夜の隣人 第14話 |
ドアを開けるとチリンとベルが鳴り、店員が「いらっしゃいませと」こちらに顔を向けた。 僕を見たその男、扇はパアッと表情を明るくし、僕を窓近の明るい席へと案内した。 渡されたメニューからコーヒーとパスタを選ぶと、すぐに携帯を取り出しす。 僕に話しかけるタイミングを見計らっていた扇は、今は無理だと判断し、キッチンへ消えていった。 携帯を操作しながら店内へと視線を向けると、玉城という名のチンピラ崩れと、4人の男女が一つのテーブルに集まっていて、こちらをじっと見つめていた。 玉城が僕を指差し「あいつが教団から来た日本人だ」と、まるで自慢するかのように4人に話し、4人もまた彼がそうか、と嬉しそうにいう声が聞こえた。 どうやら、C.C.とL.L.を吸血鬼と呼び、通報した人間が揃っているようだった。 日本語での会話。そう言えばこの辺りは日本人の移民が多いと聞いた事があるから、彼らもそうなのかもしれない。 日本は40年前ケルベロスが出現した国で、再びあのクラスの魔物が出るかもしれないという思いから、国を離れる者が後を絶たないのだ。 僕は操作を終えると発信ボタンを押し、特派へと通信を繋いだ。 『ブリタニア教団、特別派遣部隊です』 「セシルさん、おはようございます。枢木です。今屋敷から出ました。対象とは2時間後再び接触します」 『そう、解ったわ。御苦労さま枢木卿』 僕が通信で枢木と名乗るときは、部外者・・・特に問題のある相手がいる時に限られていた。そして、この会話を意図的に相手に聞かせている事も示している。 そのため、すぐに察したセシルはこちらに話を合わせてくれた。 ここに来る前に屋敷周辺を見て歩いたところ、僕が設置した物とはまた別の盗聴器が幾つか設置されていた。 L.L.とC.C.の物かと思ったが、その作りと設置の粗雑さから、几帳面な彼らがこんな設置の仕方はしないだろうとすぐに気が付いた。 つまり、外部の誰かが彼らの会話を盗聴しているのだ。 昨日見た時には無かったから、今朝、日が昇ってすぐに設置されたのだろう。 となれば、仕掛けた人物はここに居る連中だろう。 そんな物をすぐに設置できるのだから、携帯の通話を盗聴している可能性も高い。 だからこそ、妨害電波や暗号の類のセキュリティをわざと外し、相手に傍受させるための特殊モードに切り替えて会話をしているのだ。 もし盗聴しているのであれば、これで彼らの動きをある程度抑えられる。 「解析結果は出ましたか?」 『まだそちらは調査中よ。でも、これだとどちらの可能性も捨てきれないわね』 既に二人は白と判断されているが、あくまでもまだ調査中という流れで話を進めていく。僕達が会話を始めた途端彼らの会話はピタリと止み、時折こちら側から見えない方の耳を押さえていた。聞き耳を立てているにしてはおかしい行動だから、これは当たりかな? 「やはりそうですか。ですが、困った事に近隣の住人の過剰な接触で、彼らはこの地を離れようとしていまして」 『あら?それは困ったわね。なんとか引き留められないかしら』 「僕に対する警戒を解くことには成功しましたので、交渉はしてみます」 『お願いね枢木卿。近隣の方の気持ちは解るけど、私達の調査への妨害は処罰の対象になるから、ちゃんとその方たちにも説明するのよ。下手をすれば3年は刑務所に入る事になるわ』 不法侵入、器物破損、盗聴などなど罪状はたくさんある上に魔女狩り特例も適用されるから、それなりの刑罰は既に用意されている。 その上調査妨害などしたら3年では効かないだろう。 ああ、僕の携帯の盗聴も報告するから、更に追加か。 結構な量になりそうだと、僕は口元に笑みを浮かべた。 刑務所、という言葉が聞こえた事で、5人は思わずこちらへ視線を向けていたが、僕は気付かない振りをした。 それにしてもコーヒーまだかな。 扇もキッチンで聞き耳立てているだろうから、当分来ないか。 本当に、解りやすくて助かる。 「はい、解っています。所でセシルさん、隊長の方ですが」 『まだ時間がかかるみたいね。今回は吸血鬼の解析を優先させると言っていたから、1週間は見ていいと思うの。送られたデータの方も、私がこれから細かく分析するわ。それでね、枢木卿。調査対象の警戒が解けているなら、何とかその屋敷に一緒に住む事は出来ないかしら?少しの間だけでもいいの。その方が調査もしやすいでしょう?』 「ええ、まあ、確かにそうですが・・・え?」 突然のその命令に僕は素で驚いてしまった。 驚くのは当然だと言うような内容の声がぼそぼそと聞こえてくる。 間違い無く盗聴しているようだ。 