夜の隣人 第10話 |
とても嬉しそうに、それこそスキップでもしそうなほど上機嫌で戻って来たC.C.は温められていたカップに紅茶を注ぎ入れると、僕に座るよう促した。 「枢木スザク、どうした?顔色が悪いぞ?まずは飲め。そのクッキーはL.L.の手作りだ。美味いぞ」 おかしな妄想のせいで顔色を悪くした僕を気遣うようにC.C.が言うので、僕は遠慮なく紅茶を口にした。 「・・・美味しい」 「当たり前だ。L.L.が用意した物だからな」 ふふん、とまるで自分の事を褒められたように喜ぶC.C.に勧められるまま、クッキーも口にする。サクッとした歯ごたえと、優しい甘さが口の中に広がり、今まで食べたどんなクッキーよりもおいしかった。僕の表情で解ったのだろう、C.C.はにやりと笑った後、その細い指でクッキーを一つツマミ上げると、ぱくりと美味しそうに食べた。 作業を終えたL.L.が戻ってきて、パソコンを立ち上げると、色素性乾皮症に関するページを開き、それを見ながら生まれた時からその病気と付き合っていると言うC.C.が細かく説明してくれた。医師の診断書を預かり、その医師への連絡先を教えてもらうと、L.L.は空になったクッキー皿の替りに、ワンピース分だけ切り取られたイチゴのタルトを持ってきた。切り取られたワンピースは地下で彼が食べていた物だろう。 甘い物が得意ではない僕でも、美味しいと思えるほどのそのタルトも手作りなのだと言う。料理に洗濯。本当に見た目を裏切って家庭的なのだなと、改めて思い知らされた。この分では、この屋敷内の掃除も彼がしているのかもしれない。 「そうだ、L.L.。言い忘れていたが、明日此処を出るぞ」 「・・・そう言う事は早く言ってくれ。ピザ生地が無駄になるだろう」 「問題は無いさ。全部食べてから行けばいい」 「で、今度は何処に行くんだ?」 「北だ。寒い地域に行こう。雪が降ればなおいい。屋敷に閉じこもっていても何も言われないだろう?」 「此処も間もなく冬になる、別に移動する意味は無いんじゃないか?」 「意味はあるさ。吸血鬼ではないと雑誌に載れば、今度は近隣住人が押し寄せてくるぞ?なにせ私達の美しさが噂になっているそうだからな」 「別に問題は無いだろう?」 呆れたように言う彼の言葉に、僕は目を見開いた。 感情を消したC.C.が語った内容は正直考えたくもないもので、それは間違い無く二人の心と体を深く傷つける物だった。それを問題ないと?危機感が足りないのか、頭がよさそうに見えるけど、実はそこまで考える事が出来ないのか?それとも彼にはそう言う性癖があるのだろうか?そう言う事が日常になり過ぎて、感覚がおかしくなっているのだろうか?どちらにせよ、彼のその言葉を、僕は認めるわけにはいかなかった。 「問題は無い?C.C.から話は聞いたけど、問題しかないじゃないか!君は、その、彼らにそう言う事をされていて、何とも思わないのか!?」 思わず声を荒げて叫ぶと、C.C.とL.L.は驚き僕を見た。 「そう言う事とは、どういう事だ?」 キョトンとした表情でそう聞いてくるL.L.の横で、C.C.は顔を背け肩を震わせていた。 あれ?なんだろう、この反応は。 「L.L.、枢木スザクはな、毎回押し寄せてくる男共に、私とお前が嬲られている所を想像したようだ」 「なぶら、れ・・・?」 L.L.は眉根を寄せながら、何を言っているんだと言いたげにC.C.を見た。 その様子に、さらに僕は困惑した。 「わからないか?つまり私とお前が、複数人の男共を相手に何度も犯されてると思ったのさ。男共に強姦され、輪姦されて」 「っ!C.C.、何を言っているんだ、はしたない!!」 C.C.が僕の想像したような内容を具体的に口にすると、L.L.は顔を青ざめながら、素早くC.C.の口をふさいだ。 「す、すまない枢木。C.C.が下品な事を口にして、気分を害してしまったなら謝る」 口をふさがれた事で、物を言わなくなったが、ニヤリと笑みをその瞳に乗せてC.C.はこちらを見ていた。これは、まさか、騙されたか?だが、あれが嘘だと言うのであればその方がいい。僕は心の底から安堵し、L.L.を見た。 「・・・違う、みたいだね?」 「ああ。そんな事された覚えは無い」 「そう、ならよかった」 にっこりと笑みを返せば、L.L.はすまないと再び謝り、C.C.の口をふさいでいた手を退けた。恥ずかしそうに眉根を寄せ、頬を染めているその様子に、そういえば彼は、地下でもC.C.が自分の胸にL.L.の顔を押し当てていた事もはしたないと言っていたから、この手の話は苦手なのかもしれないと、そう思った、つまりこの話は僕だけではなく、彼にも向けた嫌がらせの類か。自由になったその口で、ぷはあ、と大げさに息をし、ニヤリと口角を上げこちらを見つめてきたその様子に、思わず眉がよる。口も悪いが、性格もかなり悪そうだ。 「言っておくが、枢木スザク。別に私は嘘は言っていない。ただ、私達はあいつらの予想に反し、自衛手段をしっかりと持っているだけだ。だから、今まで下種共の玩具にされずに済んだが、今後もそうとは限らんだろう?」 「まったく。お前はいつもそう言うが、彼らの目的は別だ。俺達のように年若い者が、碌に仕事をしている様子もなく、これだけ大きな屋敷に住んでいるから寄って来るんだ。あくまでも金品が目的であって、俺達自身ではない。まあ、お前は女だし、口さえ開かなければそれなりだからな。その可能性もあるだろうが、俺は男だぞ。可笑しな本ばかり読んでいるから、そういうおかしな事を考えるようになるんだ」 そう断言する彼の言葉に、C.C.の言動とは別の意味で眉が寄った。その事に気が付いたC.C.が困ったような表情でこちらを見てから、L.L.にそうだ、と話かけた。 「L.L.、そろそろ朝食の時間だ。枢木スザクは腹をすかせているだろうし、気分を害させたお詫びに、朝食に誘ったらどうだ。枢木スザクは日本人だろう?なら今日は和食だ。おそらく私の倍は食べるだろうから、ちゃんと用意してやれ」 「和食!?」 その言葉に僕は思わず反応し、C.C.を見た。 「なんだ、嬉しそうだな枢木スザク。まあ、この国で和食など中々食べられないか。L.L.はこの年になるまで日本に住んでいたから、和食は得意だぞ。もちろん食っていくだろうな?」 「是非!!」 条件反射と言っていいほど素早く返事をした僕に、C.C.はまたお腹を抱えて笑いだし、L.L.はそんなC.C.の頭をぽかりと軽く叩いた。C.C.は大げさに痛い痛いと言いながらも顔は笑ったままだ。 「すまないな枢木。何度も言うが、悪い奴ではないんだ。すぐに用意するから、ぜひ食べて行ってくれ」 にこりと微笑みながらL.L.は席を立つと、自分のカップを手にキッチンへ移動した。 「おまえ、和食と言った時、パタパタと振られた犬の尻尾の幻が見えたぞ」 「なにそれ?」 「そのぐらい嬉しそうだったと言う話さ。で、L.L.も居なくなった事だ、面白い物を聞かせてやろう」 ニヤリと、悪戯を思いついた猫のような笑みでC.C.はパソコンを操作し始めた。 |