夜の隣人 第12話

「C.C.、運ぶのを手伝ってくれないか」
「ああ、今行くよL.L.」

L.L.のその言葉に、C.C.はパソコンの画面を閉じると、スッと音も無く立ちあがった。
そう言えば、歩く時も紅茶を呑む時も、料理を作る時でさえ、彼らはとても静かだ。所作もどこか洗練された感じがするし、やはり二人からは育ちの良さが感じられる。

「僕も手伝うよ」
「駄目だ。お前は客だ。客を手伝わせると、後でL.L.に怒られる。客は客らしく席についていろ」

そう言われてしまうと、手伝いにはいけない。僕は言われた通り大人しく席に座っていると、次々運ばれてくる料理に思わず口元を綻ばせた。
お米がお櫃に入れられて運ばれて来たのを見た時は、「え?お櫃!?」と、思わず驚きの声を上げてしまった。

「お櫃に入れた米は冷めても美味いだろう。お前それでも日本人か?」

お櫃をテーブルに置いたC.C.は呆れたように言った。

「お櫃なんて、和風旅館にでも行かない限り見る事もないよ」
「なんて勿体ない。美味しい物を美味しい状態で食べないのか。まあいい、ウチにはL.L.がいるから、常に美味しく食べれる私は幸せだ、と言う事は解った」

そう言いながら、C.C.も席に着くと、お櫃を開けごはんをよそい始めた。つやつやと輝くお米が山もりに盛られたお茶碗を渡され、キッチンから戻って来たL.L.は手に持っていた鍋からとてもいい香りがするお味噌汁をよそい、僕の前に置いた。塩焼きされた魚には大根おろし、ほうれん草のおひたしには白ゴマがかけられており、胡瓜とカブの漬物と、玉子焼き。玉子焼きに黒い物が入っており、何だろうと思っていると、塩コンブを入れたのだという。使われている食器は全て日本の物で、醤油もちゃんと用意されていた。こんな食事何時以来だろう。

「大した物ではないが、遠慮せずに食べてくれ」

彼にそう促され「いただきます」と手を合わせてから、さっそくお米を口にした。

「おいしい!」
「だろう?やはり米は土鍋で炊くに限りるな。電気釜ではこうはいかない」

スザクの反応に気を良くしたC.C.は自慢げに自らが持つお茶碗を掲げ、うっとりとその輝く米を見つめていた。

「土鍋?」
「ああ、C.C.が電気釜の米は不味いと煩くて、ウチでは土鍋で炊くことにしているんだ」
「大体、電気釜ではお焦げが出来ないだろう。あれが美味いというのに。ああ、お焦げは私の物だからな、幾ら客でもやらんぞ」

ああ、キッチンから漂ってきていたのは米を炊いている匂いだったのかと僕は納得し、お味噌汁に口を付けた。鰹の出汁がしっかりと出ていて、香りもよく、それでいてホッとする優しい味だった。彼の作る料理はお菓子もそうだが、どの料理も下手な主張はせず、素材の味を引き出した素朴な優しい味で、それでいて全てがとても美味しかった。僕のお米やお味噌汁が無くなった事に気が付くと「おかわりするだろ?」と、当たり前のようにすっとその綺麗な手を差し出し、よそってくれる。C.C.には声をかけることなく、空になった事に気が付くと、横から茶碗を取り、お焦げを中心によそっている。なんだろう、こう言う家庭的な所が無いようにみえる容姿だったはずなのに、こうして一緒に食事をしていると、むしろこれが当たり前のような・・・ああ、そう言えばC.C.は主婦だと言っていたな。確かにこれは母親とか奥さんとかが当てはまる。

「食べた食べた。満腹だ」

心底満足したと言う表情で、自分のお腹を叩きながらC.C.がそう言うので、L.L.は顔をしかめ「人前で行儀が悪いぞ」と、その行動をたしなめた。どう見ても母親が子を躾けているようにしか見えない。そう言う彼は食器を下げた後、急須と湯のみを持って戻ってきた。その後ろから珍しいヤカンを手にC.C.が戻って来た。

「なんだ?初めて見ると言う顔だな、本当に日本人かお前。南部鉄瓶、つまり鉄のヤカンだ。これで沸かした湯は美味いぞ」

アツアツに沸いたお湯を保温ポットに移しながら、C.C.はそう説明した。先ほどから、おそらくブリタニア人である彼女に、日本人なのか疑われてばかりで「普通の家のヤカンはこんなのじゃないよ」と、思わず眉が寄せ反論した。

