惨な人生を歩んでいる事になる。彼らが大人びて見えるのも、時々恐ろしいと思えるほど感情を消して話をするのも、そういう経験の上の物なのかもしれない。
経験。何人もの男達に穢されるその姿を想像してしまい、僕は慌ててその考えを頭から追い出した。
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