夜の隣人 第13話

「これからデータを転送しますので、検証お願いします。あと、セシルさん。僕、この家の門と玄関の扉と地下の扉を壊してしまって。ああ、あと家の床もだいぶ汚して・・・あ、はい。そうです。ええ。ではお願いします」

ランスロットに搭載されているコンピューターから二人のデータと、破損個所、そして汚れを移した写真を一通り特派へ転送し終わった僕はふう、と一息ついた。
同じ特派に所属するセシル・クルーミーが今朝ようやく戻って来たので、彼女に門と扉の修理の手配と清掃の手配をお願いできたのは助かった。セシルなら、信頼できて腕の良い業者を手配してくれる。
あのデータで魔女狩り特例は問題ないだろう。
僕はランスロットに寄り掛かりながら、二人が眠っている寝室の方を見た。
火傷を負ったことと、元々就寝時間だと言う事もあり、二人は今休んでいる。
僕の事を信用してくれたのか、今日中に門と扉を直す為ここに待機すると僕が言うと、あっさり許可をくれた。
セシルの話では業者が来るまでに3時間はかかるらしい。
僕は開けてしまったカーテンを閉めに、屋敷の中を歩き回る事にした。
眠っている二人を起こさないように、物音を極力立てず、足音と気配を殺して動く。
こうして住んでいる人たちと話をした後改めて観察してみると、しんと静まり返った古びた屋敷だが、やはり清掃が行きとどいていて、おどろおどろしい雰囲気というか、不安をあおるような気配は全く感じられなかった。
劣化による破損も修繕されていて、照明も明るい物に変えられている。華美な装飾は無いが、洗練された趣があって、見方によってはホテルのようにも見える。
・・・ホテルか。
彼の手料理が食べられるホテルならさぞ人気になるだろうな。ああ、でもそこで邪魔をするのはやはり病か。カーテンがすべて閉め切られたホテルなんて話にならない。
いやまて、あの容姿を見た客が一つ屋根の下で?
ルームサービスを頼めば、あっさりと部屋に呼ぶ事が出来る状況?
いや駄目だ。有り得ない。
C.C.なら不敵な笑みを浮かべて、毒を吐いて終わる姿が容易に想像できるが、L.L.が相手では嫌な想像しかできない。何せ、あの謎の鈍感さだ。再び嫌な妄想が頭に浮かんだので、頭を振り、その妄想を追い払った。
だめだ。あの録音のせいもあり、どうしても思考がそちら側に行ってしまう。
今は仕事中なのだから、しっかりしないと。
1階から3階まで全てのカーテンを閉め終えた僕は、ふと気になって二人の眠る寝室へと足を向けた。そういえば、この家の寝室って、一つだよね?ベッドも一つだったんだけど?それってつまり・・・。
プライバシーの侵害だとは思うが、僕は気になってしまい、すぐに寝室の前へ行くと音を立てずにその扉を開けた。暗くなった部屋の中を覗きこむと、そこに見えたのは予想通りのその状況で、僕は思わず息をのみ、静かにドアを閉めた。
男女が一つ屋根の下で生活をしていて、その上あの親密さだ。
兄妹でなければ、そうだよな。
僕は今すぐこの扉を開け、叫びたい気持ちを抑えて、階下に降りた。
妙に重い足取りでランスロットまでたどり着くと、僕は大きな溜息をついた。

「・・・失恋、なのかな」

ランスロットに力無く寄り掛かりながら、無意識に口にした言葉に、ああそうだったんだと納得した。無意識に写真に触れた事もようやく納得できた。
僕はその美しさに心奪われ、一目ぼれしていたのだと自覚した途端に、どろどろとした嫉妬心が沸き出してきて、僕は自分の感情に驚くしかなかった。
今まで誰かと付き合ったとしても、嫉妬なんて感じた事は無い。好きだと告白され、付き合ってほしいと言われて、今相手も居ないからいいよと了承し、恋人と呼ばれる関係になった人は何人もいるが、愛情を感じない相手に振り回されるのは面倒になり、その事に気付いたのだろう相手との関係も悪化し、すぐに別れた。別れた相手の隣に別の男がいても、何も感じた事は無い。良い人が見つかってよかったね、程度だ。
人を恋愛の対象として好きになった事は今まで無かった。
だが、ようやくその感情を知ったと思ったらこれだ。
初恋は実らないとよく言われるけど、僕の場合はそれと気づく前に終わってしまった。

・・・え?
終わった?
失恋?
何言ってるんだ?
何も終わってないだろう。
愛とは奪う物だ。僕はまだ何もしてないじゃないか。スタートは遅かったけれど、まだこれからだ。必ず僕の物にする。俺がそう決めたのだから、絶対に叶える。
そう思ったとたん、目の前が明るくなり、未来への希望に胸が震えた。
よし、負けないぞ。
それにしても、この嫉妬はどちらに対しての物なのなのだろうか。初めて感じるこの感情に振り回されそうだが、今はその感情すら愛おしい。
僕は時間を確認した。業者が来るまであと2時間半。
今のうちに近隣住民・・・あの店の人たちに手を加えておくかと、僕は貸してもらった裏口の鍵を使い、ランスロットを置いたまま屋敷を後にした。
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