「昔ならともかく、今は日本でも南部鉄瓶を使う家は少ないだろうから、見た事がなくても何もおかしくは無いさ。使い方を誤ればあっという間にさびてしまう鉄瓶より、使い勝手のいいモノは山ほどあるからな。だが、これでお湯を沸かせば味がいいだけではなく鉄分が取れるから、ウチでは重宝している」
「L.L.は貧血気味だからな。これを使っていれば、薬になど頼らなくても済むという優れ物だ」

入れてくれたお茶はほうじ茶で、その美味しさにホッと息を吐いた。まさかこんな外国で、和食モドキではなく、ちゃんとした、それも今まで食べた事がないぐらい美味しい和食が食べられるなんて思わなかった。しかも日本のお茶まで飲めるなんて、信じられない事だ。

「さて、腹も満足した所で、話を戻そうか。L.L.、枢木スザクが私達に魔女狩り特例の話をしてきたんだが、お前はどう思う?」

猫舌なのか、熱いほうじ茶に息を吹きかけ冷ましていた彼は、湯飲みを置いてからこちらを見た。

「魔女狩り特例、という事は、俺達の疑いが晴れたと言う事なのか?」

怪訝そうな顔でいう彼に、僕は頷いた。
その僕を見て、彼は眉根を寄せた。

「どうして疑いが晴れたのか教えてもらってもいいか?」
「どうしてって?」

予想外の質問に、僕は首を傾げた。疑いが晴れた事を喜ぶなら解るが、なぜ不審そうな眼を向けられるのだろう?

「俺たちは確かに日の光に当たることの許されない特殊な病だ。だからこうして診断書もあるし、俺達の主治医への問い合わせも了承した。誰にでも閲覧できるネット上の情報を使い詳しい説明もした。でも、それだけだろう?この程度の物、偽造しようと思えばいくらでもできるし、医師も協力者・・・吸血鬼なら眷族か従者の可能性もあるだろう。こうして食事をふるまったのも、教団の人間を懐柔し、疑いを逸らす為とも考えられる。確実に我々が吸血鬼ではないと言える証拠は何一つこちらは出していないのに、こちらの言い分を信じると言うのは問題じゃないのか?」
「早い話が、もう少し疑う事を覚えなければ痛い目にあうぞ、という事だ」

L.L.が長々と話した内容を、C.C.が簡潔にまとめてくれた。

「えーと?」
「理解力がないな。お前の情報収集能力を疑われ、別の人間が調査に来る事になると言う話だ」
「流石に、何度も来られては困るからな」

不機嫌そうにそう言いながら、湯飲みに口を付ける彼を見て、穏やかそうに振る舞ってはいたが、突然見知らぬ人間が押し掛け、しかも門を壊し玄関を壊し、バイクを家の中にまで上げてたのだ。当然と言えば当然だが、やはり気分を害している事が解り、僕は眉尻をさげた。

「つまり決定的な証拠がないから、再調査されるってことかな?」
「そうだ。そのせいでお前の評価が落ちる事をL.L.は心配してるんだよ」

なあ、L.L.と、その顔を覗き込みながらC.C.が言うので、L.L.はプイと顔を背けた。僕の評価?何でそんな話しになるのだろうと、思わず僕は首を傾げた。

「俺はそんな心配などしていない」
「そうかそうか、では私の勘違いか」

顔を背け、僅かに頬を赤らめているL.L.をからかうようC.C.を見て、C.C.の言った言葉が図星なのだと言う事はすぐに解った。でも、今すべきは自分達の心配であって、僕の事ではないはずなのに。むしろ、こうしてここに居る僕は実は囮で、屋敷の外に特殊部隊が待機しているとか、僕が二人の隙を狙ってカーテンを開けようとしているとか、病気だと理解していても、日に当たれないのだからと吸血鬼として報告し、自分の評価を上げる可能性がある。二人はそういう事を考えるべきだと思う。いや、あれだけ自己防衛能力の高い二人なら、その辺も想定しているのか。

「いいか、枢木スザク。こういうことだ。私達は病気だ。しかも、太陽の光で大火傷をするほど酷い。だが、書物や映画で良く語られる吸血鬼は太陽の光を浴びると、灰になるらしい。ならば、私達の身の潔白を証明するためのには、お前は何をしなければいけない?」
「・・・君たちを太陽の光に晒せというのか?」

どうにかその方法を取らずに済ませたいと、考えていたのだが、その考えの甘さを当事者たちから指摘されてしまい、僕は何も言えなかった。

「枢木が教団の人間なら、そうしなければいけない」

L.L.はそう言い、椅子から立ち上ると、キッチンへ移動した。何やら冷凍庫から出し、水道の蛇口をひねり、水を出している。その姿を目で追っていた僕に、C.C.は困ったような顔で声をかけた。