彼らのような犯罪者が、自分の行動は正しいと堂々と言い切り、人を非難するのだから恐ろしい。 『これ以上、調査対象に警戒される行動を取られたら、取り返しがつかなくなるでしょう?貴方が屋敷に居ると解れば、きっとそこに住んでいる方達もこれ以上警戒させる行動はとらないと思うの。隊長も賛成してくれたわ』 成程。つまり僕を二人のボディーガードとしてこちらに滞在させたいと言う事か。ここでの会話と、C.C.からコピーをもらった録音を聞いて、最悪の事態を避ける手を打ち、魔女狩り特例の行使にかかる時間・・・1週間彼らを守りきり、その後引っ越すなりさせると言う事だ。 「解りました。それも含めて交渉をしてみます」 会話を終えるとすぐに通信を切断し、端末を操作する。セキュリティーモードを通常へ。表示がブルーからグリーンに変わったのを確認してから、僕は端末を仕舞った。 その事に気が付いたのだろう、キッチンからカチャカチャと食器の音が聞こえ始めた。ガスの音と、何やら缶を開ける音も聞こえてくる。まさかとは思うけど、今から作るのか?普通は作りながら耳を傾けるものじゃないか? あからさまに聞き耳を立ててたと言うその動きに、僕は思わず米噛みを押さえた。 「やっぱり、吸血鬼を相手にするのは疲れるんだな。大丈夫か枢木」 よっ、と片手を上げながら、まるで親しい友人のようにやって来たのは玉城。 頭痛の原因はお前たちだと言いたいところだが、そう言うわけにもいかない。 僕は人の良さそうな笑みを向け「そうですね」と、当りさわりのない返答をした。 玉城と、その後ろから4人の男女が、さも当たり前のように僕の座る席へと移動し、こちらの了承も得ずに座った。玉城とつるむような人間だ、礼儀がなっていないのは仕方がないが、一言、座っていいか?ぐらい聞くべきだし、せめてその耳につけている物を外してから来たらどうだろう?馬鹿にされているんだろうか? ようやく運ばれてきたコーヒーは妙に薄くて、しかも温い。 急いで適当に淹れたと言う事がよく解った。 おかしいな。僕は白い服に跳ねたら困るので、クリームパスタを頼んだはずなのに、出てきたのはミートソースだ。駄目だなこの店。 注意しながら一口食べてみるが、ソースは冷たいし、パスタは芯が固く残っていて茹であがっていない。噛むとポリポリと音がする。これなら茹で過ぎている方がずっとましだ。慌てて作るのはいいが、味見ぐらいして欲しい。 しかも彼の美味しい朝食を食べた後のこれは辛い。残すのは勿体ないが正直食べれた物ではなかった。せめて空腹ならどうにか食べきれたとは思うが。 僕はフォークを置き、薄いコーヒーに口を付けた。うん、不味い。 「で、どうやって相手に話すんだ?」 「・・・何の話でしょうか?」 僕の口からカップが離れると、玉城が興味津津と行った体で体を乗り出してきた。 「何って、隠すなよ。お前、あの化け物の所に住めるよう持ちかけるんだろ?俺たちも協力するぜ」 ・・・盗聴していました、と自らばらしていいのか?4人の男女は、その玉城の発言に驚き、大柄な男が玉城を引っ張ってキッチンへ移動した。まあ、そうなるよね。僕は目をスッと細め、残った3人に視線を向けると、ばつの悪そうな顔で目を逸らされた。 「ごめんなさい、聞き耳を立てるつもりではなかったんだけど、話が聞こえてしまって」 青髪の女性が、視線を逸らしながら申し訳なさそうにそう言った。聞き耳、か。 「そうですか、素晴らしい耳をお持ちですね。僕の電話相手の声が聞こえるなんて。是非教団でその聴力を生かしませんか?」 僅かにトーンを落とした声で言うと、三人は慌てて首を横に振りながら、自分達はそこまで凄くない、普通ですよ、教団の手伝いなんてと、否定してきた。当然だ、こんな人間こちらから願い下げだ。 「そうなんですか?となると、どうやって今の会話を?」 「なんとなく・・・そう、何となくです、会話の流れでそうじゃないかなと」 聞こえてしまったと言う話は何処に消えたのだろう?今度は何となく思った、か。 僕は頭がそんなに良くないが、彼らはそんな僕より遥かに馬鹿だ。 「そうだったんですか、素晴らしい推察力と理解力をお持ちだ。相手と交渉すると言う僕の言葉だけで、良くそこまで。やはり一度教団のスカウトをこちらに呼びましょう。それだけの能力、我々としては市井に埋もれさせるわけにはいかない、是非その力を生かす場所へ行くべきです」 僕のその言葉に、あからさまに動揺した三人は、キッチンの方へ視線を向けた。さて、どう返してくる?どうせこの席にも盗聴器仕掛けてるんだよね? 今の会話を聞いてるはずだ。 どう出る?扇、玉城。 僕の物を傷つけるなら、僕は君たちを絶対に許さない。 |