「何時その話を切り出してくるかと、身構えていたと言うのに、お前は一向にその話を切り出さないし、挙句私達の疑いは晴れたと言う。そんな甘い事ではこの先苦労するぞ?」

C.C.はそう言うと、棚の中から箱を取り出した、開くとそこには何やらシップのようなシートが箱の中に納められていた。透明な物や肌色の物、さまざまなシートがある。

「これは?」
「火傷用のシートだ。下手な軟膏を塗るより、きっちり冷やした上でこのシートを張れば、回復も早いし、跡も残らない。私達はこういう体質だからな、ちゃんと道具は揃えている。見ろ、この美しく透き通った肌に醜い火傷の跡など残っていないだろう?」

腕をまくり、スッと伸ばされたC.C.の肌にはシミ一つ、ほくろ一つなく、太陽の光で火傷をする体質だとはとても思えない綺麗な肌だった。キッチンから戻って来たL.L.は、水の中に大量の氷が入れられたボウルと、保冷剤、そして清潔なタオルを持ってきた。着実に用意されるそれらの物に、僕は自分の顔が青ざめるのを感じた。日の光で大火傷をすると言っていた。僕の目の前で怪我をさせるのか?そんな僕を見てL.L.は苦笑した。

「お前は優しいな、だが気にするな。こう言う体質だ、火傷には慣れている。それよりも、カメラはあるか?出来れば動画が取れればいいんだが。日の光に当たった時にどうなるかと、火傷の痕を記録して提出して欲しい」

俺達の症状は重いから、あっという間に変化するぞ、というその言葉に、僕は急いでランスロットに戻ると、僕は対魔用カメラを取りだした。僕の顔色が悪いとL.L.が心配し、そんな事ではちゃんと撮れないだろうと三脚を用意してくれた。僕のカメラをそれに固定したので、後は録画のボタンを押すだけでいい。カメラの向いた先には、L.L.とC.C.が立っていて、先にL.L.がやると、腕まくりをし、腕を水平に伸ばしている。合図があれば、C.C.はカーテンを少し開き、太陽の光をその白い肌に当てる事になっていた。カメラの照準はすでに合わせてあり、彼の腕だけがそこに映し出されている。

「始めてくれ」

彼の声が聞こえ、僕は録画のスイッチを押した。

「いいよC.C.」

僕の返事に、L.L.とC.C.は頷きあい、C.C.はその指に僅かに力を入れ、カーテンを開いた。細い光が彼の腕に当たると同時に、みるみる肌の色が赤く変色していく。痛みからか、彼の腕は震え、そして・・・僕は慌てて「閉めて」と、叫んだ。C.C.はすぐにカーテンを閉め、L.L.は腕を引くと、すぐに氷水の中に腕を付け、火傷を冷やした。声には出さないが、やはりかなり痛いのだろう、彼はその柳眉をきつく寄せ、両目を閉じて痛みに耐えていた。

「よし、枢木スザク。カメラを持ってこい。患部をしっかりと記録しろ。手当はその後だ」

僕は固定されたカメラを外し、腕を冷やすL.L.の傍へ移動した。痛みからか顔を伏せ、一言も話さない彼が心配だが、早く終わらせなければ手当が出来ない。僕は氷水で冷やされている腕にカメラを向けると、L.L.はその腕を氷から出し、傷口が見やすいよう腕を差し出した。美しい彼の腕には、光があたった場所だけ、5cmほどの幅で一直線に皮膚が赤く焼けただれ、大きな水ぶくれが出来ていて、その痛々しい変化に僕は眉を寄せた。腕を一周するように焼けたその状態を動画と、写真で記録してから「もう十分だよ」と言うと、C.C.はすぐに用意していたシートを患部に張り付け、その上から保冷剤を乗せてタオルで固定した。慣れた手つきで全てを終えると、では次は私だなと、C.C.は腕まくりをした。僕はカメラを再び三脚に戻し、位置を合わせる。C.C.の火傷はL.L.と比べればまだ軽いが、それでもかなり酷く、今度はL.L.が慣れてた手つきでC.C.の手当てを施した。今日は確かに天気はいい。が、日焼けをするほど強い日差しではない。この天気でこれだけ焼けるのだ。何かの手違いで太陽の元にその体を晒してしまえば、間違い無く二人とも死ぬだろう。
その想像に、僕は思わず身震いした。
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